ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。
第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。
単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。
【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。
以下二十五話です。
【シシィ 七】
ヒーゼリオフとティクトレアに相談事を持ちかけてから早二ヶ月。イラヴァールはすっかり冬になり、昼間の猛烈な暑さはすっかり鳴りを潜めた。夜は息が白くなるほど冷え込むけど、日中は汗だくになることもなくなり、だいぶ過ごしやすい。
だからこそ、ロスノー洞と名付けられたオルナダお手製の新ダンジョンの攻略を進めたりだとか、なにかしらの新任務に出かけるだとかで、冒険に繰り出したいところなのだが、残念ながらランピャン遠征以降は、そういった話が回って来なくなってしまった。ヒーゼリオフとティクトレアに相談した、フューリの単身任務阻止作戦が上手く行き過ぎたせいだ。
ヒーゼリオフから武術を、ティクトレアから魔法を教わるという口実を作り、オルナダを説得したところまでは良かったのだが、どういうわけかフューリのヤツは、ティクトレアの飼い犬たちから使用人技能なんかも教わることになり、冒険より、武術より、魔法より、そっちに夢中になってしまったのだ。毎日毎日、迎賓館に出かけては、料理洗濯掃除などの雑用をこなし、空いた時間で、お茶の淹れ方、花の生け方、服の着せ方、作法、配膳、事務仕事、スケジュールや資産の管理法、酒、料理、遊び、調度品、装飾品に関する知識などなど、ありとあらゆる技能と知識を学んでいるそうで、今はお菓子作りに凝っているらしい。
なんだお菓子作りって! 魔族と対等にやり合えるレベルの最強狩人が、小麦粉と戦ってどうすんだよ! もっと強えぇヤツと戦えよ! しかももらった試作品のクッキー、そんなに美味くねぇ!
せめて武術や魔法のほうを学んでくれてるんなら諦めも付くけど「今日はベニエの作り方教わるからごめんね!」なんて理由で冒険の誘いを断られたんじゃ、無理無理の無理。さすがの私も死んでも死にきれない悪霊みたいに背中に取り憑いて、延々と恨み言を言いたくなってしまう。
それでもこの二ヶ月間、黙って見守っていたのは、なんだかんだで一、二週間に一度はダンジョンに付き合ってくれたってのと、私でさえそんな状態なのだから、フューリを最強飼い犬に育てたい飼い主のオルナダは、この体たらくを知れば、さぞ嘆き悲しみ怒り狂って、なにかしらの任務を与えるだろうと思っていたからだ。
ところがフューリは、教え下手の魔族に、週一回程度しか教わっていないにも関わらず、武術と魔法の技量をちょびっとずつだが向上させて、ちゃんとやってますよ感を出すことに成功していた。この前ちらっと探りを入れてみたけど、オルナダは「思ったほどは成長しないが、きっと教え方が下手なせいだろう」と納得して、微塵も疑ってない様子だった。
そういうわけで、私は二ヶ月も経ってようやく、これはなんとかしなくてはと頭を悩ませている。だがしかし、今は目の前のコトに集中だ。
「じゃ、手筈通りに頼むぞ」
「わ、わかった……」
揃いの防具を付けた私とフューリは、階段状に建てられた座席の間を抜け、地面に描かれた大きな正方形の中に入った。イラヴァール月例祭の催しのひとつ、新人青服上位対抗モックバトルリーグのリングだ。正方形の各辺に対して並行に庇の付いた座席が設けられ、立派な闘技場になっている。設営場所も中央区の一番広い広場と、なかなか人の多い場所であるためか、場内はそれなりの盛り上がりをみせていた。
『第四十試合は、フューリ殿下VSシシィマール・ヴォンルーフ戦! 前半負け続けたこともあってか、シシィマール選手のオッズは超激高の最高潮だ! 大穴を狙うギャンブラーたちの声援が、殿下コールの合間にわずかに聞こえてきます!』
『シシィマール選手は、本戦唯一のヒューマーですからねぇ。予備選を勝ち上がれたのも奇跡と言っていいでしょう。賭け金はそのまま大穴に吸い込まれることになりそうです』
実況と解説が好き勝手なアナウンスを入れた。
本来なら新人のリーグ戦なんて、西か東の端っこでやるようなイベントで、実況も解説も付かないのか通例なのだけど、私を含め、予備選を勝ち上がった新人十五名の中に、フューリがいるということで今回は中央でやることになったのだそうだ。小耳に挟んだところでは、例年より遥かに客入りが良く、賭けられている金もかなりの額になっているらしい。これを利用しない手はない。
この模擬戦での成績は評価に影響しないし、賭けには出場者も参加できる。なら前半は多めに負けておいて、後半は自分に賭けた上で勝てば、結構な額を稼げるはずだ。実況が言った通り、私のオッズはかなり高い。ここでフューリに勝って軍資金を作り、八百長に応じてくれた数名に勝てば、欲しかった装備が買えるかもしれない。
私はリングの真ん中でフューリに向き合い、太陽の位置を確認した。勝たせてもらうことになっているとはいえ、ちょっとでもタイミングが合わなかったり、不測の事態が起きれば負けることもあり得る。全財産を賭けてるんだ、油断する訳にはいかない。それにフューリとはガキの頃から何度も組手をしていて、ほんの数回だけど勝てたこともあるんだから、負けてもらう前に自力で勝つ努力くらいはしておきたい。
『さてここでルールのおさらいです! 選手の装備をご覧ください』
『訓練でも使用される、標準的なヘッドギアとプロテクターですね。頭と胴、そして背中に青く光っている箇所があります』
『はい! この光る箇所に規定のスライム製武器、もしくは魔力弾を当てたほうが勝者となります!』
『威力は考慮されないということですね。属性魔法の場合はどうなりますか?』
『火、風、水、土など属性魔法の使用も認められていますが、当てたと判定されるのは魔力弾のみですね! また、殺傷能力の高い魔法での攻撃は禁止されています!』
『毒なんかを生成されては、客席の我々も危ないですからね。まぁ、この二人の対戦では、魔法が使用されることはないでしょう』
『そうですね! 殿下はグローブ、シシィマール選手は槍と、両者これまでと同様の得物を手に位置に付きました! 試合開始です!』
実況の言葉と同時に、私たちは目の前で緑色に光る「準備完了」の文字に触れた。文字が消えると私たちの間の高い位置に、大きく数字の三が表示され、カウントダウンしていく。
「戦闘開始」の表示が浮かぶと同時に、私はフューリから距離を取り、槍型のスライムを構える。フューリは若干腰を落としはするものの、ステップも踏まないし、腕も上げない。私が『狩りの体勢』と呼んでいる、ガキの頃からのフューリのファイティングポーズだ。
『殿下は相変わらず、スキの多い構えをされていますね!』
『初戦から物理戦では、相手の攻撃を捌き切って、体勢を崩したところでタッチという戦法を取っていますからね。あえてああいった構えを選択しているのでしょう』
実況解説の言う通り、フューリの構えは一見するとスキだらけに見える。だけど、じっと真っ直ぐにこちらを観察する目は、完全に獲物を仕留めるタイミングを窺う捕食者のそれだ。
たぶん本人は、事前に頼んだ『余裕ぶっこいて遊んでたら不意を突かれてやられるフリをする作戦』をちゃんとやろうと真剣なだけなんだろうけど、その視線は、少しでも動いたらその瞬間に喉を割かれるんじゃないかってくらいのプレッシャーを感じさせる。
だからって、制限時間のあるこの試合で、じっと睨み合ってる訳にもいかない。私は踏み込んで軽い突きを三発放つ。放った突きはどれもあっさりと弾かれて、かすりもしない。
再び距離を取り、ステップを踏んでフューリの周りを回ると、観客席から「ビビるなヒューマー!」とヤジが飛んだ。
『先に仕掛けたのは、シシィマール選手でしたが、あっさり捌かれてしまいました! やはり強化装備、持込装備使用不可というルールでは、ヒューマーのシシィマール選手は圧倒的に不利なようです!』
『資料によると殿下は身長二一五センチ、シシィマール選手は一六五センチと、体格差がありますから、シシィマール選手は槍のリーチを活かしたいところですね』
解説が知ったふうに語るが、私が不利な点は、リーチだけじゃない。
そもそも私とフューリとじゃ、基本スペックに差がありすぎる。強化装備や如意槍を使えたとしても、勝てるのは十回中一回がイイトコだろう。今の条件じゃ、百回やっても勝てないかもしれない。これが普通のオーガやエルフ相手なら、予備選のときみたく序盤は逃げ回って、疲れたところでボコボコにするとこだけど、この試合には制限時間があるし、フューリは私以上のスタミナお化けだから、その手は使えない。
「ど、どうする? もうやる?」
「時間いっぱいまでは、普通っぽくって言ったろ。まだ、早い、って!」
フューリが話しかけたタイミングで、周りを回るスピードを上げ、そして唐突に回る方向を逆にした。同時に距離を詰め、斬りつける。フェイントを入れた槍の穂先はS字の軌道を描く。
『技能「蛇閃」LV29』
ステボの通知が頭に響く。技能の自己ベストレベルは更新されたけど、フューリはこれを軽々と躱す。
『ああーっと! シシィマール選手が隠し玉を披露! わずかに届かないものの、これまでの攻撃とは段違いのスピードだ!』
『ステータスボードの解析によると、シゼ流閃槍術の蛇閃ですね。槍のしなりで軌道が予測し辛い技なので、LV29といえど躱すのは容易ではないはずです』
解説が得意気に技の解説をする。これまでは適当に負けてたから気にならなかったけど、こんな風に解説されちゃ簡単に対策を考えられちまう。あまり手の内を見せるのは得策じゃない。フューリとは全力でぶつかりたかったけど、今日のところはお預けにしておこう。
私は一分程度適当な攻撃を繰り返してから、フューリに「次で当たってくれ」と合図を送った。フューリの目が「了解」の合図を出すと、再び間合いに踏み込み、連続で突きを繰り出す。
『技能「閃線」LV12』
通知と同時に私は転倒し、槍から手を離す。槍はすぽーんと飛んで、フューリの腹にすこーんと当たる。これで決まりだ。
フューリのプロテクターの青い光が、ビーッという音と共に赤に変わり、頭上に大きく『試合終了』の文字が表示された。
『し、勝者、シシィマール選手ぅ!!』
実況が沈黙を破り、勝利を告げると、会場中から混乱の声が上がった。
『一体誰がこの結果を予想できたでしょう!! 本リーグ最大の大番狂わせだ!!』
『資料によると、シシィマール選手は元々は剣を得意とする人物で、槍に切り替えたのはごく最近のようです。まだ槍術の足運びに慣れていないのかもしれないですね』
『うぅむ、なるほど! ラッキーパンチ感は否めませんが、勝利判定が覆ることはありません! シシィマール選手、見事初白星です!』
実況解説の言葉に、私はほくそ笑む。別に八百長が禁止されてるわけじゃないが、見破られるとオッズが下がるから、ただのラッキーと思われたほうが都合がいい。ちょっと力んで技能判定が出たのは計算外だったけど、この分だとあとの試合でもたっぷり稼がせてもらえそうだ。
「はぁ。緊張した……」
「お疲れ。見事な当たりっぷりだったな」
「僕は避けなかっただけだから……。でもホントに転んだのかと思ってビックリしたよ」
次の選手たちと交代でリングを出た私たちは、闘技場の裏手を歩きながら小声で話した。
「マジ? お前を騙せたんなら、もっと極めたほうが良いな」
「え? あれってなにかの技なの?」
「愚拳って言うらしい。ドジに見せてスキを突くことに特化してるからヒューマー向きだって、キャサリーヌが見たことある技だけ教えてくれたんだよ」
「へぇ! じゃあ、シシィがそれ極めたら、僕なんか全然勝てなくなっちゃうかもね!」
フューリはニコニコとしてしっぽを振った。負けるのが嬉しいなんて理解できない私は「それはそれで問題あるだろ……」と、つい呆れ顔になる。
「対人戦苦手なのはわかるけど、ぼちぼち克服してかないと、オル様に呆れられちまうぞ」
「そ、それはたぶん大丈夫……」
「ん? なんかやる気が出る方法でも見つけたのか?」
違和感を感じた私は立ち止まり、隣のフューリを見上げた。
普段ならこういう発言を聞くと、一発で取り乱すフューリが「大丈夫」なんて明らかにおかしい。まるで自分に言い聞かせるような言い方も妙だ。
じっと見つめるとフューリは「そういうのじゃなくて……」と口をもごもごさせたけど、しばらくあうあうとしたあと、ふーっと息を吐いて、
「オルナダ様は、きっと、勝てない僕のほうが、カワイイって思ってくれる……!」
と再び言い聞かせるみたいに言った。
「シシィと当たるまでは負けられなかったけど、次からは僕、全部負けるんだ……!」
「誰に唆された?」
「ケイシイさんが教えてくれたんだ! 魔族の人は〝アホな子ほどカワイイ〟んだって! だから僕、怒られないかちょっと怖いけど、思い切りアホな負け方してみるよ!」
フューリは胸の前で拳を握り、鼻息荒く決意表明をした。私は頭の中で六千通りの方法でケイシイをボコボコにした。ここ二ヶ月の想定外自体は、全部あいつのせいだったに違いない。ふつふつと腹の底から怒りが湧いた。
「シ、シシィ、なんか機嫌悪い? 僕、さっきなにか失敗したかな?」
「え? あ、いや、無茶苦茶ゴキゲンだけど? さっきのはホント、マジでバッチリだったしな!」
「そ、そう? なんか怒ってるときの匂いがする気が……」
「嗅ぐなよ。怒るぞ」
ふんふんと鼻を頭に寄せてくるフューリの顔面を、おどけた調子で押し返す。ホントはキレ散らかしたいトコだけど、今ここでフューリにキレたってしょうがない。
オルナダと一、二週間離れただけで死にかけるこいつが、わざと負けるなんてバカげた挑戦をしようとしてるってことは、ケイシイのクソ野郎にかなり強力な証拠を見せつけられたに違いない。フューリはヘタレでビビリだけど、意外と頑固なヤツだ。もうやると決めてるなら、ここでどんだけ脅しても止めるわけがない。このあと本当に全戦全敗するなら、さすがにオルナダが怒るだろうから、目はそこで覚ましてもらえばいいし、もし万一クビになりそうなら横からフォローを入れてやろう。犯人もわかっていることだし。
そう結論付けた私は、一旦フューリと一緒に、選手用の控えテントに戻って、次の試合のイメトレでもしていることにした。
日が沈んでしばらく経った頃に、ようやくすべての試合が終わった。選手全員がリング中央に集められ、戦績を元に順位が発表された。一位はルゥ。ガーティレイとヴィオレッタは同率二位、私は前半の連敗が響いて八位、そしてフューリは宣言通りあれ以降全戦全敗し、ぶっちぎりの最下位となった。
『殿下の最下位を除けば、概ね予想通りの結果となりましたね!』
『ルゥ選手はルールを上手く使っての優勝と言えるでしょう。あの大量かつ極小の魔力弾を、リング内ですべて避けるのは、実質不可能でしたからね』
『非常に高い魔力操作技術を感じる戦い方でしたね! 魔法戦闘力は群を抜いていた印象です! 一方、物理戦闘では同率二位の、ガーティレイ対ヴィオレッタ戦は圧巻でしたね!』
『あれは凄まじかったですね。本気で殺し合っているかのような大迫力でした。時間切れで引き分けとなりましたが、間違いなく本リーグで最も盛り上がった一戦でしょう』
『まったくですね! まだまだ語りたいポイントはたくさんありますが、続きは酒場でするとしましょう! 以上を持ちまして、新人青服上位対抗モックバトルリーグの全日程を終了いたします! 今一度選手たちに大きな拍手を!』
実況が告げると、そう多くない観客たちが懸命に拍手を送ってくれて、私たちは退場する。拍手に混じって上位者の名前を叫ぶ声が聞こえ、ルゥ、ガーティレイ、ヴィオレッタは、客席に手を振っていた。
闘技場を出たところでフューリは「僕はオルナダ様に会いに行くから!」と声をかける間もなく土埃を巻き上げて走り去った。方角からすると南地区に向かったようだ。フューリがオルナダに大会の結果を報告する場に立ち会いたいから、急いで追いかけなきゃならない。
「シシィしゃーん! みんなでご飯行きましょうでしゅー!」
馬を借りられないかとキョロキョロしていると、会場から出てきたルゥがぴょこぴょこと駆け寄ってきた。
「優勝おめでと! 行きたいトコなんだけど、今ちょっとフューリを追わなきゃいけなくてさ。ごめん
けど、また今度な!」
「フューしゃん、もう行っちゃったでしゅか?」
「ふふん。あれだけ負けまくって無様を晒しては、あのクソ犬も仲間に合わせる顔がないというものだろう」
「その下品な口を閉じろオーガ。殿下はきっとどこかお加減が悪かったに違いない。でなければ殿下が優勝されていたはずだ」
私が答える前に、ルゥのあとについてきたガーティレイとヴィオレッタが口を挟んだ。
「ハッ! 私がいるのにヤツが優勝などできるものか。絶好調だったとしても、さっきと同じに、けちょんけちょんにしてやったわ。寝言は寝てから言うんだな」
「寝ぼけているのは貴様だろう! 貴様ごときが殿下に敵うものか!」
「なんだとチビエルフ!」
「やるのか? オーガ!」
「二人共、またケンカになってるでしゅよ」
ルゥが穏やかに指摘すると、二人はむすりとしたまま黙り、それ以上睨み合うのを止めた。それは良かったのだけど、喋り足りないらしいヴィオレッタが矛先をこちらに向けた。
「それよりシシィ。貴様の戦いぶりはなんだ。いつもの装備でないとはいえ酷いものだったぞ」
「む。確かにいつも以上にヘボかったな。腹でも壊したか?」
「なんで二人はこういうときだけ息合うんだよ。ちょっとひと稼ぎしただけだって。じゃ、急いでるから」
「「ちょっと待て」」
さっと片手を上げて立ち去ろうとしたところを、むんずと捕まえられて〝ひと稼ぎ〟について問いただされた。まずったなと思いつつ説明すると三人は、
「そ、そんな方法があるなら教えてほしかったでしゅ!」
「金のために負けただと? 貴様それでも私のパーティのメンバーか! いくら儲けた!?」
「神聖なる試合の場で博打とは……。見損なったぞ! ま、まさか殿下の不調もそれが関係しているのか……?」
と概ね予想通りの反応をした。相手をしていては時間を食う。
「ルゥは普通に優勝賞金もらったほうが儲かったし、金額なんか言うわけないし、フューリのボロ負けは賭けとか関係ないただの手抜き」
相当な早口で言って「それじゃ」と踵を返した。急がないとフューリが飼い犬をクビになって、文字通りに死ぬほど落ち込んでしまうかもしれない。ぐっと地面を踏み込んで走り出そうとしたそのとき、ふと、フューリがオルナダとのほほんと飯を食っている光景が頭に浮かんだ。
そうだ、びりっけつの報告をしても、オルナダが怒らない可能性もあるんだった。
二秒ほど考えて、返した踵をぐるんと元の位置に戻し、三人に向きなおった。
「まー、だから、ほら。私はみんなとの対戦とか、賭けてない試合ではちゃんと戦ってたけど、あいつはあの通りだったからさ。さすがにみんなに失礼だろって、今から追いかけて怒ろうかと思ってるんだけど、みんなも来る? てか、私一人じゃ効果薄いかもだから、一緒に来てほしいんだけど、どう?」
「手抜きだと? あの犬はいつもあんなものだろう」
「ガーさんが斧使うのと同じで、フューリはいつだって全力なんか出さねんだよ。でもガーさんは格下に舐められんの嫌いじゃん?」
「あ……、あの駄犬がぁ……ッ」
ちょろっと補足してやると、ガーティレイは一発で額に青筋を浮かべる。マジでちょろい。
「シシィよ。殿下が本気をお出しにならないのは、我々がその域に達していないからであって……」
「確かにそれもあるけど、今回はどうも誰かに唆されたらしくて、ああいう舞台で大負けしても、オル様が怒らないかどうか試そうとしてたっぽいんだよ。さすがにマズイっしょ?」
「なっ……。そ、それは誠か? うぅむ、そういうことなら、殿下には目を覚ましていただく必要があるな……」
ヴィオレッタが険しい顔で「同行しよう」と頷く。さすがはちょろい二号だ。
「フューしゃんが怒られすぎないか心配だから、ルゥも行くでしゅ」
ルゥは補足の必要なしな上、フューリ並の良い子。実に良いパーティだ。
「じゃ、行くか。フューリはオル様と一緒にいるだろうから、ことが丸く収まったら、飯でも奢ってもらおうぜ!」
威勢よく声を上げて、私は貸し馬のテントへ走る。はずだったのだが、ガーティレイにガシッと首根っこを掴まれてしまった。
「私はハラワタが煮えくり返っているのだぞ? 馬なんぞでチンタラ行けるか。翼竜を使うぞ」
ガーティレイは私を捕まえたまま、貸し翼竜のテントにいた緑服に「この顔を見ろ。二匹だ。いいな?」と迫る。緑服は初めは「妙なヤツが来たな」という顔をしていたけど、ガーティレイを見ると途端に慌てて、すぐさま尖った頭をした首長の翼竜を二体連れてきてくれた。
さすがはお偉いさんの孫。ナイスぼんぼんムーブ。
上手いこと足を調達した私たちは、すぐさまステボでフューリの位置を割り出し、南地区へ飛んだ。飛行魔法のときは青い顔をしていたガーティレイとヴィオレッタだけど、翼竜に乗るのは平気らしく、私とルゥを後ろに座らせ慣れた様子で手綱を握った。
眼下に広がる夜のイラヴァールは、そこかしこで光石の街灯が輝き、まるで夜空だった。街灯の数が多い南地区はその中でもひときわ明るく、さしずめ星雲といったとこだろう。急ぎの用がなければ、このまま夜風に当たりながら酒でも飲みたいところだけど、生憎そんな暇はない。私たちはステボの示した位置まで飛び、オレンジ色に煌めく街の中に青くてデカい頭を探す。
「いたぞ! あのクソ駄犬め、目にもの見せてくれるわ!」
「げ。ガーさんちょっと待……」
止めるまもなく、ガーティレイはバッと空中に躍り出て、テラス席の並ぶ広場へと落下した。そして私は翼竜の手綱の取り方を知らない。
「おっわあああ!? やってくれやがったな、あのクソオーガ!! 振り落とされたら狙撃してやるぁぁぁあああああ!!」
「落ち着け、シシィ! 首の付根を叩けば着地する!」
慌てて手綱を引いてしまい急上昇する私にヴィオレッタが叫んだ。パニクりつつも指示に従い、なんとか無事に着地する。私たちが背中から降りると、翼竜たちは元のテントの方角へと飛び去っていった。フューリとオルナダの座るテラス席を見ると、先に着地していたガーティレイがぎゃんぎゃんと喚き散らしていた。
「だいたいこいつはリーグでダントツのビリだったのだぞ! 褒美をやるなど言語道断だ! その飯は実質一位の私が食うべきだろう!」
「どうしてお前はいつもフューリにやったものを欲しがるんだ。自分で同じのを注文して食えばいいだろう。それにフューリは今日、ぽんぽんが痛かったんだ。いい加減、パーティメンバーの身体を労れるくらいの度量を身に着けたらどうだ? なぁフューリ」
「は、はい……。ちくちくします……」
「私の度量はパラスケキュアの背より広い!」
わざと負けたことを非難するはずが、どんどん論点がずれていっている。フューリには悪いが、加勢に入ったほうが良さそうだ。
「お食事中失礼いたします、陛下、殿下。ご無礼とは存じますが、少々お時間を……」
「オル様はフューリがビリだったの怒ってないんすか?」
ヴィオレッタの長ったらしい口上を遮り、私は単刀直入に尋ねた。本来なら挨拶くらいすべきところではあるけど、ガーティレイが無礼を働いたあとだ、すっ飛ばしても平気だろう。
オルナダは「お前たちは揃いも揃って、そんなことを言いに来たのか」と呆れた顔をした。
「期待してたのはわかるが、フューリはぽんぽんが痛かったそうだぞ。そう責めてやるな」
「なんと、ぽんぽんが……。殿下、お察しできなかった我をお許しください」
「なにがぽんぽんだ! そんなものが言い訳になるか! というか期待とはなんだ、期待とは!」
「フューしゃん、ぽんぽん大丈夫でしゅか?」
「……いや、それ嘘っすからね。オル様もみんなも騙され易すぎ」
あまりにフューリが不調だった前提で話が進むものだから、ついハッキリ〝嘘〟と言ってしまった。フューリが「なんで言っちゃうの!」という顔でこっちを見たけど、言ってしまったものは仕方がない。「フォローはしてやるから許せ」とサインを送り、成り行きを見守る。
「嘘なのか、フューリ」
「う……。は、はい……」
「お前、嘘とか苦手だろう? 大丈夫なのか?」
「ダメです……。嘘が本当になってきました……」
オルナダに問い質されると、フューリは青い顔をして肉の乗った皿の横に頭を乗せ、両腕で腹を抑えた。
「理由を話せるか?」
「う……。え、えぇと……、実は、その……。魔導圏には〝アホな子ほどカワイイ〟という言葉があると知りまして……」
「ふむ。それで?」
「そ、それで……。ア、アホな失敗をたくさんして……。も、もっと可愛がっていただけたらいいな……、なんて……」
「ふざけるなよ、貴様!!」
だんだんと声を小さくするフューリの頭を、ガーティレイが片手で掴み上げ、ドガンッと地面に叩きつけた。丈夫なフューリはさほどダメージを受けていない様子で身体を起こすけど、オルナダに仮病がバレたことが堪えているのか、耳を垂らして地面を見つめ、立ち上がろうとはしなかった。
「貴様、殿下になんたることを……!」
「フ、フューしゃん大丈夫でしゅか!?」
「やかましい!! 飼い犬が飼い主を欺くなど言語道断! 首を刎ねられても文句は言えぬ、最低最悪の所業だぞ!!」
「なぜお前が怒るんだ、ガーティレイ……」
ヴィオレッタとルゥはフューリに駆け寄り、オルナダは眉を寄せたけど、ガーティレイは全身から湯気を上らせて「なぜ貴様は怒らんのだ!!」と吠える。
「こいつは所詮はヒューマー混じりだ、至らないのは仕方あるまい! だがそれならばせめて全人全霊を尽くし、身命を賭すのが義務というものだろう! それをぽんぽんが痛いなどと舐めたこと抜かしたばかりか、貴様を欺き、試すような真似をしたのだぞ!? 激怒して然るべきだろう!!」
「そろそろ腹のコト、ぽんぽんって言うの止めない?」
ガーティレイにしてはまともだった演説が、ぽんぽんの一言で台無しになっていたので、思わずツッコんでしまう。しかしそんなギャグみたいな説教でも、フューリには効いたらしい。雷に打たれたような顔をして、バッと跳んでガーティレイの頭を飛び越え、着地同時にオルナダに土下座する。
「ごめんなさい、オルナダ様……。僕は飼い犬の本分を見失っていました……」
「いや、今のは一言一句、間違ってる。土下座はよせ」
オルナダは操作魔法でフューリを立たせようとしたが、意気消沈のフューリは身体をに力が入らないらしい。首根っこを捕まれた猫みたいに宙にぶら下がって「飼い犬以前に人としてダメということですよね」とべそべそ泣いている。
「あのなぁ。飼い犬の仕事は、言うなれば飼い主に可愛がられることだから、本分というなら、むしろ正解だったぞ」
「……そう、なんですか?」
「まぁ、やり方はいただけなかったがな」
「そ、そうですよね……」
オルナダが普段と変わりない調子で話すと、フューリはひとまず泣くのを止めた。これでもうアホの子ムーブをすることはないだろう。
一方、ガーティレイは、お咎めなしで済んだのが面白くないようで「クビにしろ!」とオルナダに食って掛かり、ヴィオレッタがそれを力ずくで止める。ここまでは順調だ。あとはフューリを冒険に引っ張り出しやすいよう、オルナダに進言をすれば良い。
私はステボを開き、念話のコマンドを押して、相手にオルナダを指定する。
『あーっと、オル様、オル様。突然念話で失礼します、シシィマールっす』
『おお、どうした? 目の前にいるのに内緒話か?』
『はい。実はお耳に入れておきたいことがあるんすけど……。この念話での会話って、私がチクったとかバレませんよね? 相手は魔族なんですが……』
『記録は残るが、個人が参照できるものではないから問題ない。話せ』
『了解っす』
記録、残るのかよ。と思いつつ、私は事のあらましを説明した。伏せるべき部分を伏せ、具体的に誰がなにをしたという言い回しは避けたけど、あの二人がフューリにちょっかいを出してる状況は伝わったようで、オルナダは大いに怪訝そうな顔でこっちを向いた。
『で、お前はその手助けをしたと?』
『魔族二人に拉致られちゃ、仕方なくないっすか? こうしてお知らせするのも、私からしたら命がけっすよ?』
『ふむ。それもそうか……。しかし連中がお前を拉致る理由がわからんな。普通にフューリを誘えば良いだけだろう』
『それは街中に張ってある御布令のせいっすね。アレを無視するのはマズイと思ったっぽいっす』
『おお。そういえばそんなの出したな。だが、だとするとますますわからん。俺の飼い犬ってことで興味を持つところまでは妥当だが、誘えもしない相手になぜ拘る?』
『見た目がクッソ好みらしいっす』
『なに!? 言っちゃなんだが、フューリは容姿端麗とはちょっと方向性が違うタイプだろう?』
『私もそう思うんすけど、二人は〝程よく獣人っぽい魔族的に至高の見た目〟的なこと言ってましたね』
『あぁ……。なるほど、そうか。そうか? そう……。うーん……、まぁそうか……』
オルナダはイマイチ腑に落ちない様子で眉を寄せた。
『てな感じで、最近はフューリが長時間拘束されてて、あんま冒険行けてないんすよね。このままじゃフューリの戦闘力が錆びつきそうなんで、もうちょい連れ出せるようにできないかなって思ってるんですが、なにか任務とかないっすかね?』
『ふむ。それならフューリが二人に魔法と武術を習うからって凍結になったのが……』
『それって、フューリ単独のヤツっすよね? ほかのメンツも行けるようなのないっすか? ロスノー洞の完全攻略とか。私らまだ二十層までしか行ってないですし』
『うーむ……。フューリの性能を考えると、ロスノーは大して訓練にならんのだよなぁ。せめてもう少し深ければ……、ってこれは俺が掘れば良いだけか。よし、検討しよう』
『あざっす!!』
問題解決! 私はぐっと拳を握りしめた。
フューリの寂しんぼデバフの件と、魔法と武術の訓練を真面目にしてない件は伏せたから、たぶん大きく現状が変わることはない。誰に責められることもなく、フューリと冒険に行ける頻度だけを上げることができたはずだ。
しかもロスノー洞の階層が増えるというおまけ付き。命がけで告げ口をした甲斐があったってものだ。
『ちなみにですが、フューリのヤツ、ティク様のトコで使用人技能を熱心に学んでるんすけど、最近マッサージの技術が、一定レベルに達したらしいっすよ。ティク様たちが今夜試しにやらせてみるって言ってました』
『ほう。ならちょっと、からかいに行ってやるか』
オルナダは悪い顔で微笑んだ。使用人技能の習得時間が減るお詫びに、フューリが本命に技を披露するきっかけになればと思ったんだけど、オルナダは別のポイントに関心を持ったらしい。たぶんティクトレアたちに嫌がらせでもするつもりだろう。余計なことを言ったかもしれない。
『あーっと……、私が教えたってことはご内密に』
『おう。任せろ』
一応、口止めをして念話を終えた。
オルナダはよほど良い嫌がらせを思いついたのか、ニタニタとして私たち全員に食事を奢ってくれた。
洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。
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