2023
3
Sep

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」33


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。

第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。

単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十五話です。


【フューリ 二十一】

僕が残ると言うと、みんな揃って反対した。
特にシシィはすごい剣幕だった。気を失っている間、随分心配させてしまったみたいだ。確かに自分でも危なかったと思うし、さらに危険度を増したあの大蛇に向かっていくなんて、自殺行為もいいとこだろう。
それでも僕は行かないといけない。
オルナダ様を探したいし、万一怪我を負っていたりしたら、ティクトレアの助けがいるから、なんとか腹から救出する必要がある。それにキャサリーヌが囮役をできていないなら、誰かが代わりをしないといけない。
今、大蛇は膨らんだり萎んだりを繰り返し、魔力に身体を内側から突き破られる苦痛にのたうっていて、僕らに構っている余裕はないようだけど、いつまた状態が安定して襲いかかってくるかわからない。それに膨らんでは萎むといっても、始めに見たときよりもだいぶ大きくなっていることは間違いない。
なにかのきっかけで、基地やイラヴァールの方向へ進みだしたら。あの魔力砲の威力がさらに上がって、こちらの防御力を完全に上回ってしまったら。あるいは、僕が喰らったあの毒を噴射されたりしたら。考えただけでゾッとするような事態がいくらでも思いつく。
『止めたくなるのも無理はないが、フューリが行かなければ、お前らは基地まで辿り着けないばかりか、着いても基地ごとピンチになるぞ。さっきの魔力砲の威力を見ただろう』
どうやってみんなを説得したものかと悩んでいると、ミニナダ様が間に入ってくれた。
みんな「でも」とか、「しかし」とか反論したけど、僕が残ることが最善である理由を説明されると、しぶしぶながら納得してくれた。シシィだけは強く反対し続けたけど、大蛇の腹が紫色に発光しながらボコンと膨らんで、それが頭のほうへと移動して吐き出されるのを見ると口を噤んだ。
真昼の太陽くらい強く輝く巨大な光の柱が雲を貫き、吹き飛ばし、大蛇の上空だけ夕焼け空になった、その光景が言葉をなくすほど綺麗で恐ろしかったからだろう。僕もあれが空じゃなく、こっちに向けられていたらと思うと少し不安になって、大蛇の肉片をポケットと口に詰め込めるだけ詰め込んだ。
「い、いや、ダメだ……! あんなの喰らったら今度こそ死んじまう! やっぱりフューリも一緒に……」
『少し冷静になれ、シシィマール。フューリの生存率は、お前たちのお守りをすればするほど下がる。庇わなくてはならなくなるからな。ここで分かれるのが一番有益だ。わかるな?』
「ぐ……、そりゃ……、でも……」
ミニナダ様に諭されると、シシィはぎゅっと拳を握りしめて俯いてしまった。
僕は口をパクパクさせては目を泳がせる。なにか、シシィを心配させないような、気の利いたことを言いたいけど、ちっとも良いセリフが思い浮かばない。
悩んでいるうちにシシィがぐるりとこっちを向いた。
「ちゃんと帰ってくるんだな!?」
シシィはつかつかと目の前にやってきて、キッと僕を睨むように見上げた。びしょ濡れの顔を伝っているのは、雨だけじゃなさそうだ。
僕はシシィの肩に手を置いて、「約束する」と深く頷いた。
「ふん。ようやく茶番が終わったか。ならさっさと失せろ。あの蛇は私が仕留めてきてやる」
シシィが袖で顔を拭うと、なぜかガーティレイが死んだ魔物からもぎ取った角を担ぎ上げて、鼻を鳴らした。
『お前も撤退組だぞ、ガーティレイ』
「貴様じゃ、潰されるのがオチじゃろがいっっっ!」
「空歩も使えんくせに、なにが仕留めるだ、バカオーガめが!」
「ガ、ガーしゃんは一緒に来てほしいでしゅ!」
「ボクは囮は多いほうがいいと思いますけどね」
「私が行かずにどうトドメを刺すというのだ!」
一斉に反対され、ガーティレイは地団駄を踏む。
今の状態の大蛇を見てなお、勝てると思っているらしい。
獲物の危険度の見極め方を教わらないんだろうか、いや、さすがに危ないのは見ればわかるから、教わっていないのは、安全確保のほうかもしれない。なんにしても恐ろしく危なっかしい人だ。連れて行けば共倒れは必至だろう。
なんとかみんなと一緒に基地に行ってもらわないと。
「ガーさん。フューリは囮になりに行くだけで、倒しに行ったりしませんよ。だろ?」
「あ、うん……」
「ほら。行くだけ損ですよ。仕留めるなら、基地で討伐隊に加わったほうが良いですって」
「ぬぅ……。ちっ、面倒だがやむをえまい……」
「はーい。じゃあみんな隊列組んで、早いとこ出発しますよ。ブゥプさん、引き続き指揮よろしくっす」
シシィがあっさりとガーティレイを説得して、基地方向へと歩きだし、みんなもそれに続く。シシィはもう僕を振り返らなかった。その背中を見送って大蛇を見上げると、殿にいたガーティレイが「おい」と僕に声をかけて、「死ぬなよ」と意外な言葉を口にした。
「子分に死なれては、私のメンツに関わる。しても大怪我までにしておけ、いいな」
子分という単語に首を捻っている間に、ガーティレイはぷいっとそっぽを向いて、みんなを追いかけて行ってしまった。
シシィみたいに心配してくれたんだろうか。
そう思うとちょっぴり気味が悪かった。

【フューリ 二十二】

みんなを見送り、僕は大蛇目掛けて一直線に走った。
額に当たった雨粒が、バチバチと音を立てるのも構わず全速力で進む。
『今度は上手くやれよ。まともに攻撃を喰らうのも、魔力切れもなしだ』
「はい!」
『む。自信があるようだな?』
顔のすぐ横を飛んでいるミニナダ様が、意外そうな声を上げた。
「一応、得意分野ですから」
『ふはは、そうか。なら手並みを見せてもらおう。魔力の残量は教えてやるから、三割切ったら回復しろよ』
「そんなのわかるんですか?」
『当たり前だろ。俺はステータスボードなんだからな。ちなみにさっきの広範囲魔装は、毎秒一割近い消費量だったぞ。魔力砲の威力に対してデカすぎたし強すぎた。半分ちょいくらいで良かったな。もう少し見極めをしっかりして、出力はできるだけ拮抗する量に調整するんだ』
ミニナダ様の分析は、僕が体感した消費量や手応えとピタリと一致していた。
僕は驚きつつも、コクリと頷いて、
「ひょっとして、みんなの現在位置とかも正確にわかったりしますか?」
と尋ねた。
ミニナダ様は『もちろんわかるが?』と首をかしげる。
「じゃあ、蛇が魔力砲を打ちそうなときは、位置を教えていただけますか?」
『構わんが、聞いてどうする?』
「みんなに当たりそうな魔力砲が出たら防ぎます!」
『おいおい……。あれだけ距離があっても、あの威力だったんだぞ? 至近距離で防ぐのは……』
「範囲を絞ればいけます!」
『魔力使い切ってギリギリなんとかってとこだろう。魔力切れはなしだと言ったばかりだぞ』
「肉を食べながら使うので大丈夫です!」
ミニナダ様は僕の案にあまり乗り気ではないのか、『仕方のないやつだ』と頭を掻く。
『当たりそうなときは俺が知らせる。だが真正面から受けることは避けろ。斜めに受けて軌道を反らすんだ。撤退組に当たらないようにするだけなら、それで十分だろう』
「はい! よろしくお願いします!」
僕はダッと地面を蹴って、空中に魔力版を作り出し、高度を上げていく。
五メートルはあるだろう大蛇の胴体を超え、苦悶の叫びを上げる頭部を目指して、空を駆け上がる。大きめに作った魔力板に立って、大蛇の全体像を見渡した。
何度も魔力砲に突き破られて、全身ボロボロのはずなのに、その身体には傷ひとつ付いていない。そればかりか、まるで今脱皮したばかりみたいに、ミスリルみたいな白銀の鱗の一つ一つがピカピカに輝いている。
すごくキレイな生き物だ。上手く狩れたら、あの鱗は四角く切ってタイルにでもしようか。削ってナイフにするのも良いかもしれないな。
なんて皮算用をするけど、大蛇は僕に気付いていない様子で、無茶苦茶にのたうち回り、頭を振り回し続けた。
『さてと、どう誘導するつもりだ? 策があるなら聞いておこう』
「いえ、特には……。たぶん、熱に反応すると思うので、火の玉でもぶつけて気を引いて、あとはひたすら逃げようかなと。あの内側から魔力柱が出るやつで自滅してくれる可能性もありますし……」
『ま、妥当なとこだな』
ポーチから拾っておいた魔物の脂肪を二つ取り出すと、ミニナダ様が頷いてくれた。浮かせて魔法で燃え上がらせ、ひとつを首をもたげる大蛇の鼻先へ向けてぶん投げた。
燃える脂肪はそれなりの速度で飛んでいったけど、大蛇は素早く頭を振ってこれを躱した。「ジウウウウウ……」と唸りを上げて、額に並ぶ真っ赤な目玉で僕を睨む。正確には、僕の前に浮かんだ、燃える脂肪の塊を。
「ギジュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
「来ます!」
『おう。油断するなよ!』
大蛇は僕に狙いをつけ、ぐっと溜めを作ってから、頭突きを繰り出す。さっきはこれにやられたけど、弱っているのか、あのときより若干スピードが遅い。難なく躱すことができた。
僕は大蛇から目を離さないまま、魔力板を蹴り、後ろ向きに空を駆ける。脂肪は燃え尽きてしまったけど、大蛇ははっきりと僕を認識して追って来た。
頭突き。
噛み付き。
殻片飛ばし。
魔力弾。
嵐のように攻撃を繰り出しながら、ゴガガガガガッッッと砂漠の岩を砕いて這い迫ってくる。
スピードが落ちたとはいえ、これほど手数を増やされると、さすがに全部は躱せない。
的を絞らせないよう、僕は空中をジグザグに跳び回る。
だけど大蛇は意外と知能が高いらしい。
連射された魔力弾を躱すと、その影から飛んできていた殻片の雨に襲われた。避けきれず、腰から抜いた山刀で、急所へ届きうる刃を弾く。捌ききれなかった殻片が、皮膚をあちこち切り裂いていく。
そして息を吐く間もなく、大砲のように頭が飛んできて、大きく空いた口から霧状の毒液が噴射された。
マズイ!
咄嗟に魔装を展開し、真上に跳ぶ。
間髪入れず、足元から光の柱が吹き上がる。
「……っ!」
全力で後ろに跳んだけど、躱しきれず、かかとを打ち上げられた。
身体がぎゅんぎゅんと回転し、宙を舞う。足の裏の魔力板を作り、体勢を整え、追撃を避けるため再び跳び回る。
魔装のおかげでダメージはないけど、これほどの猛攻を浴びせられ続けるとなると、一瞬たりとも油断はできない。
『残り七割だ。もっと距離を取ったほうが良いぞ』
「はい。でもこれ以上離れると、魔力柱を止められないので、このままいきます」
『なら攻撃も加えていったほうが良いな。落雷も警戒しておけ。なるべく蛇の頭より低い位置をキープしろ』
「はい!」
僕はスピードを増し、バババッと魔力板の間を跳ねる。小さな火の玉をいくつか生み出し、大蛇の目の前に放ってやる。大蛇が気を取られたスキを突いて、ギュンと急降下して、魔装の出力を高める。全身を包む青白い光が強さを増す。
「そぉい!!」
魔力板を思い切り蹴って、身体ごと拳を突き立てた。ボゴンッと鈍い音を立て、大蛇の腹がへこむ。
「ジャッッッ!!」と短い悲鳴が、頭の上で響いたけど、大蛇はすぐさま僕に向け、大量の魔力弾を放った。ひたすらに躱し、背後へ回る。
『三割! 回復!』
後頭部目掛けて突進しながら、反射的にポケットの肉を口に放り込んだ。
山刀を腰に収め、魔装の指先部分を爪状に変形させる。振り下ろし、ズバッと鱗を切り裂く。切り口にじわりと血が滲んだ。つけた傷は腕の長さほど深さだったけど、これじゃ致命傷にはなりえない。
『LV30の魔装でも歯が立たんか……』
大蛇はぶんっと頭突きを喰らわすように頭を振った。僕は払われた虫みたいに、飛ばされてしまう。
「この感じだと、オルナダ様に憑依されたときみたいな魔装でないとダメそうです……」
『やれるか?』
「いえ。とても無理です」
オルナダ様がやってみせてくれた魔装は、僕が使っている魔装とはレベルが違う。オルナダ様は全身を脱力し、魔装の操作だけで身体を動かしていたけど、僕にはそこまでの操作はできない。片脚や片腕が精一杯だ。全身を上手く連動できないから、パンチもキックも威力が憑依のときの半分以下にまで落ちてる。
パワーを上げるには、強化で身体をついていかせるか、魔装の出力を上げるかのどちらか。だけどこれ以上出力をあげれば、魔力の維持が難しい。ヒーゼリオフとのときみたいに、一瞬で離散して、魔力切れになってしまう。この状況でそれは自殺行為だ。
『来るぞ! 跳べ!』
大蛇を見下ろし悩んでいると、ミニナダ様が叫んだ。
従い、跳ぶと目が眩むほどの光が駆け抜ける。
落雷だ。
稲光が微かに右足の魔装に触れ、下半身を包んでいた青い光が丸ごと、弾け飛ぶようにして飛散する。直撃を受けた大蛇は、僕がゾッとするより早く、真っ黒焦げになる。
『畳みかけろ! ついでに回復!』
なんて威力だと唖然としたところへ、ミニナダ様の指示が飛ぶ。
肉を口に入れ、維持できる限界まで魔装の出力を上げ、何重にも重ねた魔力板を両脚で蹴る。そのまま頭突きを喰らわせようと、ぐっと身構えると、大蛇の身体が紫色に発光しだした。
咄嗟に身を翻し、軌道を変えたが遅かった。
身体の半分以上が、紫色の魔力光に飲み込まれた。
二、三個肉を飲み込み、魔装を盾状にしてなんとかダメージを最小限に留めたけど、背中で制服がブスブスと焼け焦げて、ズクズクと脈打つような痛みに襲われた。魔力も空になってしまったので、さらに肉を頬張って、魔力板を蹴り距離を取ると、背後でドガガガガガッッッと爆裂音が響き、五キロほど先の地面に大穴が空いた。
さすがに基地までは届かないだろうけど、魔装が切れたところにもらったら即死だ。
「ミニナダ様、みんなは今どの辺りですか!? 射程外に出てるなら、誘導に集中したいです!」
『今の威力なら射程外だが、今後増す可能性が高い! 見ろ、またデカくなってくぞ!』
城壁のように聳える大蛇の胴体がずむずむと蠢く。黒焦げた皮がバツンと裂けて、内側から白く輝く一回り大きくなった身体が現れる。
一体何度、巨大化するのか。
ギリッと奥歯を噛むと、大蛇がぐろんと無数の赤い目をこちらに向けた。
焦げた皮の下、白い胴体から頭に向かって紫色の光が流れていく。
『デカいの来るぞ! さっきの倍以上だ!』
大きく息を吸い込むように仰け反った大蛇が、僕に向け、ぐぱと大口を開けた。
回避は無理。喰らえば消し炭だ。
「っせい!!」
限界速度で喉元へ飛び込み、思い切り顎を蹴り上げる。
グバッと真上を向いた口から、激しい光が空へと放たれる。光は垂れ込めた雲を丸く消し飛ばす。その直径は、さっき遠くで見たときの倍以上になっていた。
こいつはもっともっと遠くへ連れて行かないとマズイ。
確信すると同時に、大蛇が身体を揺すって、全身から殻片を飛ばす。魔装で全身を防御しつつ、急所に迫る殻片を叩き落とす。
冷や汗が頬を伝った。
このまま至近距離に留まれば、大量の殻片を捌かなきゃいけないし、頭突きや体当たりも警戒する必要がある。だからといって距離を取れば、口からの魔力砲に耐えなければいけない。
でもあれはもう、魔装でも防ぎ切れない。
ポケットやポーチに詰めた肉も、残り少ない。
大蛇にぴたりとくっついたまま、魔力を温存しつつ攻撃を交わし、誘導もするなんて至難の業だ。
どうする? どうする?
頭をフル回転させながら、じっと睨んでいると、今度は大蛇の全身が緩やかに発光し始めた。暴走した魔力が全身を突き破るときとは光り方が違っていた。
「これって……」
『魔装だ。お前のを真似たな。魔装で魔力を消費して、内側から貫かれないようにする気だろう。身体だけじゃなく知能も増強してるらし……』
ミニナダ様が言い終わらないうちに、大蛇は僕目掛けて頭を突き出してくる。
幸い、まだ魔装の使い方まではわかっていないらしく、スピードはこれまでと変わらない。さっと躱してちょっとだけ距離を取った。
主砲のことを考えると距離を取るのは悪手だけれど、あの大蛇がいつ魔装を使いこなし、頭突きのスピードを上げてくるかわからない。
せめて肉の補充ができないかと、魔力板から飛び降りてみたけれど、口から吐き出された大量の魔力弾で消し飛ばされて、欠片も拾うことができなかった。その上、魔装を纏った身体で突進されるものだから、とても地面にはいられない。
「……ッ! ミニナダ様、魔装同士って衝突するとどうなるんですか!? あと、みんなとの距離も教えて下さい!!」
『石ころ同士をぶつけるようなものだ。脆いほうが砕ける。撤退組は救護班と合流して間もなく基地に着く』
「じゃあ、最悪こいつが爆発しても大丈夫ですね!?」
『爆発って、お前、なにする気だ?』
「駆除します!」
『なんだと!?』
空歩で宙を駆け上がりながら、腰から山刀を引き抜くと、ミニナダ様が怪訝そうな声を上げる。
『駆除て、お前……。あれの脅威度は、もはや厄災級を超えて、大厄災級だぞ? 単身でどうこうできるのは魔族くらいのものだ。ステータス的に見ても、お前があの蛇を倒せる確率は、ほぼゼロだぞ?』
「あ、いや、その……。あくまでチャンスがあったらの話ですから……」
『……自信があるのか?』
「まぁ、狩りは得意ですので……。こんな命懸けになりそうなのは、子供の頃以来ですけど……」
『ふ……。くはははははっ! そうか、チャンスがあれば大厄災級もやれるか! さすが、俺の本体が選んだだけのことはある! 良いだろう、俺も最大速度で援護をしてやる。存分に暴れるが良い!』
「は、はい……。頑張ります……」
なぜか楽しそうなミニナダ様を横目に、僕は大蛇と睨み合う。
大蛇はニタニタと笑っているように見えた。
「ジュララアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
咆哮を上げ向かってくる大蛇が、さっきより強く発光する。
僕も魔装を展開し、懐へ飛び込む。
『魔装LV35! 飛燕連刃LV49!』
魔装を纏わせた山刀で軽い連撃を大蛇に浴びせると、ミニナダ様がステータスボードみたいに技名とレベルを叫ぶ。
強度を比べるための様子見の攻撃だったから、最初の何発かは弾かれるかと思ったけど、斬撃はほぼ全て、大蛇の魔装と鱗を切り裂いた。薄皮一枚程度しか切れていないので、ダメージは入っていない。けど、少なくとも大蛇の魔装が、まだ不完全だということは確かだった。
つまり、チャンスだ。
『所詮は猿真似だな。まるで魔装になっちゃいない。放出量が多いからそれっぽく見えてるだけだ。というかこの場合、蛇真似と言うべきか?』
「お好きなほうで良いと思います!」
返事と同時に、大蛇に突進する。
大蛇が魔装もどきを魔装と思い込んでいるうちに、ケリを付ける。
魔力板を強く蹴り、青い光で身体と山刀を包む。厚めに張った山刀周りの魔装を、その形に併せ、大きく薄く伸ばして、鋭い刃を作りだす。
「てえええええいっ!!」
すれ違いざま、青い刃で喉を切り裂いた。
吹き出す血を飲み込み、さらに刃を大きくして、足の裏にアイゼンみたいな魔装を作り、その爪を大蛇の鱗に突き立てた。ざくざくと胴体を踏みつけながら、刃を突き立てたまま、胴体をぐるりと走る。
首と、胴が分離された。
『うええ、マジかお前!』
声を上げるミニナダ様に僕は一瞬びくりとなる。でも、今は戦闘に集中しないとマズイ。
山刀を仕舞い、両手に作った魔装の爪で、切り口から素早く肉を切り取る。すかさず口とポケットに突っ込んで、ダダダッと空歩で大蛇から離れた。
蛇は生命力が強い。首を切り落としても、完全に絶命するまで反撃してくる可能性がある。油断はできない。
ズズンと地響きを上げ、頭が地面に落下する。胴体は担当された場所にまだ頭が残っていると思っているみたいに、うねうねと切り口を振り回す。
僕は口元を拭い、その光景を見下ろして、大蛇が動かなくなるのを待った。
やがて胴体も地響きと共に倒れ、嵐以外の音は聞こえなくなった。
『ふ、ははは! 見事だ、まさか本当に駆除してしまうとはな!』
「えと……。まぁ、その、狩人ですから……」
僕は恐る恐る、ミニナダ様の様子を窺った。
楽しげに僕の周りを飛び回って、ケタケタと笑っている。さっきので怖がらせてしまったかと思ったけど、この様子ならたぶん大丈夫だろう。
ふう、と息を吐いて、もう一度大蛇を見下ろす。
体温はこの雨が下げてくれるとして、血抜きはどうしよう。その前に腹からティクトレアを救出しないと。それからオルナダ様を探しに行って……。
段取りを考えつつ、トントンと魔力板を降りていくと、一瞬、ぼわ、と大蛇がこうしたように見えた。
まさかと思って目を見開くと、光は徐々に強くなり、魔装を形作った。胴体だけでなく頭も同じように輝き、光と光が伸びて一つに繋がった。
『フューリ! 距離を取れ、まだ死んでないぞ!』
指示と同時に後ろへ飛んだ。
魔装を纏った大蛇が、何事もなかったかのように首をもたげる。頭と胴の間に空間が空いているにも関わらず、大蛇は苦悶の声を上げることもない。まるで魔装のほうが本体で、身体は丸呑みにされた餌みたいだった。
「ま、魔装って、あんなことまで、できるんですか……?」
『いや、これはもう魔装の域を超えている……』
呆然とする僕らの目の前で、大蛇はすっと天を向く。
そして、ゆっくりと胴体に頭が降りて、ぴったりとくっついた。
ジュワジュワと傷口が音を立てて塞がっていく。額に並ぶ赤い目に光が戻る。
完全に回復している。直感で感じた。
瞬間、大蛇が無数の光を放つ。
光は僕の魔装を貫いて、全身のあちこちに突き刺さる。
たまらず後退して距離を取った。脚、腕、腹で白い殻片が光る。耳にも大きめの穴が空いたらしく、痛みと一緒に血が吹き出し、頭からダラダラと流れ落ちてくる。
『蛇め……、さっきの肥大化でさらに知恵、いや、魔力感覚を上げたな……。維持の難しい魔装を殻片に纏わせた上、飛ばしてくるとは……』
「ふぅ、はぁ。じ、自滅を期待したのは、間違いでしたね……。ま、まさか、大きくなる度、強くなるなんて……」
気配を消し、死角に回って、必死に呼吸を整える。刺さった殻片を引き抜き、全身の傷へ魔力を回し、血を止め、塞ぐ。
「んぎ……っ」
またしても空になった魔力を回復するため、さっき削ぎ切った肉を飲み込んだ途端、腹から全身にジリリと焼けるような痛みが走った。度重なる回復と魔法使用で、魔力系に負荷をかけ過ぎたんだろう。あと数回も回復すれば、確実に動けなくなる。この状態になったら魔力を巡らす度、その部分に激痛が起こるから、機動力の低下は避けられない。魔力消費の大きい魔装での防御だってもうできない。
満身創痍の八方塞がりだ。
『潮時だな。基地からは十分引き離したし撤退するぞ、フューリ』
「……はい。……いいえ」
『どっちだ?』
〝狩人は戦わない〟
その原則に照らすなら撤退するべきだ。
そもそも挑んだところから、間違いだった。初めから〝狩れる〟レベルの相手じゃなかったんだから。
なのに命がけで戦ったりするなんて、正直、狩人失格だと思う。
でも、別に構わない。
今の僕の主たる職業は狩人じゃない。
「行きます……。僕は、オルナダ様の飼い犬ですから……!」
気配を消したまま、山刀を構え、深く息をして、僕は集中を高める。
『お、おい、やめとけ! もう何人か魔族を招集してある。この嵐が止めば、すぐにでも……』
「止みません。少なくとも二時間はこのままです」
空を覆う暗雲は、すごい速さで流されてはいるけど、地平の果てまで同じ厚さで続いていて、僅かな切れ間もない。最悪、数日このままの可能性もある。
一方、大蛇は短時間の間に何度も脱皮して巨大化し、魔力砲の威力を上げ、魔装まで会得した。今仕留めなければ、基地は疎か、イラヴァールまで壊滅させうるほどの成長をしかねない。というか、確実にするだろう。
現に大蛇は今も、皮の下で身体を蠢かせ、さらなる脱皮を試みている。
『……一応聞くが、勝算はあるのか? 言っておくが、気合いで強くなるのは、おとぎ話の中だけだぞ?』
「そうですね、でも……。〝死ぬ気でなければできないこと〟はあります!」
バッと魔力版を飛び降り、山刀の切先にだけ、魔装を纏わせる。LV20、30、40。徐々に出力を上げ、大蛇の魔装を斬りつけた。
『防御を捨てるか! 殻片一つでも被弾すれば死ぬぞ!』
「当たらなければ平気です!」
ミニナダ様は狼狽えたけど、構わず頭から尻尾の先まで走り抜ける。
仮に万全の態勢だったとして、魔装を纏った殻片は、僕の魔装では防げない。攻撃に集中するほうがいくらかマシだ。
それでも魔装を会得した大蛇は固く、LV40まで上げても抜け殻しか切れず、50でようやくしっぽの先が切れた程度。まるでダメージが入らない。
大蛇は鬱陶しいと言わんばかりに身体を揺する。空歩で死角を取りつつ見下ろすと、切りつけた皮があちこちから剥がれ落ち、またしても一回りも二回りも大きくなった胴体が現れる。
露わなった大蛇の身体は、これまでとは、ちょっと様子が違っていた。
さっきまで大蛇の全身を覆っていたのは、つるりとした白色の鱗だった。それが紫がかった黒色の殻に変わっている。殻は分厚く、順に重なるようになっていて、まるで無骨なガントレットの指の部分みたいだった。
頭には棘とも角とも付かない突起が無数に生え、咆哮を上げる口には牙が増えていた。
『く……。龍になろうというのか、蛇め……』
ミニナダ様が苦々しげに呟く。
確かに見た目が少し竜っぽくなったし、よく見ると小さな足と翼がついている。もう何回か脱皮を繰り返せば、完全な龍に生まれ変わりそうだ。そうなれば自在に空を舞い、どこへでも好きな所へ飛んでいってしまうだろう。
やっぱり魔族を待つ余裕なんか、一秒たりともありはしない。
『無茶でも、お前に賭けるしかないようだな……』
低い声で言うミニナダ様に、僕は無言で頷く。
『だがどうする? さっきの部分魔装みたいな、変な技は効かないようだぞ?』
「問題ありません!」
短く答えた僕は、再び足にアイゼン状の魔装を作り、今度は尻尾から頭に向かって、螺旋状に駆け上がる。
道中見つけた抜け殻の残りカスを、山刀で残らず叩き落とし、額に並ぶ目を踏みつけ、上空へ飛び出す。
「グゲゲゲゲゲエエエエエエエエエエ!!」
大蛇の怒号が下から追い迫る。
もはや蛇というよりトカゲみたいな声だ。
『おい、頭より上に行くな! 落雷喰らうぞ!』
「はい! 落ちるときは教えてください!」
『お、教えろってお前……』
「蛇に集中したいので、さっきの感じでお願いします!」
『ええい、やむを得ん! なら俺も雷に集中するからな!』
「はい!」
大蛇を見下ろしたまま、さらに上空へ登る。
雨風が激しさを増す。
大蛇は首を落とされたり、目を踏まれたりで怒り狂っているのか、落雷を警戒する様子もなくついて来た。大口を開け、身体と同じだけ大きくなった魔力弾を撃ちまくる。
魔装なしでは、かすれば即死。さすがに緊張感で全身がヒリつく。
僕は痛みを厭わず筋力強化をかけ、ジグザグに跳んでそれを躱す。避けきれないやつは、魔装を纏わせた山刀で、強引に叩き斬った。
斬った魔力弾は軌道を変え、背後で別の魔力弾に当たり爆発した。爆風が、雨粒を凶器に変える。
「……ッ!」
モロに喰らった。
身体の後ろ全部に、散弾を浴びたみたいだった。
体勢を崩したところへ、大蛇の頭突きが襲う。
さらに
『落雷!』
右足の向こうが強く光る。
即座に身を縮め、空歩と魔装で跳ぶ。
真正面から雷に突っ込んだ大蛇の魔装は掻き消え、オレンジ色の閃光が爆ぜる。
このときを待っていた。
魔装なしの、硬直状態。この刹那に魔力の元を断つ。
喉の奥に肉を押し込んで、すべての魔力を山刀へ送る。
いや、送ろうとした。
「グゲアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
雷の直撃を受け、もう二秒は動けないはずの大蛇が、ぐるんと僕へ頭を向けていた。
咆哮と共に、霧状の毒液を浴びせられる。
全身魔装で防いだところへ、上下の牙が振り下ろされた。
「ぐ……ッッッ!!」
ガンッ、と両手両足で牙を受け止めた。
なんとか食い千切られることは回避したけど、大蛇は僕を噛み潰そうと、力を込めてくる。
魔装と筋力強化による激痛が全身を襲う。力比べは完全に分が悪い。
『魔装でパワーを上げられる前に、一気に出力を上げて脱出するんだ! 噛み殺されるぞ!』
「んぎぎぎぎぎ……ッ!!」
耐える間に、周囲に紫色の光が現れ始める。大蛇が雷で消し飛んだ魔装を、再び展開しだした。
幸い、体表を覆っただけらしく、口内に影響はない。
「こ、これなら……っ!」
「ゲゲエッ!」
手足の先に作った針状の魔装で、大蛇の歯を貫いた。
痛みのあまり、大蛇はぐばっと口を開く。
『よ、よし! あとは表面の魔装を突破して……』
「ミニナダ様! こっちです!」
『は? お、おい、どこ行く気だ!?』
ミニナダ様が戸惑うのも構わず、ムチのようにしなる舌を掻い潜り、喉奥へと走った。
異常を感じた大蛇は頭を振り回し、ゲッゲッと激しく嘔吐く。
けど、もう遅い。
山刀に集めた魔装を大きく伸ばし、ぐるんと身体を捻った。
特大の刃が、青い軌跡を描いて、眼の前の暗闇を両断する。
熱い肉の筒の中に、雨風が吹き込む。動脈からは、どぷっと音を立て血が吹き出す。
僕は手探りに気管と食道の断面を探しだすと、反対の手に魔装の爪を作り、その端をガッチリと鷲掴んだ。
「てえええいやああああああああああ!!」
山刀を突き立て、内側から大蛇の腹を裂き、そのまま尻尾のほうへ全速力で駆け抜ける。
肛門の手前で止まり、ズバンと尻尾を切断する。
山刀を収め、両手に作った爪を気管と食道、直腸に食い込ませ、全力全開で、引きずり出す。
「とえええええええええいいい!!」
魔装、強化、運動能力。
持てる全てを限界を超えて総動員して、大蛇の内蔵を思い切り遠くへ放り投げた。
ミシッビシッギシッと全身が悲鳴を上げた。
間髪入れずに痛む身体を引きずり、大蛇の胴を駆け上がり、顎を蹴り上げる。支えを持たない頭は首を離れて弧を描き、宙を舞う。
その行方を見守りつつ、胴体に添って落下しながら、登るときにぶつ切りにした切り身を、一つずつ左右に殴り飛ばしてやった。

【フューリ 二十三】

僕が着地するのと同時に、バラバラに飛んでいった切り身が、あちこちでズズンと地響きを立てた。
「はぁ……、ぜい……。うぐぐ……」
限界だった。
時間にすれば数秒の限界突破だったけど、両手を膝につくと、どちらもガクガクと震えていた。
『…………はは。大したヤツだな、まったく。……って、おい、どこに行く?』
返事をする余裕はなかった。
浴びた血を拭い、どうかもう起きないで、と祈るような気持ちで軋む身体を引きずり、放り投げたはらわたを目指し、走った。
さすがにこれ以上は、戦えない。
だからせめて、ティクトレアだけは取り返さなくては。ティクトレアさえ、胃袋から取り出すことができれば、きっとオルナダ様を助けられる。
豪雨のカーテンの向こう、大蛇の臓腑は薄ぼんやりと紫色に光っていた。
『くっ、蛇め……。ここまでバラされてまだ……』
ミニナダ様が苦々しげに呟く。僕も同じ思いだ。
身体にこびりついた血を舐め取って、両手を魔装で覆い爪を作る。胸には燃えるような、手首から指先までは擦り下ろされているような痛みが走る。
「っぎ、ぎぎぎ……」
唇を噛み締めて、魔装なのか、ただの魔力光なのかわからない光ごと、胃袋を切り裂いた。
無我夢中で放り投げてしまったから、中のティクトレアがどうなっているかと思ったけど、幸いにも、球形にした魔力盾の中で、ブルブル震えているだけだった。はぁぁぁ、と口から空気が抜けた。
とにかく急いで取り出さなくちゃ。と球体を抱えあげた、そのとき、
『フューリ、離れろッ!』
ダッと強化で飛び退き、ティクトレアを背中に庇う。
視線の先で、はらわたが強く光りだしていた。
「ま、まさか、また……っ」
『止まるな! とにかく距離を取るんだ!』
「……っ!」
走ろうとしたけど、さっきの強化でさらに魔力系を損傷した両脚は、もはや魔力を受け付けない。
「ぐ、ぅ……。くっそぅ……っ」
筋力だけでは逃げられる距離もたかが知れてる。
せめてティクトレアだけでもより遠くへ、と球体を突き飛ばし、転がるそれを追いかけ賢明に走った。
魔力光に照らされ、足元に伸びた影が、チラチラと浮かんでは消え、やがて、現れなくなった。
『………………き、杞憂だったようだな』
「ぶはぁぁぁぁぁ……。よ、よかった……、今度こそダメかと思いました……」
膝から崩れ落ちそうになるのを堪え、稲光が瞬く雨雲を仰いだ。ぜいぜいと肩で息をしていると、魔香が徐々に薄れていくのを感じた。
たぶん大蛇は今度こそ本当に死んだんだろう。
「はぁ、はぁ、ふへぇ……。こ、これでやっと、オルナダ様を探しに行けますね……」
『でえぇっ!? お、お前、まだ動く気なのか? タフすぎるだろ……』
「そう、でもな、いです……。はぁ……。た、倒れたら、も、起きれな、そうなくらい、なので……」
『そうか……。本体なら向こうだ。キャサリーヌも一緒だな』
「あ、ありがとうございます!」
ミニナダ様が方向を示すと、僕は僅かに元気が湧いて、ティクトレアのいる球を担いで、のたのたとオルナダ様を目指して走った。
「は、離せ、離せ! んぎゃあああ!」
「ぐんぬぬぬぬぬ……。落ち着きなさいと言っておりますでしょおおお! い、意地でも離しませんわあああ!」
駆けつけた先では、オルナダ様とキャサリーヌが球形魔力盾の中、泥だらけになって揉み合っていた。
あまりの光景にガッと頭に血が上った。あともうちょっとで、ティクトレアの球をキャサリーヌにぶつけるところだ。
「き、教官……。オルナダ様になにを……?」 
「ふんぐぐぐ……。み、見ていないで手伝いなさい……。オルナダは今、混乱状態で……、は、離せば、付近一帯が消滅しかねませんわあああ……!!」
どうやらキャサリーヌは大蛇にやられたわけではなく、偶然、危険なレベルの魔法を使おうとしているオルナダ様を見つけ、これまで必死にオルナダ様を抑えつけ、宥めて、なんとか魔法の行使を止めていたということらしい。つまり、キャサリーヌはあの巨大な害獣より、雷を怖がる可愛らしいオルナダ様のほうが危険だと、不届き千万な判断を下したのだ。
僕は少しムッとして「代わります」と宥め役の交代を申し出た。
「ぬぐぎぎぎ……。お、お主は大立ち回りを演じたばかりでしょう? た、体力は残っているんですの?」
『空っ穴だ。フューリ、魔族の腕力を見くびるなよ。本体のヤツ、なんとか理性で抑えてはいるが、それでもキャサリーヌが全力で相手をして、ようやく抑え込めるぐらいの力で暴れてる。今のお前じゃ無理だ』
「大丈夫です」
僕はオルナダ様の頭の近くに座り、両手で顔を包む。
「オルナダ様、僕がわかりますか? これから全速力で雷から遠いとこ……、ロスノー洞の底までお連れするので、ちょっとの間だけ、魔法撃つの我慢してもらえますか? 走ってる間は、落ちてきても必ず避けますから」
問いかけるとオルナダ様は、シュバッと素早く僕にしがみつく。
よほど怖い思いをしたんだろう。早く移動してあげないと。
僕はキャサリーヌに「ティクトレア閣下をお願いします」と告げ、ロスノー洞を目指し、魔装で覆った脚を動かした。後ろでキャサリーヌが「今度お守りが要るときは、お主に任せますわ」と、力なく呟くのが聞こえた。


洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。

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