2022
2
Sep

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」19


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第十八話の続きになります。

第十八話までのあらすじは以下のような感じです。

ランピャンでの活動が本格始動して一週間。フューリたちはケイシイらのパーティと、パーティ対抗お料理対決をすることになった。まずは材料の確認に各自に手持ちの食料を提示させるが、突如決まった対決のため、理想的な食材が揃っているとは言い難い状況だった。各自で分担をして新たな食材と調達したり、イマイチ食材をなんとか食べられるように調理したりして、なんとか完成までこぎつける。そこへオルナダが転移してきたため、フューリは勝負の結果も聞かず、オルナダを抱えて街へと駆け出した。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下十九話です。


太陽が憎い。
そう思うことはしばしばあるが、オルナダ様と過ごした翌朝のそれはひとしおだ。根が生えたような身体をなんか起こして、朝食と身支度を済ませ、オルナダ様と一緒に技術交流へと向かう。昨夜近況を聞かれた際に、正直に「諸々上手くいっていない」と答えたら、助言できることがあるかもしれないからと着いて来てくれることになったのだ。
こんなことで飼い主を煩わせるなんて、申し訳ないし、情けないのだけど、困ったことに僕のしっぽはブンブンと左右に振れて止まらない。二週間も離れていたせいで、一秒でも長く一緒に居られることが嬉しくてたまらなかった。
オルナダ様を抱えて街の外れにある屠殺場までやってくると簡単に中を案内した。街にある多くの建物と同じく壁や柱が赤く塗装されたこの屠殺場は、ランピャン最大の処理施設で相当に広かった。内部は大きく南北に分かれていて、南側では家畜の処理を、北側では野生動物の処理を行っている。処理中に肉が混ざるのを避けるためか、南北は完全に分断されていて、行き来はできない構造になっているため、僕が案内できるのは北側のみだ。搬入口、内臓処理室、保管室、解体室、部分肉加工室、包装室と、通常処理に使われる部屋をざっと案内して、交流会用に充てがわれている使われていない保管室の扉を開けた。
保管室は大量の枝肉を冷蔵保存する場所であるため、壁にも床にも冷却の術式が施されている。それなりに広い空間を冷やす必要があるため、効果を強めてあるのか、壁際や足元はかなり冷たい。解体は不慣れだとかなり時間のかかる作業なので、温度が低いほうが肉質を落とさず済んで良いのだけど、冬が近いことも手伝って室内はだいぶ寒かった。暖かみのないタイル張りの内装や、部屋全体を覆うスライムシートの青さが目にも寒々しい。隅に吊るされている交流会用に分けてもらった枝肉も鳥肌を立てているようだ。すでに集まっていたピックアップ志望者、もとい、生徒たちも身体が冷えるのか部屋の中央に集まって身を寄せ合い、暖を取っている。
僕オルナダ様に寒くないかと尋ねてから、生徒たちに「今日もよろしくお願いします」と挨拶をして、吊ってある枝肉から今日の教材を選んだ。その間、オルナダ様は驚いて色めき立つ生徒たちに、飼い犬の働きぶりを見に来ただけだからいないものと思ってくれと話していた。だけど数いる魔族の中でもトップレベルの美貌と知名度を誇るオルナダ様を前にして、それは無茶というものだろう。実際、生徒たちは「承知いたしました」と声を揃えはするものの、そわそわとして落ち着かない様子だ。
ただでさえ講義が上手くいってないのに、こんな調子で大丈夫だろうか? 不安になりつつ、僕は懸吊ハンガーに吊られた死後硬直が解けた猪を前に咳払いをした。
「えーと、これが血と内臓を抜き終わった状態です。こんな具合に頭を下にして吊るしたら、皮を剥いで肉を分割していきます。皮剥ぎは刃物を使う方法と、熱湯を使う方法がありますが、ピックアップのみなさんは主に刃物で剥ぐことになると思います。このとき使う刃物は、エッジが長く、カーブが緩やかで、切れ味が弱いものを使ってください。よく切れる刃物を使うと、皮を破ってしまうので。
じゃあ、実際に剥いでいきますね。まずは足首の周りにぐるっと切り込みを入れて剥ぎます。刃は皮を破らず、かつ、脂が残らないくらいの角度に立ててください。可能な限り素早く行います。
首の周りまで剥いだら頭を落として、頭から舌や頬肉を……」
「おい、フューリ。ちょっと待て」
「は、はい! 待ちます!」
ビタっと手を止め、僕はオルナダ様を振り返る。なにか失敗があっただろうかと肩を強張らせて、続く言葉を待つ。
「二秒にその説明量は多すぎる。というか早すぎだ。こいつらには手捌きがまったく見えてないし、説明もきゅるきゅるって聞こえてるぞ」
オルナダ様の指摘に僕は「え?」となって生徒たちを見た。みんな気不味そうに僕から目を逸らして、お互いに顔を見合わせている。恐る恐る「早かったですか?」と尋ねると、今度は「いえ」「そんな」「まさか」と口をモゴモゴさせる。オルナダ様が正直に言って良いと告げてようやく、何人かが「少し早かったです」と応えた。
「モノを教えるときはゆっくり丁寧にが基本だぞ。理解が追いついているかの確認も時々したほうが良い。それともう少し俺の犬だって自覚を持つことだ」
「え……! あの、そ、それはどういう……?」
「今のお前は大半の人間にとって王族みたいなものだからな。機嫌を損ねないよう気を使われてる、というか、恐れられている可能性を念頭に置いて、恐れる必要はないってことを常にアピールする必要があるんだ。でないと健全な交流は望めないからな。まぁ要は積極的に相手を安心させるよう振る舞えってことだ」
思わず声を呑んだ。
僕も初めはオルナダ様が怖かった。うっかり失礼な発言でもしようものなら、首を刎ねられるんじゃないかと思っていた。今や僕自身がそんな風に思われているなんて、驚愕というよりほかはない。ただでさえ怖がられる僕が、この上さらに怖がられる要因を身に着けてしまうなんて、しかもその理由がオルナダ様の飼い犬になったからだなんて大ショックだった。
「あ、安心させる振る舞いってどうしたらいいですか?」
他人に怖がられるのは嫌だ。すごく嫌だ。それに困る。僕はすがりつくようにしてオルナダ様に教えを請う。
ところがオルナダ様はふぅと息を吐きながら腕を組んで、
「残念だが教えられるようなことじゃない。魔族はモノを教えるのクソ下手だしな。言えることがあるとするなら、例えばお前のパーティのルゥなら「安心してくだしゃい」の一言で済むかもしれんが、ガーティレイではそうはいかないってことくらいだ」
と肩を竦めた。
確かにガーティレイがそんなことを言っても欠片も信用できない。だけどそれなら一体どうすればいいのか。僕はすっかり頭を抱えてしまった。
「ま、こういうのは日頃の行いってのもあるからな。お前は信頼に足るヤツだと評判になれば、そのうち警戒も解けていく。今日のところは俺が、お前はキレたりしないと保証しよう。さぁ、お前ら言いたいことがあるなら遠慮なく言うと良い」
オルナダ様が振り返ると、生徒たちは互いに顔を見合わせて、ぽつりぽつりとわかりにくかった点について話してくれた。僕はそれらを黙って聞いて「いろいろ至らなくてすみません」と頭を下げた。すると生徒たちは安心したのか、堰を切ったように問題点を上げ、「殿下のオーラが怖くて近づけないので、双眼鏡を持ち込んでもよろしいですか?」という訴えが出た辺りで、なぜかオルナダ様がキレた。

「俺の犬に文句をつけるな!」とお怒りのオルナダ様を宥めるのは大変だったけど、今日の交流会はこれまでで一番手応えがあった。ゆっくり説明したことでみんな手順を覚えてくれたし、そのあとの実践でも不慣れな手付きではあるものの、ちゃんと説明した通りに進めてくれた。料理を教わるほうは元々問題なくこなせていたので、イラヴァールから来ている料理人たちと一緒に、素揚げした鶏肉を唐辛子などのスパイスと一緒に炒める料理を作って食べた。オルナダ様はまだぷりぷりと怒っていたけど、味見をお願いすると「なかなか美味いな」と機嫌を直してくれた。
いつもなら市街に戻って昼食を済ませたあとは、シシィたちと合流して依頼をこなす予定だけど、オルナダ様がほかの相談事にも乗ってくれるとキャサリーヌに遅刻の連絡を入れてくれたので、僕はまだオルナダ様と一緒に過ごせている。
オルナダ様は僕を連れて、ランピャンの西にあるという砂漠地帯に転移した。イラヴァールの岩石砂漠とは違い岩柱がなく、黄色い土の低い丘がぼこぼこと続いている。空気は乾燥していて風が強い。飛んでくる砂埃が容赦なく目や口に入ってくる。オルナダ様もそれを鬱陶しく思ったのか、周囲一体を防壁で覆って風を止めてくれた。
「んで、困りごとその二は、力のコントロールが乱れてる、だったか?」
「それもなんですけど、どちらかというと『捕食者の気配』っていう技能のほうが……。今日の生徒の方も言ってましたけど、コレのせいで時々ルゥちゃんをぷるぷるさせてしまってるので申し訳なくて……。パーティにとっても良くないでしょうし……」
「ほう。なんだお前、あいつと良い仲にでもなりたいのか?」
「は、はい。技能を止めて、仲良くなれたら嬉しいです」
オルナダ様はなぜかニタニタとしたけど、僕は真剣に頷いて見せる。
「そういう意味じゃないんだが……。まぁ良い。お前の困りごとはどっちも似たようなものだから、まとめて解決してしまおう」
困ったような苦笑いのあと、オルナダ様は余裕たっぷりに頷いてくれた。ティクトレアとヒーゼリオフには匙を投げられてしまった問題なのに流石はオルナダ様だ。
「つっても知っての通り、魔族は〝モグラに飛び方を聞くほうがマシ〟なんて言われるくらい教え下手だから荒療治でいくぞ。ってことでまずはこいつをよく読んで、ここんとこにサインをしてくれ」
オルナダ様が左手を上げると、僕の目の前に緑色に光る四角、魔光板が現れる。魔光板にはびっちりと小さい文字が並んでいて、オルナダ様の精神魔法を受け入れ肉体の操作を委ねること、それによってなにか問題が起きたとしても責任を追求しないこと、そして同意した場合のリスクが書かれていて、最後に同意の署名欄が設けられていた。要は契約書だ。
魔族は一定以上の魔法の使用を法律によって厳しく制限されているので、こういった契約書や、使用の許可証を一々取得しないといけないらしい。僕のためにそんな上位の魔法を使ってもらえるなんて、なんだか申し訳ない。でもこれであの忌々しい技能を葬り去ることができると思ったらサインしないわけにはいかない。僕はちょっぴり興奮しつつ、指先に魔力を込め、サインを書き入れた。
「よし。じゃあ今から俺の意識をいくらかお前の中に入れる。身体の操作権は俺がもらうが、意識は失わないようにするから、全身から力を抜く感じでリラックスしてろよ」
「はい!」
「ん。じゃあ、ほれ」
元気よく返事をするとオルナダ様は僕に向かって両腕を差し出した。抱き上げろという意味だ。指示に従うとオルナダ様は僕のほっぺたを両手で包んで、ぐっと引き寄せる。ふにゅっと柔らかく唇が重ねられると、頭の奥がふわふわするような、ぽかぽかするような感覚になる。気持ちが良くて、オルナダ様の唇をついばみたくなるけど、もう自分では身体を動かせなくなっていた。
ふっと身体が軽くなって、全身が深呼吸でもしたような開放感を感じた。周囲の音や匂い、頬に感じる空気の質感も薄れる。僕の中に入ったオルナダ様が、僕が常時使用している技能をすべて止めたせいだろう。
急激に不安に駆られた。
オルナダ様も僕が怖くなってしまったんじゃないか。そう思った。
だって今の僕はたぶん、イラヴァールのダンジョンで出会ったどの魔物よりも強烈な威圧感を放っているに違いない。この場にルゥがいたら確実に卒倒してるし、下手をすればほかのメンバーもすくみ上がってしまうくらいの凄まじい気配かもしれない。
いや、でも、オルナダ様は魔族だから、このくらいはきっとなんともないはずだ。そうであってほしい。確認したいけど、僕の身体は目を閉じ、息も止めているから、どちらなのかまったくわからない。あわあわとなっていると、腕からオルナダ様が飛び降りる感覚があった。
やっぱり怖がられてしまったんだろうかと、すぐにも目を開けてあとを追いかけたい衝動に駆られる。だけど僕の身体は目を閉じたまま、深くうつむいて小刻みに震える。正面からは「ふふふ」と笑いを堪えるようなオルナダ様の息遣いがする。
一体どうしたのかと僕が混乱していると、僕の身体とオルナダ様は同時に大声で笑いだした。
「ふははははは! 素晴らしい! 素晴らしいぞ、お前の身体は! 育てるまでもない、すぐにでも遊び相手が務まる性能じゃないか! ますます気に入ったぞ!」
自分の声に褒められた。よくわからないけど、オルナダ様は僕の身体を気に入ったらしい。そういうとなんだかイヤラシイ気もするけど、まぁ、そういう意味だったとしても僕は嬉しいし、怖いと思われなくてほっとした。「喜んでもらえて嬉しいです」と言いたかったけど、今僕の身体を操っているのはオルナダ様なので、声は出せなかった。
「頭で思えば聞こえるから、言いたいことがあったら思い浮かべればいいぞ」
『え? そうなんですか? ヘ、ヘンなことは考えないようにしなきゃですね……。あぁ、でもそう考えると余計に頭に浮かんで……、あわわ……』
「お前がむっつりスケベだってことはとっくに知ってるから、別に考えたって構わないんだがな。気になるようだから伝えたいと思ったこと以外は読み取らないようにしておこう」
『ぜ、ぜひお願いします!』
僕は必死の思いで訴えた。オルナダ様は気にしないのだろうけど、頭に浮かんだことを読み取られるのは、やっぱり恥ずかしい。そもそもオルナダ様の精神が僕の身体の中にあるっていうこと自体がなんだかすごくえっちな感じだし、こんな状況でイヤラシイ想像をするなというほうが無理だと思う。だから読まないようにしてもらえるのは本当にありがたかった。
「さて、これからお前には、力のコントロールってヤツを身体で覚えてもらう」
『は、はい。僕はなにをすれば良いですか?』
「なにもしなくていい。というか、なにもしないってことが肝心だ。お前が身体を動かそうとすると、俺のコントロールが乱れる。ただ黙って、俺がどんな具合に身体を動かしてるかを記憶するんだ。百%から始めて……」
『百!? 全力ってことですか?』
「百だからな。むっふっふ、魔装も含めたお前が今出せる最大のパワーを教えてやるぞ」
『いや、あの……、危ないと思うんですけど……』
全力なんて出したことないけど、地面に大きな裂け目ができるくらいのことは起きるかもしれない。いくら人気のない砂漠のど真ん中とはいえ流石に危険だ。
「心配するな、地形が変わったりしないように、上手くやってやる。が、その前にちょっと肩慣らしに運動させてもらうぞ、お前の機動力とパワーを試してみたい」
『わ、わかりました……。お好きに使って下さい』
オルナダ様は僕が同意するより早く、僕の肩をぐるぐると回したり、足を伸ばしたりして準備運動をした。ひとしきり身体の各部を動かし終わると「よし」と呟いて、腰を落とし拳を構える。なぜか視線の先にいるオルナダ様の本体も同様の姿勢を取った。
嫌な予感がする。
止めたほうが良いかと思う間もなく、僕の身体はオルナダ様に向かって一直線に飛び掛かる。自分でも驚くほどの身の軽さだった。
死角になる角度から、うわんと空気を鳴らして、左フックを打ち込む。
オルナダ様は素早く身体を後ろに引いて、右足のつま先を僕の顎に向けて蹴り上げる。
僕は身体を反らし、風圧を利用して後方へ宙返って距離を取る。
『技能「裂空鉤打」を検知しました。技能LVを計測します』
『技能「流乗回避」を検知しました。技能LVを計測します』
普通のパンチと普通の回避なのに、ステータスボードが技能判定を出す。それだけ威力があり、危険ということだ。そのことは技が発する音や圧力からも窺い知れる。
僕が食らう分には良いけど、オルナダ様に当たったら大変だ。
オルナダ様の身体も、僕の身体も、両方オルナダ様が操作しているんだから、普通に考えればどちらの攻撃も当てようと思わない限りは当たるはずはない。だけどさっきの攻防には明らかに駆け引きがあった。たぶんオルナダ様はなんらかの方法で、意識を分断して自分対自分の戦いに興じているんだろう。だとすれば僕の身体が放った攻撃が当たらないとも限らない。
僕がヒヤリとしていると、オルナダ様はぎゅんとひとっ飛びに距離を詰め、岩の雨のような連打を打ち込んでくる。僕の身体はそのすべてをいなし、防ぐけど、一撃一撃が恐ろしく重たい。魔力で身体能力を強化した結果とはいえ、この小さな身体のどこにこんな力が? と驚愕してしまう。
「ふはは! 良いぞ、フューリ! これなら一割程度、力を出してもついて来れそうじゃないか! 魔力使えば二割でもいけそうだな! 申請出すか!?」
「いやいっそ、三割で申請だな! 魔装も試したい!」
『なに言ってるんですか! 危ないですから、やめてください! ストップです!』
オルナダ様と僕の身体は、やたら楽しそうに物騒な会話をした。なんだか僕にコントロールを教えるという目的を忘れているんじゃないかってくらいのウキウキとした声色だった。
「さぁて、多少慣れてきたし、上げていくぞ!」
『まだやるんですか!?』
「心配するな、怪我はさせない」
『僕じゃなくてオルナダ様の身体が心配なんですってぶわあぁぁぁ!!』
僕が喋りきらないうちに、オルナダ様は僕の脚に魔力を行き渡らせ、身体を前傾させて猛スピードで走らせた。オルナダ様のほうも同じスピードで駆けだす。
『技能「縮地」を検知しました。技能LVを計測します』
舞い上がった砂埃が風に流され、僕らが走り抜けた場所には黄色いカーテンが出来上がった。
「ち、砂が鬱陶しいな」
「よし、空中戦といこう」
僕の身体が悪態をつくと、オルナダ様はひゅんと魔法で宙に浮き上がる。そして幸い、僕は飛べない。
これでこの危険な遊びがようやく終わる。と安心したのも束の間。僕の身体は二枚の壁の間を駆け上がるかのように、ジグザグに空中に飛び出していく。
『技能「空歩」を検知しました。技能LVを計測します』
「なんだ、こういう技を使ったことはないのか? 飛行が使えない場合の空中戦ではこうして魔力板を作って、ちょこまかっと移動するんだ。魔力の節約と動きを読まれないために、直前に小さく作るのがコツだぞ」
言われて魔力の流れに意識を向けると、僕の身体が蹴っている魔力板が、靴のつま先の形をしていることがわかる。タイミングは着地の直前、足の裏から数ミリの位置に作っている感じだ。強度もそれなりにあるらしく、木や石の壁なら崩れるくらいの強さで着地し、蹴っているのにびくともしない。翼竜なんかの獲物を狩るときには重宝しそうだ。
一瞬感心している間に、僕の身体はさらにスピードを増し、魔力板から魔力板へ、縦横無尽に飛び回っていた。まるで金属の箱に放たれた銃弾が跳ね回っているみたいになっている。そんな速度でオルナダ様に突っ込んで、打ち合いをするものだから、僕は全身から血を全部抜かれたような気分になる。
『あ、あぶ、あぶあぶあぶ、危な~~~い!! ちょ、オルナダ様! もうやめてください! 死んじゃいます!!』
「まだお前の実力の半分も出してないぞ? ちゃんと準備運動もしたし、筋が違ったりとかしないから安心しろ。俺の攻撃も全部躱してやる」
『だからそうじゃなくて、オルナダ様の身体が……。あ、うわ、ちょ、止まってください!! 当たっちゃいます!!』
「落ち着け。そう簡単に俺に攻撃を当てられるわけないだろう」
こちらの動きは直線的。対してオルナダ様は魔法で自在に宙を飛び回っている。それもこちらと変わらないか、それ以上の速度で。どんなに魔力板を駆使して変則的に飛び回っても、機動力にかなりの差がある。それにさっきからオルナダ様は、僕の身体が繰り出す攻撃をすべて見切ったような動きをしている。そう簡単に当たるわけがない。それはわかる。
わかるけど、リーチは僕のほうが長いし、パンチがかすらないとも限らない。そんなことになったら、オルナダ様の小さな身体がバラバラになってしまう。もう心配でたまらない。
なのにオルナダ様と僕の身体は相変わらず楽しそうに、
「ぼちぼち一割出していくぞ!」
「ならこっちも強化レベルを引き上げよう!」
なんて言って、ぶつかり合っている。
いつの間に息がかかる程の距離の間合いを詰め、互いの攻撃を繰り出した直後に止めては、反撃を繰り返す。顎に向かってくる手のひらを肘で止め、その手の甲をそのままこめかみに向け防がれ、後頭部を刈りにくる脛を掴む。掴んだ腕をそのまま振り下ろし、背中を蹴り上げようとするが、するりと逃げられ、距離を取られる。
僕の身体はすかさず拳を繰り出し、オルナダ様目掛けて拳圧を飛ばす。当たる、マズイ! と思ったけど、オルナダ様は眉一つ動かさずに、回し蹴りでそれを掻き消してしまう。蹴りによって発生した鎌状の波動がそのままこっちに飛んでくるので、掌底で盾状の衝撃波を作り出し、相殺する。
ぶつかり合った波動が爆裂系魔法さながらの衝撃を生み、突風が波紋のように広がる。にもかかわらず僕の身体はかけらもひるまず、オルナダ様に向け複数の手刀による斬撃を繰り出す。
母に教わった程度にしか格闘技を知らない僕でもわかるくらい高度な攻防だった。お互い実際に繰り出す攻撃の前に、細かな動きや視線、素振りなどで無数のフェイントを入れている。それに動きのひとつひとつが猛烈に速い。
『技能「攻殺」を検知しました。技能LVを計測します』
『技能「攻殺速攻」を検知しました。技能LVを計測します』
『技能「拳弾」を検知しました。技能LVを計測します』
『技能「掌底波」を検知しました。技能LVを計測します』
『技能「手刀波斬」を検知しました。技能LVを計測します』
ステータスボードが技の発動からかなり遅れて告知をする。
「ふははははは! やるじゃないか、さすがは俺! 不慣れな身体でこれほどとはな!」
「ふふん、当然。フューリの身体はマジモンの高性能だしな!」
オルナダ様は自分で自分を褒めて、もう一段階スピードを上げ、再び衝突する。
手技、足技を繰り出し、攻撃にカウンターを合わせては、躱し、いなし、相殺する。たぶん、というか確実に、お互い勝つ気でやっている。僕は心配でどうにかなりそうだ。
何度も何度も「このくらいにしておきましょう」と止めるけど、オルナダ様は聞き入れてはくれなかった。
そうこうするうちに、手合わせは佳境に入る。
飛び膝蹴りと前蹴りの二段攻撃を躱し仰け反った僕の身体に、後方に宙返ったオルナダ様がパンチを叩き込もうと迫る。僕の身体は防御のために身を反らせつつ、オルナダ様の顎を目掛けて拳を振り上げようとした。
このままでは相打ちになる。
僕は振り上げた拳を止めようと、無我夢中で身体を動かそうとする。
ズドンッと鈍い衝撃が走る。僕の身体は後方に吹き飛び、ザザッと砂漠へ着地し、片膝をついた。
『技能「肉体支配抵抗」を検知しました。技能LVを計測します』
「ぐえぇ……。おい、フューリ……。お前は身体を動かすなって言っただろうが……。ぐふ。モ、モロに入ったぞ……」
『うぐぐ……、す、すみません……。でもオルナダ様に当たりそうで……』
僕と、僕の身体に入ったオルナダ様は、腹から肺に突き上げてくるような鈍痛に唸る。お昼ごはんを吐き出してしまいそうだ。でも攻撃を喰らったのが僕で本当によかった。僕の身体が振り上げた拳はオルナダ様の横面を完璧に捉えていたので、当たっていたらこんなものではすまなかっただろう。オルナダ様のカワイイお顔に痣でも作ろうものなら一生のトラウマだ。
「おい、大丈夫か? というか随分平気そうだな。気絶しててもおかしくないと思ったが……」
「あぁ、まったくだ。一切防御できなかったしな。フューリの身体は想像以上に頑丈らしい。魔力系がよく発達してて、治癒魔法の効きも良いな」
僕の身体はダメージを受けた腹部に魔力を流しつつ、地上に降りてきたオルナダ様に向き合った。
『と、とにかく、もうオルナダ様を攻撃するのはやめてください』
「ぷー。せっかく盛り上がってきたとこだったのに……」
「仕方ないな。すっかり忘れてたがコレが目的じゃないし……」
「おお、そういえばそうだったな」
オルナダ様と僕の身体は残念そうに顔を見合わせる。やっぱり本題は忘れていたみたいだけど、危険な状況を脱することができて安心した。


第二十話公開しました。

蜘蛛ですが~とかで見た、ガンガン技能習得してくヤツがやりたくてやった。技能名にはあとで横文字のルビを振る予定。
まぁ、この世界の技能って習得したら使えるんじゃなくて、技能と認められるレベルの技を繰り出せたら、技能と判定されるって感じなので、習得してるわけではないんですが、「こういう演出上がるよね」って精神を大事にしていきたい。

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