「どうやらセーフのようじゃのう」
「本当です?」
3LDKマンションの一室。
私はテーブルの上に放り出された、体温計に似た白い棒を覗き込む。
「線が出とらんからの」
特になんの感情もこもっていない声で答えたその人は、私の隣でソファの背にゆったりともたれて、私が淹れたホットココアを美味しそうに飲んでいる。
艷やかな長い黒髪のせいか、小柄でしなやかな体つきのせいか、その様子は何処と無く、毛繕いをする黒猫を思わせた。
見た目より、奔放さのせいかもですね。人の気なんて、気にも留めない人ですし。
ふあっとあくびをする猫を横目に、私は口を尖らせて、テーブルに置かれた白い棒を摘み上げ、軽く振ったり、握って温めてたりしてみた。しかし、いくらこねくり回してみても、一向に変化が現われる様子はない。
「いじっても結果は変わらんぞ?妊娠はしとらん」
「…………沖田さん、相当頑張ったんですけどねぇ……」
ため息混じりにテーブルに妊娠検査薬を戻すと、噴き出す様な笑いと共に、隣から腕が伸びてきた。それは私の頭を抱えるように引き寄せて、小さな手で髪をくしゃくしゃと撫でてくる。
「このわしがそう簡単に孕まされるわけなかろ?バンドのツアーも控えとるし、妊娠なんぞ意地でも阻止してくれるわ」
「阻止ってなんですか、ノッブが子供ができたら考えるって言うから、沖田さん頑張ってるってわかってますよね?」
私の頭を好き勝手に撫でている手をほどき、むくれ面でノッブの太ももを枕に横たわると、おでこにまだ温かいマグカップを乗せられた。
「わし、そんなこと言うたかの?」
「とぼけないでくださいよ、一昨日、ベッドで、息も絶え絶えのときに言ったじゃないですか」
「そんなときじゃから適当に答えたんじゃろ、大体わしにプロポーズするのにサプライズの一つも用意せんとはどういう了見じゃ」
「……しっかり覚えてるじゃないですか」
私はおでこに乗ったマグカップをそっと奪い、テーブルへ置いた。
膝枕されたまま、私は頭の上にあったノッブの左手を捕まえて、指先から付け根へと、薬指を撫ぜる。指先に当った硬い感触をなぞり、白い手ごと顔の前まで引っ張ってきて、その細い指にはめられたそれを眺めた。
「白々しくとぼけるくせに、指輪だけはしっかり受け取るんですから、ホントちゃっかりしてますよねー」
「……嫌味を言いたいなら、そのニヤケ面をどうにかした方が良いぞー」
言われて口元が緩んでいたことに気がついた。
でもそれも仕方ないことというもの。
正直、贈ったところでノッブがつけてくれるとは思っていなかったのに、ちゃあんと左手の薬指にしてくれているから、あれ?沖田さん、思ったより愛されてますね、なんて自惚れが溢れてきてしまうのです。それに、ノッブにはちょっと可愛らし過ぎるかと思ったピンクゴールドの指輪が、実際には見惚れるほど指に馴染んでいるんですから、嬉しくなってしまっても無理はないでしょう。
でもそんなことを言ったら負けな気がするので、
「自分のセンスの良さに感心してたんですよ。沖田さんナイスチョイス〜」
とふざけた返事を返しておいた。
するとノッブは、すました顔をして指を広げ、指輪を眺めた。
私は勝ち誇った顔を作ってその様子を下から眺めていましたが、ノッブがずっと無言で指輪を見つめているので、ひょっとして気に入ってないのではないかと不安になってきた。これはセンスない寄りじゃろーとか、わしの好みではないのうーとか、若干傷つく軽口を叩かれるのではないかと身構えながら、私はノッブが口を開くのを待った。
ややあって、ふっと口元を綻ばせたノッブが、私に視線を落とす。
「これ、お前の髪の色に似とるよな」
先程まで飲んでいたココアのような声でそう言うと、目を細めて私の前髪を一房掬って、手の中で遊ばせ始めた。
自分の顔が見る間に赤くなっていくのがわかる。
それを見られるのが恥ずかしかったので、私は慌てて起き上がり、表情を見られないようにそっぽを向いた。
「え…っと、…そういうつもりはなかったんですが……。と、というか、そんな似てませんよね?」
「そうか?この髪をぎゅぎゅーっと圧縮したら、こんな具合になりそうじゃと思うが?」
ほれ。といった具合に、私の方へ猫のようにした手を伸べてみせた。言われてみれば、確かに、光の加減によっては、そんな風に見えなくもない。
ノッブの言うように、ぎゅっと固めて金属になったら、こんな感じになるのかも。そう思うと、まるでノッブが私の身体の一部を、身につけているような気分になってくる。
「そうですかねぇ?でもそんな風に思ってたら、いっつも私と一緒にいる気がしちゃうんじゃないですか?」
想像するとどうにも照れくさいので、からかうように言ってみる。
内心、そうだったらいいなと思いつつ。
ノッブはくくっと喉の奥で笑いながら、流し目に私の瞳を捉えると、そっと唇に指輪を寄せてみせた。
「そのつもりでこの色にしたんかと思っておったがのう?」
色っぽい。
パンと頭の中で何かが弾けた。
ノッブの身体にどしっと体当たりするような感じでくっついて、口元の手を右手で握って退けさせ、左手を首の後に回して顔を引き寄せる。
触れ合った唇からはココアの香りがした。そっと舌を滑り込ませると、口内はとろけるように甘い。
ノッブは差し入れた舌を甘噛みしながらちゅうちゅう吸って、背中に回した腕をするすると登らせ、私の髪を撫ぜる。私はそれがなんだかくすぐったくて、唇を離してじっとノッブの目を見つめた。
「……今日のノッブは甘いですね、言うことも、お口も」
「お前のせいじゃろ、あれも、これも」
ノッブはテーブルの上の砂糖たっぷりのココアを指してから、手を開き、ひらひらと贈った指輪を見せてきた。
返答に困っている私の首に腕を回して、同意を求めるように小首をかしげ、ぱちぱち瞬きしてみせる。その仕草がたまらなく可愛いことを、この人はわかってやっている。
それはつまり、
「ノッブってば、ホントに沖田さんのこと大好きですよね……」
たぶん、きっと、そういうこと。
ひょっとしたらベッドへのお誘いの意味も含まれているかもしれません。
ノッブはニヤニヤと笑って、向かい合わせになるように私の膝に乗り、そりゃお前じゃろ?と首に腕を絡ませ、キスをくれる。
誘ってますね。確実に。
「ねぇ、やっぱりもう結婚しちゃいましょうよ」
腰に腕を回し、キスに応えながら、私は何度目かになるプロポーズをした。
するとノッブはおあずけでもするように、すっと唇を離して、ニヤリと笑う。
「そう易々と暴れ馬に手綱をつけられると思うとるんか?ま、子でもできたら考えてや…、ッあ……」
おあずけの仕返しに、つん、と、服の上から一番好きなところを刺激する。
不意を突かれたノッブは身を震わせて、存外に甘い声で鳴いた。
気を良くした私は、そのままノッブをソファへと押し倒す。
「鈴の間違いじゃないですか?黒猫さん」
この後、沖田さんの背中は爪痕だらけになりましたとさ。
めでたしめでたし。
始める前に、ベッドが良いだの、先に風呂に入りたいだの言われてぐだぐだになったりしていたら尚良いなと思いまする。更に、この話の状況が、一昨日のプロポーズのときからやりまくっての休憩中っていう時間だったりしてもぐふぐふだと思う。いや、それはさすがにやりすぎか?
さて、今回のエピソードですが、ビッグバン★セオリーって海外ドラマが元?になっています。このドラマ好きで3周くらいしてるんですが、カップルが二人で妊娠検査薬見て「妊娠してなかった~」ってハイタッチ決めるシーンがあって、沖ノブでも妊娠検査薬ネタをやりたいと思って犯行に及びました。
ピンクゴールドの指輪って沖田さんの髪の色だよなーって前から思ってたのでそれも合わせてぶちこんで作成。
いい感じの百合になってるといいですがどうでしょう?
セリフで終わる話にしたくて、爪のくだりはあとがきに回したんですが、これが上手くいってるのかも気になっています。
あと、こちらの世界では検査薬で妊娠がわかるのは十日~三週間後なので、それに準ずるとすれば妊娠しててもこの時点では陽性反応が出ないことになります。ノッブはそれを知ってて沖田さんの反応を楽しんでいるとしたら大変自分好みで楽しいんですが皆さんはいかがでしょうか?
余談ですが、「猫に鈴」って言葉はイソップ童話のネズミの相談というエピソード由来の慣用句だそうで、実行するのが困難な案とか、危険に挑むみたいな意味があるんだそうですよ。
他の沖ノブ、ノブ沖作品はこちらへ。
沖ノブ、ノブ沖作品1話リンクまとめ
ちょっとでもいいなと思ったら、記事下のソーシャルボタンから拡散していただけるとありがたいです!