2020
10
May

百合小説

創作百合小説『幻霊たちの干渉』霊と人間を区別できない子の話


pixiv小説コンテスト応募中の百合小説です。
賞がつかなかったらKindleにて出版する予定。
出版する場合、価格は250円を予定。本文のテキストボリュームは2万字程度です。
出版開始後に本文は削除するので、今のうちにお楽しみいただけたらと思います。

あらすじは以下のような感じです。

人と幽霊の見分けがつかない中学生、安達礼。
うっかり幽霊と会話して不審者に思われたくない礼は、恋愛の話ばかりするようになった同級生たちに疲弊しつつも、なんとか調子を合わせていた。
そんなある日、見知らぬ上級生からアプローチを受け、さらに、差出人不明の怪しいラブレターを送られる。

そんな感じの微ホラー百合。
登場人物はすべて女性。同性うんぬんな描写はありません。
不快な表現等あるかもしれないので、先に概要とか知りたい方は、最後の方のあとがきコメントを読んでからどうぞ。

以下、本文。


「で、この話を聞いた人には、三日以内に届くんだって……」
「ラブレターが? 幽霊から?」

怪談と恋話。
どっちつかず。そんな言葉を思い出す。
適当な相槌を打って、窓枠に寄りかかった私は、ぼんやり外を眺めた。
校舎二階の窓からは、校庭が見下ろせる。と言っても端っこの方だから、見ても特に、面白いものはない。運動部の練習はもっと真ん中の方だし、私はスポーツにもあんまり興味がない。
だけど、すっかり緑色になった桜の木の下、一人で本を読んでいる子がいるのを、ちょっぴり羨ましく思った。

「安達はどう?」
「ほぇ? なにが?」
「だから、幽霊からラブレターもらいたい?」

呼ばれて声の方を見ると、グループのみんなが私を見ていた。
キラキラした目に、なにか面白いことを言え、という無言の圧力を感じる。

「うーん、もらいたいかなぁ。素敵な人だったら嬉しいし」
「マ? 幽霊アリ?」「会いに行っちゃうの?」
「だって、いたら面白くない?」
「ないないないっ! 怖いじゃん!」

みんなカタカタと笑い出す。好ましい答えを返せたみたいだ。
みんなは一頻り笑ったあとで、「なっち~、日誌まだかかる~?」と、日直の香菜を急かしに移った。ほっとした私は、また、窓の外を見る。
桜の下から、まるで始めからいなかったみたいに、さっきの子が消えていた。
あぁ、またか。
ぎゅっと目を閉じて、眉毛の間を押す。

「どこ行くー?」「理沙ん家でよくね?」「ごめん、今日親いるー」「カラオケは?」「小遣いピンチ」「じゃあドーナツかなぁ」

私が見たモノを忘れようとする間に、日誌が書き上げられたらしい。
みんな口々に、このあとの計画について話し、次々に席を立つ。

「あ……、ねぇ、秘密基地はどう? 久しぶりに……」

鞄をひったくって追いかけた私は、努めて明るく声を出した。
みんなが一斉に、きょとんとした顔で振り返る。

「やー……、あそこに、この人数は、無理っしょ」
「てか礼、まだあそこ行ってんの?」

小学校からの友人、理沙と香菜が、困った顔で私を見た。

「なになに? 秘密基地あんの?」「乗んなって。キレイなトコじゃないし、めっちゃ狭いよ?」「えー? でもアオハルみあるじゃん」「いや、ガキっぽいだけだから」

中学に上がってから仲良くなった、恵と優香が興味を示してくれたけど、理沙と香菜は行きたくないようで、懸命に秘密基地をディスる。
私は仕方なく、ドーナツ屋さんへ行く案に乗って、店の前まで行き、お財布を忘れたことにして、グループから離れた。
不自然じゃなかったかが気になったけれど、最近の私は、みんなの話題についていけない。味のしないドーナツにお小遣いを使えるほど、お財布に余裕もなかった。
基地に行こう。
私は、自転車を飛ばして、来た道を引き返した。
繁華街を出て、病院の前を通り、寺町を抜ける。学校を通り過ぎて、山側の住宅地までやってくると、進行方向に手を振る人影が見えた。

「よ。なんか久しぶりだね」

同級生の久世香だった。
クラスが別になっちゃったから、あまり話さなくなったけど、香も小学生の頃からの友達だった。

「基地、行くの?」
「うん。香も来る? 久しぶりに」
「私、これから塾だからなぁ」
「そっか……」

香も一緒なら楽しいと思った私は、少し、というよりだいぶ残念だった。

「あのさ、クラスの子たちとは、遊ばなくていいの? 付き合い大事だよ?」
「うーん……。わかってるんだけど、最近どんどん話合わなくなっちゃってさぁ……。みんな、芸能人と付き合えるなら誰が良いとか、恋愛系のドラマがどうとか、そんな話ばっかりで……」
「礼はドラマよりアニメだもんね。アニメのキャラで答えたらいいんじゃない?」
「今ハマってるヤツは、みんな見てないし、そもそも、付き合いたいとか、そういうのないから……」
「えー? 気になる子とかもいないの?」
「もー、親みたいなこと言わないでよ……」

香までそんなことを言うのかと、私はハンドルへおでこを乗せた。
香は声を上げて笑って、「礼はまだまだ小学生だね」なんて、からかってくる。むっとして顔を上げると、「ごめんごめん」と、また笑った。

「でもさ、真面目にそろそろ、好きな相手くらい作らないとさ。話ついていけないし、青春楽しめないよ?」
「…………香は好きな子いるの?」
「当たり前でしょ」
「あた……、え、誰?」

きっぱり言い切られて、私は目がまんまるになってしまった。
香がニコニコとして、「気になる?」と聞く。私は少し考えてから、斜めに頷いた。
だって、香とは、低学年の頃から一緒に遊んでた。
仲も良かったし、趣味も合った。私と対して変わらないはずなのに、いつの間にそんなことになってしまったのか。
なぜ? どうして? 理由が知りたい。

「誰かは内緒だけど、礼と同じクラスの人、だよ」
「え? えぇぇ……?」

頭の中にクラスメイトの顔を並べる。
好きになったというからには、素敵な感じの人なんだろうけど、そんなのは見当たらない。
正解の検討がつかない私は、うんうん唸って悩む。それを香が、ニヤニヤ眺めてきた。

「なんだ、礼、結構、興味津々じゃない」
「気になるだけだけど……、興味って言うかな……?」
「言う言う。こういう話のときは、礼は推理して当てれば良いよ。ゲームは好きでしょ?」
「香、頭良すぎ……」

目から鱗というのは、こういうことを言うのかな、と思った。
なにか他にも、コツがあったら。
私は話を続けようとしたけど、香はチラリと時計を見る。仕方なく、黙って見送ることにする。

「礼さ、もう由とはあんまり遊ばない方がいいよ? あいつ最近不良だし」

去り際の一言に、私は曖昧な返事を返して、ペダルに足をかけた。
みぞおちから上が、もぞもぞする感じを振り払いたくて、スピードを上げる。
住宅地を抜け、畑を抜けて、坂を登り、舗装されていない脇道へ入って、林の中の秘密基地までやってきた。
来るのは二週間ぶりくらい。
基地の様子は、小さい頃と変わりない。
少しだけ開けたところに砂利が敷かれていて、物置小屋と、小さなツリーハウスが建っている。私は二メートル半ほどあるはしごを登り、扉を持ち上げた。
エアーソファに寝転がった追川由と目が合う。

「よお、礼。どしたー?」
「ん、遊びに」

由は、相変わらずな調子で私に声をかけて、ソファーの半分を開けてくれた。由が制服ではなく、ジーンズ、パーカー姿だったことに、私はどことなく、ほっとした。
頭を天井にぶつけないように注意しながら、由の隣に座る。

「そだ、礼って、しいたけ食える?」

由は断る間もなく、立ち上がって、窓際の棚にある、しいたけが密集した塊から、いくつかもぎ取ると、さっさとはしごを降りて行ってしまった。
仕方なくついていくと、物置小屋から、かまどにしている一斗缶を取り出し、あっという間に火を付けてしまう。鼻歌交じりに、頭に短いポニーテールを作り、しいたけを串に刺して、缶に乗せる。それからまた物置小屋に行って、調味料とキャンプ用の椅子と一緒に戻ってきた。
私は、お礼を言って、椅子に座る。

「……由はホント、火遊びが好きだね」
「火はみんな好きだろ。ほとんどの家にはコンロがあるし、寒いところはストーブもあるんだぞ」

得意そうに語る由を、微笑ましいなと思いつつ、一斗缶の底で小さく燃える火を見た。
だんだんと大きくなる火を見ていると、昔はここも、もっと賑やかだったのに、と寂しい気持ちになる。
火遊びが大好きだった由に根負けした家族が、火の使い方と、この場所を与えたおかげで、この場所ではいつでも、マシュマロを焼いたり、花火をしたり、存分に火遊びができた。仲の良い子たちは大抵、放課後ここに集まっていた。
だけど、進級するにつれて来る子は減って、今は、来てもほとんど、由ひとりだ。
私は火遊びよりも、火を消した後、みんなでトランプや、ボードゲームをするのを楽しみに、ここに来ていたから、人が来なくなった今、私もここに来る理由はない。
でもなんでか、来てしまうし、来ると、なんとなく落ち着く。

「そういや、礼って、まだ幽霊見えんの?」

しいたけの串を転がした由が、思い出したみたいに言った。

「……うん。たぶん、今日も見たよ。幽霊じゃなく、幻覚かもしれないけど」
「でも見たんだろ? どんなだった?」由は、目をキラキラさせる。私はさっきの校庭の景色を思い浮かべて、
「んー、普通に制服着てて、本読んでたよ。……人だったかもしれないけど」思い出してみると、消えた瞬間を見たわけじゃないことに気付く。
「あぁ、人と見分けつかないんだったけ」言われた私は、コクンと頷いた。
「話しかけられて答えたりすると、誰と話してるの? ってなるから疲れる」
「あー! あったあった! 面白かったな、木に向かって怒ってたの」

楽しそうに膝を叩く由に、私は、「笑い事じゃないよ」と、自分の顔を抑えた。

「それまで普通に一緒に遊んでた子が、ぶわって消えたりするんだよ? 煙みたいに」
「鬼ごっこのときの? あれはこっちもビックリしたな。一人で林の奥に走ってったと思ったら、真っ青になって戻ってきて、そのまま帰るんだもん」
「ずっと人間の友達だと思ってたのに、タッチしたら消えるんだもん。青くもなるよ」

少しだけ冷たくて、ねっとりとした、空気。目には確かに触れた瞬間が見えたのに、手には全く感触が無い。それなのに、気味の悪さが、手に残った。
思い返すと、生々しくそれは、私の右手に蘇ってくる。
私にこの強烈な感触を植えつけた犯人は、当時と同じ、黄色いワンピース姿のまま、由の隣で、一斗缶の底を覗き込んでいる。
じっと睨んでいると『だからごめんってば』と、肩を竦めた。幽霊だって知らなきゃ、人にしか見えない。

「最近ホラー映画にハマってるんだけどさ、やっぱ幽霊って怖い? グロかったりすんの?」
『由のヤツ、すんごい怖いのばっか見てるんだよ。テレビから出て来るヤツとか、もうマジでチョベリバ!』
「……見た目は普通に人だから、顔見知りは怖くないけど、知らないのがいきなり出たり消えたり話しかけてきたりしたら、ビックリするかな。でもそれより、つい返事しちゃったりしないかの方が、私は心配」
「へぇ! したらどうなんの? 神隠し的なのにあったりするとか?」

由はカブトムシでも見つけたみたいな顔をする。
私は「そういうことじゃない」と、ほっぺたを膨らませた。

「幽霊と喋ったら、変な目で見られるでしょ。私だって木に話しかけてる人がいたら、病気かなとか思うと思うもん……。ホントに病気かもしれないし……」
「幻覚見える病気? それだって面白くて良いじゃん」
「みんなは由とは違うんだよ。仲間外れにされちゃうよ……」

ため息混じりに言うと、由は「ふぅん」と、首を捻る。

「ま、いいや。ここでは気にしないで喋っていいからさ。むしろ、どんどん喋れ。近くに話せるヤツいたりしねーの?」
『喋って良いって! ここで映画見るなら、もっと面白いヤツにしてって言ってよ。あと、またボードゲームやりたい。礼も好きでしょ? ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ』

由と、ワンピースの幽霊、定子は、それぞれに勝手なことを言う。
私は多数決に負けたような気持ちで、「怖い映画は嫌で、ボードゲームやりたいって」と、定子の希望を伝えた。

「幽霊って、ボドゲできんの? いや、待て、その前に、今ここに幽霊いる?」
『軽い物なら動かせるから! サイコロとか、カードとか!』

二人の圧に押されて、私は仕方なく、由に定子のことを説明する。
由は話を聞くうちにキョロキョロして、「どの辺にいる? このへん?」と、空気をかき混ぜだす。
私が位置を教えると、由は合わせて移動するけど、定子は面白そうにその手を避ける。目隠し鬼みたいで可笑しい。
私はしばらくその遊びを続けても良かったけれど、由はすぐに飽きたようで、しいたけの焼け具合チェックに戻ってしまった。
焼けていたらしく、二本ある串の一本を私にくれた。

「動かせるって言っても、こっくりさんみたいにグイグイ動くわけじゃないんだろ?」由が、しいたけに齧りつきながら聞いた。
「そんなに動かせたら、幽霊って、もっと一般的だったよね」私は、定子が林の方で葉っぱを動かす練習をするのを眺め、由と同じように、しいたけを口に入れる。
『礼がいるんだから、礼が動かしてくれたらいいよ! それなら三人でもできるよね! すごろくとか!』定子は葉っぱが思うように動かせなかったのか、勝手なことを言い出す。
「けど、幽霊入れても三人じゃ、小屋に置いてるゲームは、ほとんどできないしなぁ……。……うん、よし。じゃ、作るか」

腕組みをして空を見上げた由が、ぱっと正面を向いて、ニコニコしだす。
私は物凄く面白そうな、新作アニメの予告を見たような気分になった。
由がペラペラと、こんなゲームが良いとか、こんな風にしたらどうかとか、考えながら楽しそうに喋りまくる。私も、定子の意見を伝えつつ、アイディアを出していく。
ホラーテイストにしたい由と、人間の悪者も出せという定子と、カードゲームが良いという私の案を混ぜて、怨霊カードか、殺人鬼カードを引いたら負けのカードゲームということで、方向性が決まった。
私はカバンのノートのページを破って、早速、試作品を作ろうとしたけど、もう門限が近かった。
空はまだ薄い青紫だけど、木に囲まれた秘密基地は、相当に暗くなっている。

「一回遊んでみたかったのに」
「しゃーないって。じゃあ礼、次来るときまでに試作品よろしく」
「え、一人で作っちゃって良いの?」
「礼のが得意そうだし。私はスリリングならそれで良いからさ」

由がぽんぽんと、私の背中を叩く。
私は頷いて、手を振り、秘密基地をあとにした。
どんなカードがあったら面白いか考えながら、ペダルを漕いでいると、耳元で『私はいっぱい口出すからね』と、声がした。いつの間にか背中に張り付いていた定子の腕が、首に絡みついていた。

遅くまで試作品を作っていたせいで、起きたら物凄く眠かった。
のそのそと起き上がって、机の上を見る。昨日、リビングのプリンターからもらってきたコピー用紙で作ったカードが散乱している。
表面は説明文で、裏面は鳥居のマーク。
定子が、この方がカードを動かしやすい、と言うのでこうしたけれど、赤い色鉛筆で描かれた鳥居は、やっぱりちょっと不気味だ。学校で続きを作りたいけれど、絶対にやめた方が良い。
私は散らかったカードを揃えて、制服に着替える。
ふと、昨日の夜も、揃えてから寝た気がして、机を振り返った。
部屋の中に定子の姿はない。カードも揃えた状態のまま、机に乗っている。
一瞬、口の中に砂が入ったような気持ちになったけど、幽霊がゲームで遊んだって、もしくは、私が夢遊病みたいに、寝ている間に起きて遊んでたって、別に、害はないはずだ。
私は気にしないことに決めて、普段通り、学校へ向かった。

最初に違和感を感じたのは、由のクラスを覗いたときだった。
ゲームの内容を説明したくて、行ってみたけど、学校をサボりがちな由は、やっぱり教室にいなかった。
だけど、由の席には、誰かが座っていて、じっと私を見つめてきた。
あれは、人じゃない。
見分けがついたわけじゃないけど、直感的に、そう思った。
黒板の前と、掃除用具入れの前に立つ子も、由の席の子と同じように私を見る。
気味が悪くなった私は、急いで自分のクラスに戻ろうとした。

ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち、ぱち

目が合った。
廊下に立つ、窓から覗く、床に転がる、天井に張り付く、制服姿の幽霊たちが、私を見ていた。
ざぁっ、と全身が冷たくなる。
私は、自分のつま先だけを見るようにして、廊下を走った。

『あ、いたいた。おはよー』

教室に戻ると、私の机に座った定子が、のんきな顔で手を振ってきた。

『礼が寝たあと、あのゲームで遊んでみたんだけど……』

私は無視して、ノートを開くと「カードに書いた鳥居ってヤバいやつ? それか定子なにかした?」と書いて、トントンと文字を叩いた。

『あー……。何人か、幽霊の友達呼んで遊んだから……、礼が見える子だって話したかもだけど……、ダメだった?』

定子は首をかしげる。
なるほど、そういうことか。思うのと同時に、頭を抱えたい気持ちになった。
幽霊は、見える人間に、近寄りたがる。頼みごとのためとか、退屈しのぎとか、目的はそれぞれだけど、見えてるかの確認に、あの手この手で、反応を引き出そうとしてくるから困る。
私の場合、人と幽霊、もしくは、幻覚の見分けがつかないから、本当に困る。
そっと顔を上げると、HRにやってきた先生の頭から、手が生えていた。先生の後ろから、ヤンキーっぽい見た目の幽霊が、生えて見えるように、先生の身体に手を通しているらしい。チラチラ顔を覗かせて、私の反応を見てくる。
今すぐ、家に帰りたい。
だけど、そうしたら、サボりになるような気がして、私は結局、一日学校にいることにした。
まず、定子を追い払って、あとはできるだけ、机に顔を伏せて過ごした。幽霊たちを徹底的に無視して、具合が悪いフリで、人ともできるだけ、話さない。
私は、いつもは幽霊と人を見分けるために、なるべく知ってる人といるようにしてる。でも今日は、幽霊たちが、私の気を引こうとしてくる。人と話しているときに、うっかり反応しちゃったらマズいから、理沙、香菜、恵、優香とも、お昼休みに少し話すだけにした。
その甲斐があったのか、放課後には、ちょっかいを出してくる幽霊は、ぐっと少なくなった。

「今日は理沙の家行くけど、礼はどうする? 頭痛治った?」
「頭はもう結構、大丈夫だけど、今日はやめとくね。ごめん」
「別にいーって」

みんなが教室を出るのを見送って、私は教科書を鞄に詰める。
「また明日ね」と言われて振り向いたけど、周りにはもう誰もいなかった。まだ付き纏っている幽霊が、いるらしい。
疲れた私は、甘い物が欲しくなって、中庭近くの自動販売機へジュースを買いに行く。
ベンチに座って、ペットボトルのミルクティーを一口飲む。
渡り廊下を、まだ残っている生徒たちが行き来している。幽霊なのか、人なのかは、やっぱりわからない。
私は誰とも目が合ったりしないように、ほんの少しだけ赤くなった雲へ、視線を移そうとした。
そのとき、渡り廊下をウロウロしていた人影が、ばっと柵を乗り越えて、こっちに向かって来た。
私は慌てて、顔を伏せる。
上履きの爪先を見つめていると、

「一年の、安達さん、だよね? え……っと、私、三年の、洗透、です……」

名前を呼ばれて、うっかり声のする方を見てしまった。
私と同じ制服を着た人物が立っている。ネクタイが赤い。確かに三年生だ。

「覚えてないと思うけど……、入学式で花つけるとき、近くにいて、それで知っててさ……」
「ど、どうも……。……すみません、ちょっと、思い出せなくて……」
「ううん、覚えてないのが普通だと思うし、気にしないで……」

変な人だ、と私は思った。
私の名前を知っていることや、自己紹介をしてくれたこと、さっき渡り廊下の柵を乗り越えて走ってきたことを考えると、幽霊ではないのかもしれない。だけど、この先輩は、なんだかずっとソワソワしていて、私まで落ち着かなくなる。

「ごめんね、急に声かけちゃって……。その……、いつも友達と帰ってた気がしたから、どうしたのかなって思って……」

先輩は私に断ってから隣に座って、ぽそぽそ喋りだす。
理沙たちの話に始まって、小学校のときのクラブや、学食のメニューでなにが好きか、図書室ではどんな本を読むのか、色々なことを聞かれた。特に隠すこともでもないから、私は正直に質問に答える。
しばらくすると、先輩は気が済んだのか、「話せてよかった」と、立ち上がる。
やっと開放されるらしい。
私は静かに大きく息を吐いて、自分の爪先を見る。

「……やっぱり、もう一個だけ聞いていい?」先輩が、二、三歩歩いて、振り返る。
「あ、はい……」反射的に顔を上げると、
「い、今って、……その、付き合ってる子、とか、いたりする?」少し裏返った声で聞かれた。

先輩の顔が、みるみる真っ赤になっていく。
前に、テレビかなにかで見た場面に似ている。
もし正直に答えたら、もしかして。
そう思うと、顔にじわじわ熱が上った。耳の奥で、心臓のドクドクいう音がする。
私がなにを言おうか迷っていると、先輩は「やっぱりいいや、ごめんね」と、走り去ってしまった。
辺りはすっかり、オレンジ色になっていた。
私は急いでベンチを立って、先輩と同じように、走って家に帰った。
日が沈む前に帰れたら、鏡やガラスに映った自分の赤い顔を見てしまったとしても、夕日のせいにできると思った。

昨日に引き続き今日も、私は寝不足だった。
家に帰ったあとは、定子の希望でカードを直して、リビングのタブレットを借りて、先輩の質問の意味について、ヒントがないかネットを見まくった。だけど、どこを見ても意見はバラバラで、私はますます混乱した。
由か、香に相談したい。
けど、由はこういうことに興味がなさそうだし、香はまだ携帯を持っていない。
おかげで私は、一晩中ベッドで頭を抱えて、ちっとも寝付けないまま、朝を迎えた。
学校に来てからも、昨日のことを思い出すと、顔がぶわっと熱くなるから、私は仕方なく、昨日と同じように机に顔を伏せて過ごすハメになっている。

「礼、今日も具合悪いの? 保健室行く?」
「ううん、ちょっと眠いだけだから、大丈夫……」

起き上がって、声をかけて来たのが理沙ってことを確認してから、返事をした。
私は少し考えてから、自分の席に戻ろうとする理沙を呼び止めて、あの質問について、聞いてみた。そして、二秒で後悔した。
理沙は、「うっそ!」と、声を上げて、香菜、恵、優香を呼び寄せると、「礼が昨日、告られたって!」と、大声で知らせてしまう。
みんな揃って、「えーーー!!」「だれだれだれ?」「OKした? 付き合うの?」と、隣のクラスまで聞こえるんじゃないかってくらいの大声で、はしゃぎだす。
付き合ってる人がいるか聞かれただけ、と説明しても、まったく聞いてくれない。

「で、誰に告られたの? 私も知ってる子?」
「わかんない、三年生だったし……」
「先輩とかヤバ~! どんな人?」
『クラスと名前は?』
「どんな……。うぅーん……、爽やか、かなぁ? 名前は……、忘れちゃった……」
「もぉ~~~、ダメじゃん、礼!」

そんな風に、休み時間の度、根掘り葉掘り、なぜか幽霊まで混じって、いろんなことを聞かれた。
私がなにを言っても、みんなは楽しそうに、先輩について勝手な妄想を膨らませて、羨ましがった。
あまりに羨ましがられるから、私はだんだん、偉くなったみたいな気分になってしまう。

「たぶん、見た目はそんなに悪くなかったと思うし、絶対イヤとかじゃないけど、お付き合いとかはまだ早くないかなぁ……」
「えー! 全然早くないってー!」
「でも、三年生となに話せばいいかわかんないしぃ……」
「そんなの、テキトーで大丈夫だって! 好きな食べ物とか」『趣味とか』「デートでなにするか、とかも良くない?」『勉強を教わるのも良いよ』「それか、好きになった理由聞くとか!」「わーーー! それエモすぎーーー!」
「そんなの恥ずかしくて聞けないよぉ……」

放課後になっても、おしゃべりは終わらなかった。
普段は会話に入るのを難しいと思うことが多いから、こんな風にワイワイ話せるのは、ちょっと嬉しい。
私はもう少し、みんなで話していたかったけど、ふいに誰かが「先輩を探そう」と言い出した。
もう帰宅部は全員、下校してる時間。先輩は運動部っぽくはない。
私がそれを伝えると、みんなは三年生のお姉さんの卒業アルバムから、先輩を探すことを思いつき、「私と、恵のお姉ちゃんの、絶対二つとも持って来るから、明日見てよ! 私ら、どれが先輩か予想しとくから!」と、大盛り上がりで帰ってしまった。
あとには私と、私の後ろで『見つかると良いね』『甘酸っぱいね』なんて勝手なことを言い合ってる幽霊たちだけになった。
すーっと、気持ちが静まって、つまらなくなった。ため息を一つついて、昇降口へ向かう。
恋愛の話なんて、元々興味ないんだし、帰ってゲームの続きを作った方が楽しいに決まってる。気持ちを切り替えて、私は廊下を早足に歩いて、昇降口へ急いだ。
上履きを脱いで、下駄箱を開ける。
ギクリとした。
スニーカーの上に、白い封筒が一枚乗っていた。
理沙や他の誰かの置き手紙?
だけどそれなら、破ったノートとかを使うはず。ということはこれは、ラブレターというやつなのかも。封筒で手紙をくれる人の心当たりと言えば、昨日の先輩しかいない。
まさか本当に告白される?
私は、辺りに人がいないのを確認してから、封筒を開けた。
中身は、桜の花吹雪のような絵柄の入った便箋が一枚。
宛名は私。差出人の名前はない。
内容はラブレターぽかったけれど、少し変だった。
私が好きだということと、どんなところが好きということまでは、ラブレターっぽいのだけれど、最後がこう締めくくられている。
『私が誰かわかったら会いに来て、返事を聞かせてください。』
私はこのフレーズを、どこかで聞いた気がした。
この前、理沙たちが話していた、幽霊から来るラブレターの文章が、こんなだった気がする。
少しだけ嫌な感じがした。
理沙たちのイタズラかな、とも思ったけれど、今このタイミングで、こんなイタズラをするかな、とも思う。それに先輩からだって可能性もある。

「……先越されちゃったかな?」

すぐ後ろで声がした。
反射的に振り向きそうになるのをこらえて、手紙を封筒にしまいながら、なるべく自然な動作で、声のする方が見えるように体の向きを変える。
先輩が立っていた。

「……それ、ラブレター、だよね?」
「そう、ですね、たぶん……。なんか変な感じですけど……」
「そ、そっか……、そう……」

反応からすると、先輩がくれたものではないらしい。

「……その、返事はどうするの?」
「や、たぶん、イタズラなので……。誰かわかったら返事ください、ってなってますし……」
「あぁそれは……。…………たぶん、おまじないだと思うよ」

おまじない?
私は首をかしげる。

「……例えば、消しゴム拾ってくれて嬉しかったとか、自分が誰かのヒントになる内容で手紙を書いて、それで相手が正解したら、気持ちが伝わる、っておまじないなんだ。私が小四のときかな、一回流行ったんだよ」
「……幽霊がラブレターをくれる怪談を聞いたら、三日以内に届くラブレターじゃないんですか?」
「え。今はそんな風になってるの? ……じゃあ、イタズラ、かな?」

今度は先輩が首をかしげる。
私は改めて、もらったラブレターを読んでみる。
『友達を一人にしない、優しいところが素敵』と書いてある。これは、由のことを言ってるのかもしれない。私がまだ秘密基地に行ってることを知ってる子は、そんなに多くない。だけど、どの子も、こんな手紙をくれるイメージはない。

「……安達さん、明日の放課後とか、時間ある? 良かったら、少し、ゆっくり話したりとか、できないかな?」

顔を上げると、先輩が落ち着きなく目を動かしていた。

「えっと、まぁ、少しなら……」
「あ、ありがと……! じゃあ……、明日の放課後、中庭で待ってるから……」

答えると、早口気味に用件を言った先輩は、昨日と同じように、たっと走って、いなくなってしまった。
これは、デート? いや、でも、さっきの”付き合って”は、そういう意味ではなさそうだった。
ぐるぐる考えていると、手に掻いた汗で、手紙がしなっとなってきたので、また封筒にしまってから、鞄に突っ込んだ。
下駄箱からスニーカーを出さないといけないのに、喉がきゅうっとするのが気になって、ネクタイの結び目を握る。
今晩中にゲームを作り終わって、明日、由のところに持って行こうと思ってたけど、先輩と話してたら、その時間は、ないかもしれない。
それはすごく残念なのに、なんでか頭はふわふわする。
なにかは、わからないけど、とにかく、なにかが、すごく変だ。

「あれ? 礼、今帰り?」

聞き覚えのある声に顔を上げると、外から昇降口に入ってきた香がいた。
忘れ物取りに戻ってきたらしい。私は少し迷ってから、教室棟へ行こうとする香を引き止めて、先輩のことを話してみた。

「それ、確実に告白されるヤツだよね」
「……そう、だよね。やっぱり、ゴメンナサイしたほうがいいかな……?」
「なんで? 付き合っちゃいなよ」

香がきっぱりと言い切るから、心臓が、授業中いきなり当てられたときみたいに、どきりとした。

「でも……、昨日会ったばっかりなんだよ?」
「だからとりあえず付き合ってみるの。好きになれなかったら、別れたらいいしさ」
「それ逆だよね。好きだったら付き合うんでしょ?」
「礼はホントに小学生だよね……。そんなこと言ってたら、いつまでも誰とも付き合えないよ? 恋なんて大抵は一方通行なんだから」

香は腰に手を当てて、大きな大きなため息をつく。
私は納得がいかなくて、ぎゅっとおでこにシワがよった。

「何事も挑戦だって。いい人っぽいんでしょ?」
「それは、まぁ、たぶん……」
「それに、付き合ったら、みんなと話が合わない問題とか解決だよ?」
「たしかに……」
「ほら、付き合ってみたって良さそうじゃない」
「うぅぅ、そう、かもしれないけど……」

どうしてこんなに説得されているんだろう。そう思いつつも、説得されてしまう自分にモヤモヤする。
だけど結局、私は、「本当に告白されたら考える」と、答えてしまった。
香はニマニマした顔で、可愛い制服の着こなしや、髪型についてアドバイスしてから、「がんばっ」と、ガッツポーズを作って、教室棟へ歩いていった。
私は、ネクタイを、ぎゅっと握る。
喉の奥から、熱い塊の空気が、ひとりでに吐き出された。

次の日も、私はゲームを持たないで、家を出た。
定子に『そろそろ由も混ぜて遊びたい』と、文句を言われたけど、約束があるから仕方がない。
学校に着くと、理沙たちがアルバムを持って待ち構えていた。二つのアルバムどちらにも、先輩は載っていなくて、私も理沙たちも揃ってがっかりした。
載っていたら、名前がわかったのに。
そんなことを思いながら私は、先輩の名前も思い出せないまま、放課後の中庭に行くことになった。
先に来ていた先輩に、ひとこと、ふたこと、挨拶をして、近くの公園に移動する。
胸や頭を、内側から叩かれているような感じがした。手の平は汗でじっとりして、みんなの前で作文を読まされる時みたいな気分だった。
住宅街にある小さな公園は、遊具も人もいなかった。
通学路から外れたところにあるせいか、犬の散歩や、買い物帰りの近所の人が、時々通り過ぎるくらいで、学生はあまり見かけない。
一緒のところを見られたら、誰かにからかわれるんじゃないかと心配だったけど、その心配はなさそうだった。
適当なベンチに座ると、先輩がスポーツドリンクをくれた。
喉が渇いていた私は、一気に半分くらいを喉に流し込む。頭がぐるぐるしてるせいなのか、あまり味がしない。

「付き合わせちゃってごめんね、どうしても一回話してみたくて……」
「それは、大丈夫、です……。でも、なに話したらいいか……」
「えっと……。じゃあ、安達さんは、ミステリー小説とか好きなの? 図書室の貸出カードに名前が……。って、ごめん、ストーカーっぽいね。偶然見つけて気になって……」
「あ、いや、全然、そういうふうには思ってないので……」

先輩も友達と好きなものの話ができないのかな? となんとなく思った。
私は特にミステリー小説が好きというわけではなくて、ミステリー小説のゲーム性が好きだから読んでいると答えた。先輩はなるほどという顔をして、犯人を当てられた小説があるか、と尋ねてくる。私はまた質問に答える。
先輩は本好きらしい。ミステリーもよく読んでいるようで、私が知らない作品をあれこれ紹介して、私の感想も興味深そうに聞いてくれる。
こんな風に本の話をできる相手は、私の周りにはいない。
だから先輩とのお喋りは、たぶん、楽しいんだと思う。
だけどその反面で、どうしようもなく、落ち着かなくもあった。背骨の真ん中あたりが、ずっと、むずむず、そわそわする。
先輩はどうして私と話したいんだろう? みんなの言うように、私に好意を持ってくれているんだろうか? だとしたら、これはデートなのか?
色々なことが気になるし、ドキドキする。
ほっぺたも、さっきからずっと、ぽうぽうとしている。
きっと、ドラマとか、みんなの会話とか、日頃見聞きする情報の刷り込みがあるせいだ。
だって、私は別に、先輩が好きってわけじゃない。出会ったばかりだし、そんな気持ちになるはずがない。
違和感に悶々としていると、不意にポケットの中の携帯が鳴った。
通知を見て、心臓がギクリとする。
由から、『ゲームまだ?』と、一言だけのメッセージ。ただの催促なのに、後ろから、わっ、と脅かされたみたいだった。

「……もしかして、昨日のラブレターの子?」
「え? あ、いえ、友達からです」

そんな必要ないのに、慌ててポケットに携帯を戻した。

「……あれ、結局イタズラだったのかな? それとも、誰からか、わかった?」
「ええと……、文章的には小学生のときの同級生っぽいかとは思うんですけど、ああいう手紙をくれそうな子はいないので……」
「そう……。…………気付いてないだけ、って可能性はない?」
「それは、あるかもですけど……。なんでそんなこと聞くんですか?」
「…………あぁ、それは……」

まずいことを聞いてしまった。
口をついて出てしまった言葉に、私は後悔した。
先輩はしばらく、黙って俯いて、「もう、きっとわかってると思うけど……」と、話を切り出した。

「入学式のとき、安達さんを見て、一目惚れっていうか……、ずっと気になってて、良かったら、お付き合い、してもらえないかなって……」

ぽそぽそと話す先輩が。みるみる真っ赤になっていく。
私は、鏡を見てるみたいだな、と思いながら、火照るほっぺたを抑えた。
ある程度、覚悟はしていたつもりだったのに、実際に言われると、想像以上に困惑する。まるで、無重力空間で、無茶苦茶に回転させられているみたいな感覚に襲われた。

「…………えっと、その、私……」
「ご、ごめんね、急に言われても困るよね。…………その、手紙のことも気になるだろうし」
「い、いえ……、べつに……」

それ以上は、会話が続かなかった。
先輩はなにも言わなかったし、私は、先輩のことだけでなく、手紙のことまで、気になりだしてしまった。
手紙に書かれていた”友達”が仮に、由のことだとして、私が由のところへ通っていることを知っているのは、私が知っている範囲だと、香、理沙、香菜。理沙と香菜が、恵と優香に由のことを話していたとしても、たった五人だけ。香以外は、誰が誰を好きかという話を聞いたけど、私の名前は出なかったはずだ。
ということは……。

「……じゃあ、金曜日の放課後、返事聞かせてくれる?」

どんどんと脈を早めていた心臓が、口から飛び出そうになった。
先輩は早口に、私に考える時間がいると思うから、金曜日まで返事を待つと伝えて、立ち上がる。私が小さく、「わかりました」と、答えると、先輩は、「学校まで送るね」と、先を歩いた。
道すがら、先輩がなにか言っていた気がするけど、私の耳には、自分の心臓の鼓動ばかりが聞こえていた。

考える時間は、まるまる一週間あった。
そして、あっという間に過ぎた。
金曜日は仮病で学校を休み、月曜日までずっとベッドの中で過ごした。
定子がしつこく、由のところへ行こうと誘ってきたけど、なんとなく顔を合わせ辛い。もらった催促に、「まだしばらくかかりそう」とだけ返しておいた。
先輩への返事についても悩んでいたけど、手紙のことも気になる。
香は、私のクラスに、好きな子がいると言っていた。それが私のことだという可能性も、ないわけじゃない。今ある情報での推理としては妥当だと思うけど、そんなことを考えてしまう自分が恥ずかしかった。
ただでさえ恥ずかしいのに、私の頭は、この上、さらに恥ずかしさが増すような推理をしてしまった。
由だ。
由自身も、私が由のところへ通っていることを知っている。あの手紙の差出人である、可能性があるということだ。
思い浮かべて、頭がボンとなる顔が、三つに増えた。
私は三日の間、ベッドで、先輩、香、由の顔を順に思い浮かべては、枕に顔を押し付けて過ごすハメになった。
月曜以降は、これに、理沙たちからのアドバイス大会が加わったのだから、金曜の私は、すっかりヘトヘトになっていた。

『だからさっさと断っちゃえば良いって言ったのに』
「……クラスも名前も連絡先も知らないんだよ?」
『なら先週、会ったときに断れば良かったじゃん。どうせ断るんでしょ?』
「…………まだ決めてないってば」
『なんで? 断らないと、私と遊ぶ時間、減るんだよ?』

正直、大幅に減らしたい。
そう思いつつ、「幽霊の友達と遊んでよ」と、机のカードを指して家を出た。
学校に着いても、静かに過ごせることはなくて、「いよいよ今日だね!」「結局どうするの?」「付き合うんでしょ? 付き合うんだよね?」「一人じゃ不安なんだったら、みんな付いて行くから頑張ろっ!」なんて、声に取り囲まれる。
相談したかったけど、手紙のことまで話さなくて良かった。そう思わずにはいられない騒がしさだった。
昼休み、私は「一人で考えたいから」と、グループを抜け、人の少ない特別教室棟へ向かった。
適当に人のいない学習室で食べようと、お弁当を下げて歩く。だけどあまり、食欲がない。
ため息をついて、窓の外を見ると、上の階の渡り廊下を歩く、由の姿が見えた。

「由!」

聞こえるわけないのに、手を振っていた。
当然、由はなんのリアクションもなく、無表情で廊下を歩いて行ってしまう。
私は由を追いかけた。
きっと、由なら、みんなとは違う意見を言ってくれる。そう思った。
先輩のこと、手紙のことを相談したかったし、ゲームのことも話したい。
由の向かった方向から、きっと屋上でお昼を食べるんだろうと思った私は、由が向かった先の階段を駆け上り、屋上のドアを開けた。
屋上に由はいなかった。
いたのは、昼食を取りつつ談笑する二組のグループと、なにをするでもなく、ぼんやりと佇む、幽霊っぽい人物が数名。
見間違いだったのかな、と校庭に視線を落とすと、由に似た人影が、校門の方へ歩いていくのが見えた。
さっき廊下で見かけたのが由なら、今、校庭にいるのは由ではない。確実にどちらかは、幽霊か、幻覚だ。
ほっぺたの内側が、ざらりとした。
私は眉の間にしわを寄せて、元の廊下へ引き返す。

「お、礼。なにしてんの?」

階段を降りていると、上ってくる由に声をかけられた。
屋上へ行く途中、牛乳が欲しくなって、購買へ行ったらしい。ほっとした私は、由と一緒に、屋上で昼食を取ることにした。

「……で、付き合ってほしいって言われたんだけど、香も、理沙も、香菜も、みんな、付き合っちゃえって言うんだよ」
「ふぅん。でも礼が嫌なら断ればいいだけなんじゃねーの?」

由は、私の予想通り、みんなとは違う意見を言ってくれた。
やっぱり、こういうことに興味がないんだろう。もぐもぐパンを頬張って聞くだけで、口を出してはこない。
おかげで私は、遮られずに相談を続けることができた。

「嫌っていうわけじゃないんだけど、だからって、……好き、とかじゃないし。そもそも好きとかわかんないし、それで付き合うっていうのは、なんか違う気がして……。でも、本当にちょっとだけ、ヘンな感じだったけど、ドキドキ? したりはしたから、断るのも、それはそれで違うのかなって思って……。だから、どうしていいか、わかんない」
「礼は真面目だよなぁ、そんな悩まなくても良いのにさ。いつかハゲるぞ」からかうように、由は私のこめかみを突く。
「なんで? 悩むよね?」
「そうかぁ? どっちも”なんか違う”なんだったら、どっちでも良いんじゃね? コインで決めても良いレベルだと思うけど」

あまりの言い草に唖然とすると、由は、なにか変なこと言ったかな? とでも言いたそうな顔で、首をかしげた。
由は少しの間、腕組みをして考える。それから、パンを牛乳で流し込んで、「試しに一回やってみよう」と、お財布から十円玉を取り出し投げて、手の中に隠した。

「表なら付き合う、裏なら断る、な。あ、数字の方が裏だぞ」

由が手を開けると、十円玉は表になっていた。

「どーよ? 嬉しいとか、嫌だなとか、最初になんて思った?」
「…………わかんない。なんだろ、怖い? とか」
「んん? 影響されて価値観変わりそう、とか?」
「ううん、たぶん、そういうのじゃなく……」

私の頭には、あの鬼ごっこのときの記憶が浮かんでいた。
確かに触れたはずだったのに、私の手は、定子の背中を、すり抜けた。はっとして顔をあげたら、定子の姿はどこにもなかった。幽霊だったと気付くより先に、友達を消してしまったという感覚に襲われた。
定子はしばらくしてからまた現れて、『幽霊も、人と幽霊の区別がつかない』と言い訳しつつ謝ってくれたけど、あのショックは今でも忘れられない。
もう二度とごめんだった。
もしも、先輩と付き合ったとして、例えば、手を繋いだ瞬間とかに、それが起こらない保証はない。
私はそれが怖いのかもしれない。

「うーん、じゃあさ、イエスノーじゃなく、さっきのとか、その怖いってのとかを、そのまま言ってみるのは?」
「え。そんなの、いいの?」
「さあ? でも決められないなら、しょうがなくね?」

由は残りのパンを齧る。
スッキリできるアドバイスではないけど、どちらか決めるように求められるよりは、気持ちが楽な気がした。

「じゃ、私、次、体育だから」
「あ、うん。ありがと、由」

手を触り合って別れたあと、お弁当を片付けた私は、意を決して、三年生の教室を覗いていくことにした。
どのクラスかはわからなかったけど、そろそろ予鈴が鳴る時間だから、順番に教室を覗いていけば、見つかるかもしれない。
三年生の教室前の廊下を歩くと、三年生たちから、たいぶ不審そうな視線を送られた。居心地はだいぶ悪い。だけど、私は一刻も早く、先輩に気持ちを伝えてしまいたかった。
一組から順番に教室を覗いていく。
先輩の姿はない。
まだ戻っていないか、次の授業は移動なのかもしれない。
諦めて戻ろうとすると、親切そうな三年生が、「お姉さんか誰か探してる?」と、声をかけてきた。

「あ、いえ、先輩を探してたんですけど、クラスとかわからなくて……」

私はしどろもどろになりながら、先輩の特徴を説明する。

「名前、思い出せないんですけど、たぶん、確か、あら、き? 先輩だったと……」
「アラキ? うーん、じゃあ、ウチのクラスじゃないね」
「そう、ですか。ありがとうございます……」
「あ、待って。ねぇ、聡子ー! 三組にアラキって子いるー?」

三年生が、別の三年生に声をかけて、先輩のことを聞いてくれた。
ありがたいけど、身体が縮みそう。
私は放課後まで待たなかったことを後悔しつつ、きょろきょろと視線を泳がす。
窓の外、消火栓、廊下の突き当り。
先輩が見つかったら、解放されるのに。
そう思って、三組の教室の奥を見たとき、窓の外、ベランダに、先輩が立っていた。

「ウチも、アラキって名字はいないよ」

目が合って、手を振ろうとしたそのとき、三組の生徒らしい三年生が、そう言った。
私はその三年生と、先輩を交互に見る。
先輩は、顔をくしゃっとさせて、薄くなり、消えてしまった。
予鈴が鳴る。
私は三年生たちにお礼を言って、教室に戻った。
戻る途中、『ごめんね』と、声がした気がしたけど、私はただ黙って歩いた。
授業はまったく頭に入らなかった。
というより、頭の中が空っぽだった。
なにも感じない、なにも考えられない。
だけど、右の手の平に、あの、冷たくて、ねっとりとした感覚だけが、纏わりついていた。

昼休みにフられてしまったと伝えると、理沙たちは、慰めてくれて、放課後はカラオケに誘ってくれた。
とても騒ぐ気にはなれなかったから断ったけど、いざ教室に一人きりになると、胃のあたりがモヤモヤとして、一緒に行けば良かったかな、とため息が出る。
一応、待ち合わせていた中庭を、上の階の窓から覗いてみたけど、先輩が現れる気配はない。
きっと、先輩に会うことは、もうないんだろう。
どうして付き合いたいなんて言ってきたんだろう? 私も同じ幽霊だと思ったのか、それとも、生きているとわかっていてなのか、もしも私がイエスと答えたらどうするつもりだったのか。
知りたいけど、答えは返ってこない。定子みたいに、ほとぼりが冷めた頃にひょっこり出てくるなんて、しそうにもない幽霊だったし、ずっと謎のままだ。

「礼? なにやってんの?」

窓ガラスにおでこを押し付けていると、いつの間にか、香が後ろに立っていた。

「……この前話した先輩と、今日の放課後に告白の返事するって約束してて」
「え、じゃあ、早く行かなきゃ」
「ううん、昼休みに会いに行ったら、私の方がフられたみたくなっちゃったから、もういいんだ……」

もう中庭に行く必要はない。返事にも悩まなくていい。
だから、たぶん、これは良いことのはずだ。
だけど、

「…………そっか、残念だったね」

やっぱり、こんな返事が返ってくる。
私は特に否定せずに、「うん」とだけ答えた。

「きっと、次は良い人に当たるよ。ほら、手紙の子とかさ」
「いや、私、たぶんこういうこと、すごく向いてないんだよ。だから、もう二度とごめんかな……」
「そう? そんなことないと思うけど……」
「うん、でも……、やっぱり、いいやって……」
「そっか……」

しばらくの沈黙の後、香は、「じゃあ、私、もう行くけど、元気だしてね」と、階段の方へ歩きだす。
私がもう一度、中庭の方を見ていると、

「礼、そのうち、その気になったら、きっと良い人できるよ」

と、香は親指を立ててみせた。
それがなんだか可笑しくて、私は顔を緩ませつつ、香に手を振った。

香と別れたあと、私は秘密基地へとやってきた。
パーカー姿の由が、ゲームのことを聞いてきたので、私はざっと内容を説明して、トランプで代用できることを伝えた。
由も定子も、早速やってみようと言うので、必要な枚数だけトランプを取り出して配った。

「黒いジョーカーが怨霊で、色付きのが殺人鬼。絵札がないときに引いたらゲームオーバーね」
「じゃあ、引いたら、絵札を場に出して、ジョーカーは山札に戻すってこと? 手札減んの?」
『私のアイディア。スリルあるでしょ!』
「定子のアイディアなんだけど、一枚になると結構ヒヤヒヤするよ」
「へー! やるじゃん、幽霊」

わいわい言い合いながら、ゲームを進める。
先輩のことは、まだ引っかかっていたけど、香もみんなも励ましてくれたし、だいぶ気が楽になっていた。
ゲーム中、由が思い出したみたいに、「そういえば、あれの返事どうなった?」と、聞いてきたけど、「先輩、幽霊だったよ」「ふーん、じゃあフったの?」「逆。香はもっと良い人がいるとか言ってたけど、もうお腹いっぱい」程度のやり取りで、またゲームに戻った。
一回目のプレイが終わると、由は、面白かったと喜んでくれた。定子の方は、トランプだと味気がないと文句を言って、『礼の家で幽霊の友達と遊ぶ』と、言って消えた。

「これさ、カード増やして、指定されたカードを集めたら退治できる要素も入れたら、もっと面白くね?」
「あぁ! そうだね! じゃあアイテムカードも作ろっか」
「どんなのが良いかな。怨霊退治は、御札とか、数珠とか、人形、呪文、聖水……」
「待って待って、メモするから……」

私は鞄を開けて、ノートを取り出す。
中に、あの手紙が入れっぱなしになっていた。
先輩が幽霊だったショックで、すっかり忘れていたけど、これの差出人が誰なのかは、まだわかっていないのだ。
一度は落ち着いた気持ちが、ぶり返す。
香かもしれないし、由かもしれない。
もし、由からだったら。そう思うと、急激に喉が乾いてきた。
もし、由からだったら、きっと、先輩のときよりもっとずっと悩む。
それにもし、先輩みたいに消えてしまったら。
嫌な想像が頭を巡る。

「ん? どした礼?」
「……うん、ごめん、なんでもない」

言いつつも、私はすっかり、背筋が寒くなっていた。
差出人が、由でも、香でも、どっちでも怖い。
私はきっと、気持ちに応えることができない。きちんと向き合うことも、できないかもしれない。
だって、好きなんて気持ちはわからない。
わかるのは、デートをすれば、好きでなくても、ドキドキはするということ。だから私はもう、本当に、わけがわからない。
それで、由、もしくは、香のことを、好きなのかどうかなんて、どう考えたら良いのか。
いや、それよりも、私が、好きだとか、そんな気持ちになってしまったら。
考えるほど、口の中がザラザラした。
由は、トランプを並べながら、追加する要素について話し続けている。

「由……」

私は、メモを取る手を止めた。

「……私に、手紙くれた?」
「メールでなく? いや?」
「そっか」

由は、不思議そうな顔をして、またカードの話に戻った。
きっと由は、手紙を出したりなんてしないはず。その予想が当たったことに、胸を撫で下ろした。
由は、私の知ってる由のままみたいだ。

「…………由、あのね。……手、握っても、いい?」
「ん? いいけど?」

由は握手をするみたいに、手を差し出す。
私はその手に両手を伸ばして、恐る恐る、触れた。
消えない、いつも気安く私に触れる、温かくて、柔らかい、少し小さい手。
私から触れるのは、すごくすごく、久しぶりだ。だけど、昔と同じく、しっかり、手の中にある。
触れていると、嫌な気持ちが溶ける気がする。暖かい気持ちになる。安心する。幸せ。

「……あ、ごめん。ありがと」
「ん。で、追加カードだけどさ」
「うん」

落ち着いた私は、相槌を打ちつつ、自分の両手を重ねる。
まだ、由の手の感触が残っている。なんだか、くすぐったい。
きっと、私にとっての良い人というは、たぶん、由みたいな人をいうんだと思った。
よくわからない気持ちを持つことを求められたり、ドキドキさせられたりすると、きっと疲れてしまう。
由といるときみたいに、気が抜けて、変なこと悩まなくて良くて、なにも押し付けてこない、そんなのがいい。由みたいに。

「あれ?」

声が出た。
同時に、首に熱が上ってきた。

「ん? なんか変なトコあった?」
「全然!」
「そうか?」
「そう!」

考えず、反射的に答える。
私は落ち着くようにと、自分に言い聞かせる。合わせた手を、ぎゅっと握りしめる。
由は一度だけ首を捻って、カードの話を続ける。
折り畳みテーブルにカードを並べて、テストプレイをする。三人分の手札を置いて、次々に山札からカードを引いては場に出していく。
山札から、黒のジョーカーが現れる。
それを見た由は、また、思い出したみたいに、「変っていえばさ」と、私を見て、

「香って、誰?」

と、不思議そうな顔をする。

由の手の感触が、ふっ、と手の中から消えた気がした。


最後の一言でゾワッとなる感じのを書きたくて書いてみました。
ハッピーエンドではないですし、オカルトとラブストーリーどっちつかずな感じになってしまった気がする。
そして駆け足。これはちょこちょこ修正していきます。
あと、ラストでゾワッとならずに、ハテナマークが出てしまう人が多そうな気も……。

一応解説しておくと、以下のようなイメージです。
礼は由への恋心を自覚する。
だけど、由は無神経で自己中心的で、自覚なく礼を傷つける危険性を持つ人物。
だから礼が由の次くらいに親しみを感じている香のことを指摘してしまう。
そのことで礼は、香が幽霊であること、にもかかわらず、先輩同様にアプローチをしてきたこと、由に感じている安心感は、決して由が意図して与えてくれているものではないことに気付いてしまう。
みんなが羨ましがっていた先輩との恋愛も、香の気遣いも、由に感じていた安らぎに基づいた好意も、全部、幽霊みたいなものだった。
だけどこの先も、幽霊に囲まれた人生は続いていく。

もし伝わっていたら、まぁまぁブラックで、ゾっとできる話なんじゃないかと、個人的には思っています。
まぁ、伝わらなくても、モヤっとはしますよね。たぶん。
他にも、
手紙の差出人が確定してないから由からの可能性が捨てきれないとか、
礼が先輩と付き合うことにしてたかもしれないとか、
全員幽霊だったりしても面白いかなとか、
由も実際しない可能性が考えられるなとか、
読み返して色々、後味の良くない解釈を考えたりもしてます。みなさんもお好きに解釈してください。

そんなわけで、普段あんまり書きたくならないような話を書いてしまいましたが、なんやかんやあっても、嗚呼蛙の作品なので、最終的には全員もれなくハッピーな人生を歩んで行くということだけは言っておきます。みんなオラの娘だかんな!
あと、礼と、由の名前はダジャレですw

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オリジナル百合小説目次

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百合ドリル

 
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