ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。
第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。
単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。
【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。
以下二十五話です。
【シシィ 十】
雨粒を消し飛ばしそうなほどの絶叫が響いた。
大蛇の巨体が激しくのたうち、ズズズンと低い唸りを上げて地面が揺れた。
「ひぃぃぃ……。ビークルに乗ってても揺れてるのがわかるなんて、もうヤバいなんてレベルじゃないっすよぉ……」
「やかましいぞ、ひょろエルフ! もっと早く走れんのか! 魔法隊の連中に負けているではないか!」
「ご冗談! いくらオフロード仕様だからって、こんな悪路で、これ以上スピード出したら丸ごとひっくり返っちまいますよぉ! それにボクちゃんもへばっちゃいます!」
後部座席で杭を抱え、空を指して喚くガーティレイに、ケイシイも負けじと喚き返した。
眼前に広がる地面には、大蛇に潰された魔物や岩の残骸が、ゴロゴロと転がっていて、馬車や竜車では走ることすらままならないような状態だ。ガーティレイの言う通り、障害物のない空中を進む魔法隊に比べ遅れを取っているけど、車輪のついた乗り物で移動できるだけ上等ってもんだろう。
このオフロードビークルとかいう竜なし竜車は、かなりヤバい乗り物に違いない。動力が魔力でなけりゃ、一台ほしいくらいだ。
「まぁまぁ、ガーさん。私らのほうが難易度の高い仕事をしてるんすから、多少の遅れはしょうがないっすよ。杭打ち込むときに格の違いを見せてやってください。ケイシイ、二百メートル先に消化液溜まりみたいのがあるから左に避けろよ」
私はオフロードビークルの性能に感心しつつ、テキトーにガーティレイを宥めて、ケイシイに進路を指示した。
顔を上げると、大蛇がぎゅんと首を伸ばして、フューリに飛びかかる様子が目に入る。フューリは杭を抱えたまま、魔力板を利用して縦横無尽に跳び回り、悠々と攻撃を躱している。そのスキにキャサリーヌがほとんど大剣のような段平で、大蛇の頭の付け根あたりに、赤い魔力光を帯びた斬撃を飛ばす。攻撃を受けた大蛇がキャサリーヌのほうを向くと、今度はフューリがなにかを頭にぶつけて再び注意を引く。そう簡単に首は落ちなそうだけど、着実にダメージを与えている印象だった。
『行くぞ、貴様らっっっ!! 殿下と閣下が作った好機を逃すなっっっ!!』
『承知!』
『はいでしゅ!』
二人に気を取られる大蛇の上空までやってきたブゥプたちが杭と一緒に降下する。
三人分の操作魔法で最大限に加速した杭は、ズドンと音を立てて、大蛇を貫き地面に突き刺さる。
「ジュアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
大蛇は咆哮を上げ、頭をブゥプたちのほうへと向ける。すかさず回り込んだキャサリーヌが、大口を開ける大蛇へ向けて、火の玉三つと斬撃を放り込む。ボボンッと口内で爆発が起こった。
衝撃で頭についていた黒焦げの抜け殻が弾け飛び、私たちの進路上にドスンと落ちた。ぐしゃぐしゃにねじ曲がった鉄板のような形状のそれは、城壁かというほどに巨大だった。
ケイシイは慌てて方向転換をしてギリギリ回避する。
車体は斜めに傾き、私は振り落とされないよう必死で骨組みにしがみついた。
『うおあああああ!! あ、あっぶな!! ちょっと、閣下、ぶつかるとこでしたよおおお!!』
『私は振り落とされるとこでした!!』
『その程度で騒ぐんじゃありませんわ! さっさとすべきことをなさい!』
キャサリーヌは私たちの苦情を撥ね付け、作戦遂行を促す。
「ったく手厳しいな。ケイシイ、このまま直進して合図したら止まれ。ガーさんは同じタイミングで蛇に跳んでください。援護します」
「ふん。待ちかねたぞ」
「んじゃ、いってらっしゃい。ケイシイ、ストップ!」
合図と同時にビークルは急停車し、ガーティレイが宙高く跳び上がる。私は操作魔法でそれをサポートし、無事にガーティレイを蛇の上空まで送り届けた。
「うおおおおおりゃああああああああああ!!」
吠えるガーティレイが、蛇の背中に向かい、思い切り杭を投げる。そして半分ほど突き刺さったそれを、落下の重量を加えた拳で根元まで叩き込む。
蛇はまた地面が震えるほどの叫び声を上げ、ガーティレイに頭を向けたけど、さっきと同じ様にキャサリーヌに阻止された。あとはフューリが頭に杭を打ち込めば拘束完了だ。ブゥプたちにガーティレイの回収を依頼して一度撤収しよう。
私は念話で回収を依頼し、続いて後退の指示を出そうと、足元のケイシイに視線を移して、ぎょっとなった。
「み、右! 敵!」
「ぎいいいやああああああああああ!!」
音もなく忍び寄っていた大型スライムを見るやケイシイは悲鳴を上げる。
同時に猛スピードでビークルを後退させ、胸元から引き抜いた魔術銃でスライムを打ち抜いた。銃弾を食らったスライムは内側から爆発したように弾け飛び、破片の一つ一つが燃えてなくなり完全に消滅した。
「ひあ―――――……。死ぬかと思った……。もう! これだから戦場は嫌なんすよぉ!」
ケイシイはビークルを方向転換させながら、ぷりぷりと怒る。
「え……。いや、お前……、意外と強くね……?」
「あれは! ティッキー特性銃弾だからあの威力なのおおお! 弾の切れ目が命の切れ目なんてごめんなんすよ、ボクちゃんわあああああ!」
「あ、そう……」
ケイシイは涙目でキレ散らかす。
私は強力な弾が手軽に入手できるなら、ガンナーも悪くないなと思いつつ、ケイシイの隣の座席に座った。ちょうどブゥプたちが追いついて、後部座席にガーティレイとヴィオレッタが乗り込んできた。二人が座ると、その膝の上にブゥプとルゥが座る。
「お疲れ。みんな杭刺し、鮮やかだったな」
「あとはフューしゃんの分だけでしゅね」
「うむ。殿下ならばきっとやり遂げてくださるはずだ」
「そのっっっ通り!! 殿下が成功次第、我々も首を落としに向かうぞっっっ!!」
「いやいやいや、もう帰りましょうよ! 蛇はもうあの二人だけで大丈夫っすよおおお!!」
「黙れ、ひょろエルフ。さっさと方向を変えろ。あの首は私が落とすんだからな。わずかでも遅れればタコ殴りにしてやるぞ」
「ひいいいいい、そんな殺生なあああ……」
ケイシイが情けない声を出すと、車内はどっと笑いに包まれた。
すっかり和やかムードになっていると、また前方にドスリと、抜け殻の欠片が突き刺さった。爆発音はしなかったけど、キャサリーヌがまたどこか吹き飛ばしたのかと、ビークルから乗り出し、蛇の頭を振り返ると、無数の殻片がこっちに向かって飛んできていた。
『シ、シシィ! そっちに殻片飛んでる!』
「おおおあああああ! 全員、後方四十五度に大型魔力盾展開!!」
咄嗟に指示を出しつつ片手を上げて、自分が作れる最大範囲、最大強度の魔力盾を張った。けれど殻片の一つが当たるとパリンと割れ、まるで役に立たない。はたき落としたほうがマシかと如意槍を構えると、私が作ったより遥かに頑丈そうな魔力盾が三つ、重なるようにして出現した。
ゴガガガガガッと音を立てて、雨のように降り注いだ殻片が魔力盾に衝突する。防ぎきれなかった殻片が地面に突き刺さる。壁のように行く手を塞いだ殻片をケイシイが懸命に回避し、ビークルは右へ左へ激しく揺れた。
『シシィ! みんな! 平気? 大丈夫?』
『冗談じゃない、知らせんの遅すぎっす! 危うく死ぬとこだったんすからね!!』
『フューリ、お主は蛇に集中なさい! みな、自分の身くらい、自分で守れますわ!』
『で、でも……』
『フューリ、教官の言う通り、さっさと打ってくれたほうが助かるって! ケイシイは無視だ!』
『え、ちょ、酷くないいいいい!?』
ケイシイは涙目で不満を訴えるけど、あの蛇を拘束してしまえば抜け殻は飛んでこない。私たちに構わず自分の役割に集中してくれたほうが、被害は少ないはずだ。
ビークルの上に登り後ろを見ると、怒り狂う大蛇の攻撃を躱しながら、フューリとキャサリーヌが杭を打ち込むスキを作ろうと動き回る様子が見える。
大蛇は丸呑みにしようしているのか、噛みつこうとしているのか、長い首を引っ込めては伸ばし、あの大きさからは考えられないような速さで、二人に向け槍のように頭を突き出している。その上、全身を激しく揺すって、身体にこびりついている抜け殻を全方位に飛ばしてくる。
さっきの殻片の雨はこれか。
そう思った次の瞬間には、ブゥプたちが張った魔力盾が音を立て、ビークルが左右に揺れる。
「だあああもう! ここまで離れてもまだ射程圏なのかよおおおおお!!」
「ケイシイっっっ! いつまでこっちに走る気じゃあっっっ! 早う蛇に向かわんかいっっっ!!」
「バ、バカ言わないでくださいよおおお!」
「殿下が杭を打ち次第、我々も首を落としに行かねばならんのじゃいっっっ! 貴様とて殻片を視認できたほうが避けやすかろうがっっっ!!」
悲鳴を上げるケイシイをブゥプが叱咤する。ブゥプが正しいけれど、ケイシイは受け入れがたいらしく、車内ではぎゃあぎゃあと言い合いが始まった。
私は魔力盾の向こう側で繰り広げられる、フューリとキャサリーヌの戦闘を見守る。
二人は未だにタイミングを窺うように、大蛇の周りを飛び回っている。上半身のどこかにいるティクトレアを巻き込まないよう、確実に頭に打ち込もうとしてるんだろう。どこでも良いならとっくに打っているはずだ。
大蛇の上半身は、下半身とは比べ物にならない素早さで動き、噛み付きや抜け殻飛ばしのみならず、魔力砲まで繰り出してくる。二人は巧みに攻撃を躱しているけど、魔力砲を地面に打たせないために、蛇の頭よりかなり高い位置で動くことを強いられ、なかなか杭を打ち込むスキを作れずにいるようだった。
「これ、私ら逃げたほうがいんじゃね?」
思わず呟いて、違和感に気付く。
蛇の身体が少し、大きくなっている気がする。
いやいや、まさか。そう思って目をこすると、大蛇の尻尾の先がぐんと持ち上がった。キャサリーヌが打ち込んだ最初の杭が刺さったまま、うねうねと揺れる。
「ジュジャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
大蛇は尾を振り、フューリたちへ向けて抜け殻を飛ばす。
散弾銃のようなその攻撃に、キャサリーヌはたまらず後退したけど、フューリは逆に頭目掛けて突進した。強く青い魔力光を放ち、大蛇目掛けて杭を打つ。
杭は、大蛇に当たる直前で砕け、バラバラになった。
大口を開けた大蛇が、フューリと交差する。
大蛇の頭の位置から、フューリは力なく落下していった。
【シシィ 十一】
大蛇に向けてビークルが走る。
猛スピードで進んでいるはずなのに、まるで前進している気がしなかった。
「もっとスピード出ないのかよ!!」
「だから無理だって、さっきも言ったじゃないすっかあああああ!!」
焦りから、つい声が大きくなると、ケイシイもキレ気味に怒鳴り返してくる。
ステータスボードの位置情報からすると、合流はまもなくだったけど、フューリとキャサリーヌの座標が完全に重なっているせいで、私は猛烈に不安になっていた。
フューリが負傷したのは、遠目にも明らかだった。落下の仕方からして、完全に意識を失っているように思える。骨が折れたって、腹が裂けたってピンピンしているやつなのに、あんな落ち方をするなんて、一体どれほどのダメージを負ったのか。
ひょっとして、死んじまったんじゃないか。
頭を振って振り払おうとしても、嫌な想像がこびりついて離れない。奥歯がぎりぎりと音を立てた。
「いたぞ! 二時方向!」
ヴィオレッタの声に弾かれるようにして目を凝らすと、雨粒と死体の山の向こうに、フューリを担いでこっちに向かうキャサリーヌが見えた。
「ま、また殻片がくるでしゅ!!」
「フューリ!」
私は咄嗟にケイシイの懐から魔術銃を抜き取り、二人に迫る殻片を残らず撃ち抜いた。
銃弾に当たった殻片は灰となって風に攫われる。ほかの殻片は頭上の魔力盾と地面に突き刺さり、衝撃でビークルが激しく揺れる。
「横っ腹が掻っ捌かれて、毒にやられてますわ! 至急解毒を!」
キャサリーヌはフューリを後部座席に押し込むと、ビークルの荷台に段平を放り、代わりに二本の片手剣を腰に挿す。
ガーティレイとヴィオレッタの膝の上に横たえられたフューリは、左半身が紫色に変色して、意識もなかった。制服の脇腹部分が大きく裂けて血に染まり、その下の腹は大きくえぐれていた。
いびつな傷口には、制服の下に着ていたスライムスーツの切れ端と思われるスライムがねじ込まれ、ロープで胴体に固定されている。
応急処置は済んでいるけれど、全身に血の気がなく、見るからに危険な状態だ。
「フューリ! おい、しっかりしろよ!!」
必死に呼びかけるけど、返事はなく、ぴくりとも動かない。
「か、鑑定に該当がないでしゅ!」
「なっ、未知の毒だと!? そ、それでは殿下は……」
ルゥとヴィオレッタが失意の表情を浮かべた。
毒はその成分に応じて、解毒方法が異なるためだ。なんの毒を喰らったのかがわからないと、対処のしようがない。
「うわ、グロ……。こりゃ早いとこ、基地まで連れてったほうが良いっすね。毒は出血でほとんど排出されてるっぽいっすけど、そのせいで血が足りなくなってる感じっすから」
「て、てめぇ! こんなときまでヘラヘラと……」
私は思わず、フューリを振り返ったケイシイの胸ぐらを掴む。
顔面をぶん殴ってやろうと思ったのに、振り上げた拳はあっけなくヴィオレッタに止められた。
「落ち着け、シシィマール。ケイシイ卿、殿下の容体がおわかりになるのですか?」
「そりゃボクはティッキーの治癒魔法を、しょっちゅう見たり受けたりしてますからね。魔法でどうこうするのは無理っすけど、容体と治療方法くらいはわかるっすよ」
「どうすりゃ助かるんだ!?」
掴んだままの胸ぐらを引き寄せると、ケイシイは「ひぃ」と情けない声を出して、ぎゅっと目を瞑った。
「さ、さっき言ったじゃないっすか。血が足りないんで、基地まで行って、輸血なり造血なりしてやるんすよ。もう回っちまった毒のほうは体力次第っすけど……」
「ならさっさとコイツを走らせろよ!」
「むむむ無理っすよ、基地までなんて! ボクちゃんもう魔力がすっからかんなんすから!」
「魔力なら我のを使えば良い! 早く殿下を基地へ!」
「ルゥのも使ってくだしゃい!」
「本職のもだっっっ!!」
「いや、気持ちはありがたいっすけど、コイツは事前に契約してる人間の魔力か、魔石じゃないとダメな仕様になってるんで……」
ケイシイの説明に、その場の全員が「なんでそんな仕様なんだ!」と声を荒げる。盗難防止なんて言われても、とても納得できない。
このままだと本当にフューリが死んでしまう。
なにか手はないのかと、みんなに案を募るけど、誰も口を開かない。ブゥプの飛行魔法でどうにかならないかと思ったけど、フューリの重さを考えると、基地にたどり着くのは無理だということだった。ミニナダならなにか妙案を提供してくれるんじゃないかと辺りを見回すけど、フューリが意識を失っているせいか姿がない。
途方も無い無力感に襲われる。
フューリだったらこんなとき、オロオロしつつも、さっと的確な対応をして、あっという間に事態を解決するのに。私は指を咥えて見ているしかできない。
「くそ、くそ!」
滲んだ座席を叩くと、ぎしりとビークルが揺れた。
ガーティレイが落ちていた石を拾い上げ、手の中で砕いて空に向かって投げる。ガガガッという衝突音のほうへ目を向けると、さっきよりも大量の殻片が迫ってきていた。
「いつまで喋っている気だ貴様ら。急ぐのなら口より足を動かしたほうが速かろう。行け。あのデカブツは私が始末する」
ガーティレイはニッと口の端を持ち上げると、礫で軌道を変えられなかった殻片を叩き落としに、宙へと跳び上がる。同時にブゥプが魔力盾を張り直し、キャサリーヌも同様に跳び上がって、二本の剣で殻片を叩き落とした。
その光景の向こう側で、あの白い大蛇が額に並んだ無数の赤い目でこちらを睨むのが見えた。そのまま一定の距離を保ちつつ、ズズズと音を立てて身をくねらせ、スライドするように真横に移動していく。まるで攻撃の機会を窺っているようだった。
「どうやらワシらを敵と認識したようですわね。ここからは狙ってきますわよ。お主らはフューリを連れて基地へお急ぎなさい。ワシが囮になりますわ」
「ふん。老いぼれの助けなどいらん。私一人で十分だ」
「お主も基地へ向かうのですわよ、ガーティレイ」
「なんだと、貴様! 獲物を独り占めにする気か!」
「基地はまだ遠い。フューリを徒歩で運ぶとなれば、交代要員が必須ですわ。ブゥプ、指揮は任せますわよ!」
キャサリーヌは基地とは逆の方向へ駆け出し、あっという間に麦粒ほどの大きさになった。私たちから十分に距離を取ると、大蛇に向かって赤い斬撃を飛ばす。大蛇は咆哮を上げ、キャサリーヌに喰らいつこうと頭を突き出し、地面をえぐる。足元からズズンと突き上げるような揺れが伝わった。
「ちっ、老いぼれが抜け駆けを……!」
ガーティレイが憎々しげに唸って、ビークルの荷台から、さっきキャサリーヌが放った大剣を掴み上げる。
「くるあっっっ!! どこに行く気じゃあ、ガーティレイっっっ!! 閣下の指示を聞いたろうがっっっ!!」
「戦闘だ! 私は戦うためにこの場にいるのだからな! 運搬の交代要員なんぞにされてたまるか!」
ブゥプが怒鳴りながら、ガーティレイの進路を塞ぐ。今ガーティレイに暴走されては困るからだ。
フューリはこのパーティでは、ガーティレイの次にデカくて重い。他種族はヒューマーほどスタミナがないことを考慮すると、運搬の交代要員は多いほど良い。それにキャサリーヌが囮になってくれているとはいえ、いつ殻片が降ってくるかも分からない現状では、ルゥとブゥプ以外にも盾役が欲しい。
「貴様、殿下のお命がかかっているこの状況でも、命令を無視する気か! それでもイラヴァールの兵士か!」
「ぬかせ! 私は兵士である前に、オーガの戦士だ!! 敵前逃亡などしてたまるか! 邪魔立てするなら貴様も叩き切るぞ!!」
睨み合うガーティレイとヴィオレッタを前に、私ははらわたが煮えくり返るような思いだった。オーガに匹敵するパワーがあったなら、ボコボコになるまでぶん殴って、無理矢理にでも言うことを聞かせてやりたい。
けれどヒューマーの私にそんなことができるはずもない。
「ガーさん、頼みます。フューリを助けるには、ガーさんの力が必要なんです」
冷静に、冷静に、と自分に言い聞かせて、ぎゃんぎゃんと言い合いを続ける二人の間に割って入り、説得を試みた。
ガーティレイは目をギラつかせ「知ったことか」と息を巻く。自分の倍近いデカさのオーガに凄まれては、さすがに身が竦むけれど、ここで引くわけにはいかない。
「オーガは配下の者を見捨てないと聞きます……。フューリはガーさんと同じイラヴァール兵で、同じパーティの仲間なんですよ……」
「だからどうだと……」
「仲間つったらもう、アンタからしたら子分みたいなもんだろうが!! それを見捨てんのかって聞いてんだよ!!」
胸ぐらの代わりにベルトを掴み、私はガーティレイに食って掛かった。
穏便かつ丁重にお願いするはずが、途中から気が昂ぶって、いつの間にか怒鳴っていた。フーフーと息を荒げ、見上げた先でガーティレイが赤い顔で唇を尖らせる。
頭を引っこ抜かれるか、殴られるか。
私は痛みに備えてギュッと身体を硬くしたけど、ガーティレイは鬱陶しそうに私の手を払っただけで、攻撃はしてこなかった。
のしのしとビークルに近付き、フューリを肩に担ぎ上げると、
「行くぞ」
と短く言って、持っていた大剣をその場に突き立てた。
「よ、よし。シシィ、ケイシイは、本職とルゥを頭に乗せ、先頭を行けいっっっ! ガーティレイは真ん中で運搬に集中っっっ! 殿のヴィオレッタは、本職とルゥの魔力盾で防ぎきれなかった殻片が出たら対処を頼むぞっっっ! 進めい、出発じゃあっっっ!」
私たちは一瞬ぽかんとしたけど、すぐに気を取り直し、隊列を組んで走り出した。
嵐が激しさを増し、向かい風が顔面に容赦なく雨粒を叩きつけてくる。懸命に走っているはずなのに、まるで進んでいる感じがしない。ほとんど歩いてるみたいな速度だ。
この状態じゃ、基地にたどり着くまで何時間もかかる。ブゥプが基地の救護班に、こっちに向かうようにと指示を出していたけど、飛行魔法やビークルが使えたとしても、合流できるまでに一時間はかかるだろう。
いくらフューリが体力お化けだといっても、あんな大蛇の毒を食らって、大量に出血していて、そんなに持つだろうか。
「シシィマールっっっ! 貴様、出過ぎじゃあっっっ! 隊列を乱すなっっっ!」
べっとりと背中に張り付くような不安を振り切りたくて、がむしゃらに手足を動かすと、頭の上のブゥプに髪の毛を引っ張られた。隣を走っていたはずのケイシイがいない。
振り向くと、みんなは五メートル後方にいて、その先には白く輝く大蛇が、頭が見えないほど天高く首を伸ばしていた。
それなりに離れたはずなのに、近くで見たより胴回りが太くなっている気がする。
いや、今まさに目の前で、ぐんぐんと膨らんでいる。
「ジュギャガガガガガガガガガガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
雲の上から劈くような絶叫が響いた。
堪らず耳を塞いだ。
一体なにが起きているのか。
音波で勢いを増した雨粒が顔を打つ中、なんとか目を離さないようにと薄目を開けて大蛇を見た。
大蛇は元の大きさより一回り以上、大きく膨らんで、血管のように枝分かれした紫色の魔力光が全身に浮き上がっていた。大蛇の絶叫と共に魔力光は強く、眩く輝き、やがて大蛇の全身を突き破り、外へと放たれた。
「ふ、伏せろおおおおおッッッ!!」
叫んだ直後、大蛇の横腹を突き破った魔力光の柱の一本が、私たちの頭上を突き抜けた。なんとか躱しはしたものの、背中で装備品がチリチリと音を立てた。
直撃していたら今頃、消し炭だったろう。
「こ、これは……。教官がヤツを仕留めたということか……?」
「い、いや……。閣下の技にこの様なものはなかったはず……。それにしばらく前から、赤い魔力光は見られなくなっていた……。ヤツも閣下を追うような動きを見せていない……」
「まさか、教官がやられたと……!?」
歯切れの悪いブゥプの言葉に、ヴィオレッタは青ざめる。
「いや、しかし、あの蛇のダメージは……」
「た、たぶん、ティクトレア閣下の魔力を吸収し過ぎて、制御しきれなくなったんでしゅ……」
「あーあー、魔族なんか食べるから……。このままいけば自壊してくたばりそっすね。ま、自業自得ってヤツでしょ」
「なにぃ!? 自分で死なれては、私の活躍の場がなくなるではないか! そんなの許さんぞ!!」
「おい、喋ってる場合じゃない! 基地に急ぐぞ!」
大蛇を見上げ、足を止めたみんなを急かすため、私は手を叩いて再び走り出した。
仮に大蛇が死んだとしたって、フューリが回復するわけじゃない。一刻も早く、救護班と合流しなきゃならない。状況はなにも変わってない。
第一、あの大蛇がこのまま死んでくれる保証なんかどこにもない。
現に魔力柱に突き破られ、血を吹いていた腹の傷がもう塞がりかけている。降り注ぐ血と肉片で、視界と足元がさらに悪化しただけ。その上、またあんなふうに横腹から魔力柱が上がる危険もある。
フューリのためにも、身の安全のためにも、一ミリでも大蛇から遠ざからなくちゃならない。
私は頭の上から後方を監視しているブゥプとルゥに一層の警戒を念押しして、鉄臭い雨の中、破裂しそうな心臓を抑えつつ、懸命に大地を蹴った。
【シシィ 十二】
魔力柱を避けるため、屈んだり伏せたりするうちに、私たちはすっかり血塗れになっていた。
大蛇は何度か全身から魔力放出をし、血と肉片を撒き散らしては再生し、デカくなったり、逆に縮んだりを繰り返していた。こんな巨体を維持させてるだけでも驚愕なのに、あれほどの規模の魔力放出を繰り返してなお、回復が可能だなんて、どれだけの魔力を秘めているのか。
私はティクトレアの、魔族の魔力の膨大さ、底知れなさに、自分がかき消されてしまうような気分になっていた。
「次の魔力放出が来る前に一度、殿下の担ぎ手を交代するっっっ! ガーティレイ、下ろせ、丁重になっっっ!」
「ちい……っ。め、命令するでないわ……」
ガーティレイは不満げにブゥプを睨みつけるが、ぜぇぜぇと息を切らしながらで、今ひとつ迫力にかけた。
地面に下ろされたフューリは、相変わらず青白い。呼吸も弱いし、身体も冷え切っている。一応ケイシイに容態を確認させたところ、止血がしっかりしていて体内の血液量に変化はないが、危険な状態には変わりないということだった。
「ぶっちゃけ、今すぐ血を足したとしても、助かる可能性は三割以下って感じっす」
「くっ……。なんということだ……」
「陛下ばかりか、殿下まで……。せめて本職に回復魔法の心得があれば……」
「ルゥも、もうちょっと魔力が多ければ良かったでしゅ……」
「お、おい、諦めモードになるなよ! フューリはこんなことで死ぬようなヤツじゃないんだ! こいつはガキの頃から、魔物に腕を食いちぎられようが、谷底に落ちて全身の骨がバキバキに砕けようが、自力で帰ってくるヤツなんだ! 毒蛇に噛まれたときだって、ちょっと調子を崩しただけで、二、三日もしたら全快して……」
私は俯くみんなに捲し立てるようにして、フューリの不死身エピソードを語った。深く、奈落に落ちるような感覚を拭い去りたくて、哀れみの目に気付かないよう、すでに死体のような姿のフューリだけを見つめて、必死に自分が聞きたい言葉を吐き出していた。
フューリは死んだりしない。
私がそれなりの力を身に着けたら、冒険者として一緒に世界を回るって、約束してんだから。律儀で義理堅いこいつが、それを破るはずがないんだ。
そう、自分に言い聞かせていた。
「そ、そうでしゅよね……。フューしゃんは強い人でしゅし……」
「うむ……。それほど自己治癒魔法に長けているのであれば、血を増やせさえすれば、きっとっっっ、回復されるだろうっっっ!」
「そうだな……。その通りだとも……」
一体自分はどんな顔をしていたのか。わからないけど、たぶんよっぽど悲壮な顔をしていたんだろう。ルゥとブゥプとヴィオレッタが悲しげに慰めの言葉を口にし、私の肩を叩いた。
「…………次は私が背負います」
私はヴィオレッタとケイシイの手を借り、フューリを背負った。
完全に脱力したフューリは、訓練で背負う背嚢の三倍は重かった。泥濘んだ地面に、より深く靴が沈み込む。走り出すと、ただの濡れた地面が、沼地のように思えた。
あっという間に息が上がって、心臓が早鐘を打つ。脚、腕、背中が悲鳴を上げる。
だけど、スピードを落とすわけにはいかない。
ケイシイは今すぐでも三割以下と言っていた。合流が遅れれば遅れただけ、その割合が下がっていく。
消耗なんか構わず、全速力で走り抜けなくちゃならない。
なのに前を走るガーティレイとケイシイは、何度「ペースを上げろ」と怒鳴っても、速度を変えない。雨音のせいか、息切れのせいか、声が二人に届いていないみたいだった。だったらいっそ追い越してやろうと、雨粒に体当たりするように前に倒れて、ズルズルとした地面を強く蹴った。
死なせるものか、死なせるものか。
呪文のように繰り返し、一歩ごとに重たくなる足を無理やりに前に出し、死物狂いで進む。
フューリは不死身なのだと語りはしたが、私はそれらのエピソードを完全に信じているわけじゃなかった。
フューリは自分が負傷するほどの危険な場所に、私を連れて行かない。だからあの話は、すべて帰ってきたフューリが語ったことで、私は現場を見たわけじゃない。
そんなつまらない嘘をつくようなヤツじゃないけど、だからってあんな話を信じきれるはずもない。だって、千切れた腕なんかどうやって繋ぐ? 砕けた骨をどう元に戻す? 蛇だの蜂だのの猛毒をどうやって無力化する?
おとぎ話に出てくるハイポーションか、ティクトレア級の治癒魔法でもなきゃ不可能だ。
「砲撃! 伏せろ!」
後ろでヴィオレッタが叫び、全員、倒れるようにして、その場に伏せる。眩い光が頭上を通り抜ける。
地面に伏せたまま、必死に空気を取り込んでいると、時間を置いて降ってきた大蛇の血が、砂や雨水と一緒に跳ねて喉の奥に吸い込まれ、私は激しく咽た。
「くそッ! 周りは血の海だというのにッ!」
バシャッと赤い水溜りを殴ったヴィオレッタが、憎々しげに吐き捨てた。
確かに一面に広がる大蛇の血をが使えたら、すぐにもフューリを助けられる。輸血自体は、たぶん操作魔法で水溜りから取り出た血を細長くして、傷口から露出してる血管に押し込むとかすればできるはずだ。
私はさっき見たフューリの腹の傷を思い出す。
制服の腹部が血で濡れて、大きくえぐれた脇腹に、スライムがねじ込まれていた。フューリを担いできたキャサリーヌも、フューリを膝に乗せられたガーティレイやヴィオレッタも大して服は汚れてなかったから、たぶん出血はほぼ止まってるんだろう。処置が良かったってよりは、血を流しすぎたせいなのかもしれないけど。
なんてことをぼんやりと考えて、ふと、違和感を覚えた。
確かにフューリの傷はデカかったけど、だからってあんな短時間で、こんなになるほど出血するものか?
フューリがやられたとき、私たちはすぐ合流しに走ったし、フューリの近くにはキャサリーヌがいた。応急処置は早かったはず。それにフューリはお袋さんにサバイバルを叩き込まれて、自分で止血もできるし、再生力が高くて、ちょっと切ったくらいの傷なら、自力で治しちまう。さっきブゥプが言ってた自己治癒魔法ってヤツなんだろうが、すーっと傷が閉じていって跡形もなくなるのを見たことがある。
そんなヤツが大量出血なんてヘンだ。
まさか、毒が回らないように、血で押し流した?
そういやフューリの服の血はほとんど腹にしかついてなかった。キャサリーヌの服も、どばどば血を流してるヤツに応急処置をして運んできたにしてはキレイすぎるくらいだった。ひょっとして攻撃を受けたあと、意識をなくしたような落下の仕方をしたのは、反撃や移動より治療を優先したから? 応急処置も、キャサリーヌがやってくれたと思い込んでたけど、自分でやったのか?
「おい、ケイシイ!! フューリの血の量、もっと細かく診れるか!?」
「はぁ? 細かくって、ミリ単位で的な? できなかないけど、診たって血は増えないし、ボクちゃんあんまグロい怪我人は診たくないというか……」
「いいから早く診ろ!!」
フューリの下敷きになって倒れたまま怒鳴ると、ケイシイは小走りに駆け寄って、指示した通り容態を診た。
「別にさっきと変わらな……」
「最初に診たときと比べたらどうだ!?」
「いやだから、変わらないって……」
「おかしいだろ! こいつは腹に大穴が空いてんだぞ! いくら処置してあるからって、血が減らないなんてことあるかよ!!」
興奮に任せて、叫び、飛び起きる。
フューリに必要なのは血じゃない。魔力だ。魔力なら、すぐにでも回復させられる。
私は地面に寝かせたフューリの胸ぐらを掴んで口を開けさせ、なけなしの魔力で操作魔法を使い、そこらに散らばっている魔物の死体から血をかき集め、赤い球体を作り出す。
「食え! 飲み込め! 起きろおおおおお!!」
渾身の力を込め、球体をフューリの喉の奥に突っ込んだ。
ヴィオレッタとブゥプに「気でも触れたか!」と止められたせいで、飲ませられたのは半分だけだった。
「放せよ! フューリは血肉で回復するんだって!」
「殿下がそれで回復できるのは魔力であろう! 今必要なのは肉体の治療だ!」
「内蔵からの魔力吸収は魔力系に負荷がかかるのだぞっっっ!! 治癒魔法を阻害しかねんじゃろおがっっっ!! な、なんとか、吐き出させなくてはっっっ!!」
「お、おい、やめろって! これでいいはずなんだ! ケイシイ、てめぇもなんとか言えよ!!」
「え? いやぁ、確かに血が減ってないのは変っすけど、そんなレベルの自己治癒魔法を無意識に使うなんて、それこそあの大蛇みたいな災害級魔物でもないと不可能っすよ」
「ケイシイ!! 貴様くっちゃべってないで手伝わんかいっっっ!!」
ブゥプとケイシイはフューリをうつ伏せにして、血を吐き出させにかかる。
フューリはぴくりともしない。
腹に血や肉が入れば、たちどころに回復するはずなのに。
ブゥプたちの言う通り、逆効果だったんだろうか? このせいでフューリが死んだりしたら、私は一体これからどうすりゃいいんだ?
ドシャリとその場に膝をつくと、ルゥがおろおろと傍らにやってきた。うなだれる私を慰めようと声をかけてくれるけど、まるで耳に入らなかった。
「腹部を圧迫するわけにはいかんっっっ!! 操作魔法で取り出すっっっ!!」
ブゥプが宣言し、ヴィオレッタがフューリの上半身を起こし、口を開けさせた。
私は胸の内でフューリに何度も謝りながら、私が間違っていたのなら、一刻も早く取り出してくれと、地面に頭をつけて一心に祈った。
『あー、よせよせ、お前ら。んなことしたら、フューリが起きなくなるぞ』
この場にいるはずのない人物の声がした。
ガバッと顔を上げると、上を向かされたフューリの顔の前に、ミニナダがふわふわと浮かんでいた。
「ミ、ミニナダ様っっっ!? い、今までどちらにっっっ!?」
『ずっといたぞ。フューリの魔力が少なかったから、姿は見せられなかったがな』
跳び上がって驚くブゥプに、ミニナダは肩を竦めてみせた。
反射的にミニナダに駆け寄っていた私は、ミニナダに実体がないことも忘れて、その身体を捕まえるようにして両手で包み、「フューリは大丈夫なのか!?」と迫った。ミニナダはふわりと私の手をすり抜けて、『見てみろ』とフューリの身体を指す。
顔に、微かにだけど血の気が戻っていた。
『驚くべきことだが、こいつの自己治癒魔法は医者レベルだ。竜なんかが持つ自己再生能力に近いものがある。おそらく日頃から生物の解体をしてるおかげで、自分の肉体構造への理解が深いんだろう。恐ろしいほど適切な処置をしてる。無意識にこれだけできるってことは、死線も相当超えてるんだろうな』
ミニナダは興味深そうにフューリを見下ろし、
『もう少し魔力が回復すれば目覚めるだろう。あれの血を飲ませれば一発だな』
と再び全身から魔力砲を放つ大蛇を指差す。
紫色の光線が私たちのすぐ横を通り抜け、ブゥプは続いて飛んでくる血肉を操作魔法で大量にキャッチした。
「陛下っっっ!! 適量は如何ほどでございましょうかっっっ!!」
『ティクの魔力を含んだ血だからな、お前の拳程度で十分だろう」
「承知いたしましたっっっ!! 殿下、本職が只今お助けしますっっっ!!」
ブゥプはさっき私がやったように、球体にした血をフューリの喉へ押し込んだ。
途端にフューリの全身が青く輝き、横腹に開いた大穴がみるみる塞がっていく。光が止むと共にフューリはパチリと目を開け、びょんとバネのように飛び起きる。ブゥプ、ヴィオレッタ、ルゥが感嘆の声を上げて駆け寄ると、フューリは「ご心配おかけしました」と申し訳なさそうに頭を下げる。
一連の流れを見る間、私の視界はどんどんと歪んでいった。
「フューリ!! お前、この、死ぬかと思っただろうが!!」
「わっ。ご、ごめん。喰らったことない感じの毒で、魔力もあんまりなかったから、咄嗟に血で押し流しちゃって……」
「だからって、死にかけるほど血ぃ出すことないだろうがバカタレッ!!」
「ご、ごめんってば……」
「お前が! お前がいなくなったら、私のパーティの主力、誰がやんだよ……! くそぅ……ッ!」
こっぴどく叱ってやるつもりで駆け寄ったのに、ぼろぼろと涙が溢れ、喉が詰まって、それ以上言葉が出なくなってしまった。
泣いているトコなんか見せたくないから、私はフューリのみぞおち辺りに額をつけて、涙が止まるまで、腰に回した手でぎゅっと制服を裾を掴んだ。フューリは「ごめんね」と言いながら、私の肩を抱き返して頭を撫でてくれた。
抱きしめたフューリの身体は、雨に濡れていても熱いくらいで、いつも通りの生命力を感じさせた。確かにちゃんと生きてる。実感するとまた涙が溢れて、私は血と泥で汚れたフューリの腹に、ぐりと顔をこすりつけた。
『ふむ。実に見事な回復力だな。ステータスはほぼ全快だぞ』
「そ、そうなんですか? まだ吐き気とか倦怠感はあるんですけど……」
『さっきの状態に比べたら、屁みたいなもんだろう』
「そ、それは、そうですね。ちょっとお腹が張ってるかなぁ? くらいの感じです、はい……」
『そこまで言わなくていいぞ』
「あ……。す、すみません……」
フューリとミニナダは私の気も知らず、頭の上でバカみたいな会話を繰り広げる。おかげで感傷的な気分が瞬く間に萎えてしまった。
やさぐれた気分になった私は、突き飛ばすようにしてフューリから離れ、そっぽを向いた。ちらりと反応を確認すると、フューリは困ったように微笑むので、もっと困らせてやろうと露骨に背中を向けてやった。
要するにこいつは、私やみんながどれだけ心配したかってことを、まるでわかっていないのだ。だからこんなすっとぼけた顔で、ヘラヘラ笑っていられるんだろう。これだけ頑丈な身体を持っていたら無理もないことなのかもしれないけど、少しは懲りてもらわないと困る。
この騒動が無事に片付いたら改めて説教をしてやるつもりだけど、それはそれとして、しばらくはまともに口を利いてやるもんかと心に決めた。
『それで、どういう状況だ? 蛇はデカくなってるようだし、キャサリーヌの姿も見えないが』
狙い通りにキョドっているフューリをよそに、ミニナダがブゥプに現状を確認する。
ブゥプは大蛇が自己崩壊を始めていると思われること、撤退を決めた際にキャサリーヌが囮として残り、その後の安否が不明なこと、今は基地に向かっていることなどを端的に伝えた。
『ふむ。なら急いだほうが良いだろうな。さっきみたいな魔力砲を頻繁に放っているとしたら、そのうち魔力の暴走に耐えきれなくなって爆発するぞ。ここら一帯、キレイに吹き飛ぶだろうな』
ミニナダの言葉にみんなゾッとなって、再びブゥプの指揮で撤退を開始することにした。
バテバテで大の字に寝そべっていたガーティレイが、のそのそと起き上がった。
フューリはさっきの自己治癒でまた魔力を使い果たしたのか、落ちていた大蛇の肉片らしきものを拾い上げ、ちゅるっと飲み込んだ。魔力の回復具合を確認するように、指の先に小さな魔装の爪を作り出し、「もうちょっと食べてもいいかな?」みたいな顔をして、ひょいひょいと拾い上げては口に運んでいる。どうやら美味しいらしい。
さっきまで意識がなかったとは思えない、余裕のある態度に、私はイラッとした。
そしてその背後、遠く離れてなお視界の大半を占める大蛇の全身が、再び発光を始めた。
「おい、また来るぞ!」
声をかけ、みんなを伏せさせると、大蛇の胴体がこれまでは見られなかった動きをした。
今までは膨らんでもせいぜい一回り程度だったのに、今は元の倍近いんじゃないかってサイズにまで膨らんでいく。魔力光の輝きも増している。
まさか、ミニナダの言った爆発の予兆!?
「ぜ、全員、固まって盾を張れ―――――いいいっっっ!!」
ブゥプが狼狽しつつ指示を出したときには、特大の魔力砲が迫っていた。
光の柱が地面をえぐりながら向かってくる。これまでのように伏せても躱せない。横に跳んでも影響範囲から抜け出せそうもない。ブゥプが大きい魔力盾を何重にも張ってくれているけど、それで防げるのかも怪しい威力だった。
遮二無二、魔力盾の影へと飛び込み、全魔力をつぎ込み盾を張った。
ぎゅっと目を閉じた瞬間、ズアアアアアッと聞き慣れない音が響いた。
大蛇の魔力砲が私たちを直撃していた。
だけど不思議なことに、地面をえぐり突き進む振動も、衝突の衝撃も、魔力盾が砕ける音もしない。
恐る恐る目を開けると、辺りが青い光に包まれ、その端の方に大蛇に向かって右手を上げたフューリが立っていた。魔装を広げて、私たちを守ってくれたのか。ほっとして力が抜けると同時に、フッと魔装の光が消えた。
『この出力では、長くはもたんな』
「はい。でも狭く、瞬間的にならもっといけます」
『ふふん。頼もしいことだ』
呆然としていると、フューリはなんでもないような顔をして、ミニナダの言葉に答えながら、降り注いで来る肉片をキャッチして口に入れていた。
「ブゥプさん、アレ、やっぱり危ないと思うので、僕ちょっと行ってきますね。みんなのこと、よろしくお願いします」
「は……、へぇ……? は! ははぁっっっ!! し、承知いたしましたっっっ!!」
一瞬なにを言われているのかわからない様子だったブゥプが、正気に戻ってビシッと敬礼をした。
「お、おい! 行ってくるって、お前……、一回やられて死にかけたろうが! 一緒に基地に引き上げたほうが良いって!!」
「そ、そうでしゅよ!」
「恐れながら、我も同じ考えです!」
「いやいや殿下なら大丈夫ですって! 元気そうだし、ここは囮になってもらいましょーよ」
「ええい、貴様ら! 喋る前に私の上からどかんか!」
ふざけたことを言うケイシイを咎めるより先に、ガーティレイがドンと地面を叩いた。私たちはみんなブゥプの魔力盾の後ろに飛び込んで、土嚢みたいに重なっていた。ガーティレイは砲撃時にたまたまブゥプのすぐ後ろにいたので、一番下になってしまったのだ。
私は一言詫びを入れて上から降りつつ、この人の下敷きにならなくて本当に良かったと思った。
洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。
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