2020
19
Jul

百合小説

沖ノブ(fgo)百合小説 真夏に川遊びする沖ノブ(現パロ)

じりじりと、太陽の照り付ける、田舎道。
私はパンクした自転車を、懸命に押す。
猛暑日で気温が高く、真っ青な空からは、容赦なく熱が降り注ぐので、顔のすぐそばで、火が燃えているような感覚に陥っていた。
その上、身に着けた白のワンピースは、照り返しが酷く、汗を大量にかいたせいで、生地が重い。
身体はだるいし、吐き気に頭痛もしてきた気がする。
私の体力は、かなり限界に近付いていた。

「きっと中のチューブが痛んどったんじゃなぁ、錆も酷いもんじゃし」

すぐ前で、同じように自転車を押して歩くノッブが、へらへらと笑った。
私はこんなにもヘトヘトなのに、ノッブはピンピンしている。
ださださの真っ赤なTシャツを着た背中が、目にも暑苦しいのを、心底、憎らしく思った。

「だから、あとで、くるまで、いきま、しょうって、いった、のに…………」

私は、切れ切れに、不満を絞り出した。
本当なら今頃は、ノッブの家が所有する古民家で、山ほど借りてきた心霊DVDを、みんなで見ていたはず。それなのに炎天下の中、パンクした自転車を押して歩く羽目になったのは、確実にノッブのせいだった。
思い付きで「今すぐラムネが必要じゃ!」なんて騒ぐものだから、ダーオカが物置から自転車を見つけてきて、二人を買い出しに出そうなんて話になって、じゃんけん大会が開催され、見事じゃんけんに負けた、私とノッブが、オンボロ自転車で買い出しにいくことになったのだ。
先に買い出しに出た土方さんが戻るまで待とうという、至極真っ当な私の意見はスルーされ、その結果がコレ。
暑さでバテていなければ、延々と文句を並べてやりたいところだ。
それなのに、ノッブは、

「そもそもお前が、『今ビールと麦茶しかないですし、ラムネとかも欲しいですね』なんて言うからじゃろ。わしじゃって、飲みたくもなるわ」

などと抜かして、悪びれる様子もない。
私は腹立ちまぎれに、「だから! すこしくらい! まてばよかったでしょう!」と、声を荒げてみせた。
けれど、この暑さの中では、そんな力もすぐに抜けてしまう。

「ぜぇ、はぁ……。と、というか、ひじかたさんが、けいたいを、けいたい、してて、くれれば、ですね……」
「…………なんじゃ、沖田。お前、なんか今にも死にそうじゃの」

誰の! せいだと! 思ってるんですか!
そう、文句を言おうと、重い頭を持ち上げたとき、ほっぺたに冷たいものが触れた。

「熱いし、真っ赤じゃし、熱中症ではないか?」

ノッブは、ラムネの瓶を握った手の、人差し指と中指で、無遠慮にぺたぺたと触れてくる。
振り払ってやりたい。
けれど、火照った肌に、冷えた指先が触れる、その心地よさに負けた。私は黙って、ノッブの持っているラムネの便に、頬を押し当てる。
つるりとした丸みのある瓶は、まだ冷たいまま、ひんやりしていた。
重たさを感じるガラスの感触が、緩やかに熱を奪っていく。
中のラムネのことなどお構いなしに、涼を味わっていると、ノッブは少しだけ困ったように鼻を鳴らして、「涼んでいくか」と、呟いた。
帰路を外れた私たちは、ほとんど獣道のような道へと、足を踏み入れる。
進むほど、木が太陽を遮り、空気が湿っぽいような、冷たさを帯びてきた。
比例するように、蝉の声が大きくなる。

「ま、二、三本飲んで寝とれば、すぐ楽になるじゃろ」

そういうとノッブは、自転車を止め、自分と、私のカゴに入ったビニール袋を掴みあげる。
たしかにここは涼しいですけど、こんなところで寝たら、泥だらけになってしまうんですが?
私は怪訝な顔をしてみせたが、ノッブは私に背中を向けて、さらに鬱蒼とした道へ入って行ってしまった。

「ちょ……、置いてかないでくださいよっ……」

慌てて追いかけると、すぐに視界が開け、涼しげな河原が姿を現した。
丸みを帯びた大きな岩の向こう、青く澄んだ水が、穏やかに流れている。
日陰にある岩に腰を下ろしたノッブが、ビニール袋から二本目のラムネを取り出し、ごくごくと音を立てて飲みだすのを見た私は、喉がヒリつくほど乾いていることに気が付いた。

「ずるいですよっ」

私はノッブのラムネをひったくって、一息に飲み干す。空瓶を返し、ほっと息をつくと、さっきより身体が軽くなった気がした。
その飲みっぷりを見たノッブは、「心配なさそうじゃな」と、カラカラ笑った。

「回復するまで、じゃんじゃか飲むと良いぞ」
「そんなことしたら、みなさんの分がなくまりますよ」
「緊急事態じゃ、飲み尽くしたって構うものか。まだ銭も取っとらんしの」

言いながら、ノッブはまた、ラムネを開ける。
本当に構わないと思っているらしい。ラムネと一緒に買ってきた、塩飴を噛み砕き、ポテトチップスまでつまみだした。
あまりの遠慮のなさに釣られて、私も二本目を開けてしまう。
ノッブの隣にちょんと座ると、お尻の下の岩は冷たくざらざらとしていた。
見上げた空は、濃い緑で覆われて、耳の横を、さわさわと風が通り過ぎていく。蝉の声が、存外けたたましいことを除けば、とても居心地の良い場所だった。
かろん、と塩飴を口に入れる。
甘じょっぱい、レモンの味が広がって、頬の内側がしびれた。

「いいトコですね」

そう言うとノッブは、「そうじゃろそうじゃろ」と、快活に笑う。
二人のときのノッブは、よくこんな顔をする。
あまりに楽しそうだから、気持ちが引っ張られてしまうんだろう。ノッブの笑顔を見ると、私はいつも浮きたつような気持になる。
思えば、ノッブと二人きりになるのは、ずいぶん久しぶりだった。
中学生くらいまでは、どこに行くのも二人だったけれど、ノッブがバンドを始めたくらいから、複数人で遊ぶのが当たり前になっていった。
この旅行だって、大学のサークルのメンバーが全員参加しているし、他のイベントも、大体このメンバーで行く予定だ。それはそれで賑やかで楽しいのだけれど、ノッブと二人のときの楽しさとは、楽しさの種類が違う気がする。
……ノッブも、二人だと違ったりするんでしょうか?
なんとなくそんなことを思って、隣を見る。
ノッブは二本目のラムネを、もうすっかり飲み干し、ずごーっ、と音を立てて、残った水滴を啜っている。そうして空になった瓶を地面に置いて、今度はぺたぺたと川の方へ歩いて行った。
そんな姿がなぜだか微笑ましくて、私は口元が緩んだ。
でも、それも束の間。
ノッブはおもむろにシャツを脱いで、そればかりか、短パンも下着も脱ぎ捨てて、ビーチサンダル一つで、水へ入っていった。

「ちょっ……! な、なにしてるんですか!」
「見ればわかるじゃろ、遊泳じゃ!」

それはわかるが、そうじゃない。

「いや、外ですよ、ここ!」
「こーんなトコ、誰も来やせんわ!」

言うなり、ノッブは川の深いところへ、ざぶん、と潜ってしまった。
かと思うと、すぐに浮き上がってきて、「ほれ、見ろ、沖田! カニじゃ!」なんて言って、こちらに放り投げてくる。
真っ裸だというのに、なにも気にしていないらしい。
そりゃあ、たしかに周りは木ばかりですけれども、もう少しくらい、人目を気にしてもいいんじゃないでしょうか。目は、私にもついてるんですし。
じっと睨んでみても、ノッブは白い素肌を存分に晒して、それはそれは楽しそうに、川遊びに興じている。
その身体は、全体的に肉付きが薄く、手も足も細くて小さい。なのに、夏の、強烈な色彩を打ち負かすほど、強い生命力を感じる。潜っては飛び出したり、魚を捕まえようとしてみたり、浮かんで流されてみたりと、眩しいほどに元気だ。というか、子供っぽい。
それなのに、水の滴る髪を、きゅうと絞る仕草だけが、やけに目を奪う。
形容する言葉を、探してはいけない気がした。
ぷい、と視線を逸らした私は、サンダルを脱いで、川縁の岩に腰を下ろす。ノッブが投げたカニを逃がして、熱を冷まそうと、足を川に浸した。
火照った肌の表面を、冷たい水が撫ぜていく。

「来んのか? 沖田、涼しいぞ」

立ち上がったノッブが、濡れた髪を掻き上げながら私を見る。
私はその姿を視界に入れないよう、明後日の方を見る。

「沖田さんは良いです! ここ、十分涼しいので!」と、断ると、
「水の涼しさには負けるじゃろうが、ほれっ」と、水をかけられる。

ここで乗ってしまっては、完全にノッブのペースだ。
頭ではわかっているものの、つい、「なにするんですか!」と、追いかけてしまう。
バッシャバッシャと、水しぶきを浴びせてくるノッブへ、手を伸ばす。ノッブはそれを面白そうに躱しては、水面を蹴り上げ、「鬼さんこちら」とでも言うように距離を取る。
やっと捕まえた頃には、全身ずぶ濡れ。その上、ノッブを川へ押し倒す格好になったものだから、頭から水をかぶる羽目になってしまった。

「うはは、冷やっこくて気持ちええのう。のう、沖田」
「のう。じゃないですよ。どうしてくれるんですか、この服」
「絞って、日向の岩にでも置いとけば、すぐ乾くじゃろ」

ノッブは、半分水に沈んだまま、満足そうに微笑む。
途端、心臓が騒ぎだした。
耳の奥に響く鼓動が、降り注ぐセミの声を、瞬く間に掻き消す。
組み敷いた、揺らめく身体から、目が離せない。
水に沈んだ白い肌、流れに揺れる黒髪、いたずらっぽく細められる紅い目。そのどれもが、初めて目にするもののように感じられるのはなぜだろう。
湧いた疑問の答えを探ることに、危険感を感じた次の瞬間、

「ふっ。すんごい顔しとるのう、沖田」

ぴちゃり、とノッブの手が頬に触れる。
ぎくり。
独りでに肩が震えた。
顔がぼうぼうに熱いのが、わかったせいだ。
冷まさなくては。
咄嗟に目の前の水に顔を沈めると、額が暖かくて柔らかいものに触れる。

「ぶはっ! あ、あの、ち、ちがいますから!」
「なにが違うんじゃ? ひと夏の思い出作り、したいんじゃろ? わしは構わんぞ」
「だから、ちがいま…………、いま、なんて……?」

”ひと夏の思い出”とは、”そういうこと”の意味合いもあったはず。
それが、”構わない”とは、つまり……。

「裸のわしを、押し倒しといて、なんもなしで済ますつもりはなかろう?」
「は? え? いや、あなたが自分で脱いだんじゃないですか! た、倒したのだって、不可抗力ですし!」
「ほう? こーんなガッチリ捕まえとるクセにか?」

ノッブが指をわきわきとさせて、初めて私は、その両の手首を、強く握りしめていることに気が付いた。
ぽたり。
雫が頬を伝って、水面に落ちる。
早く、手を緩めるなり、上から退くなりなりしなくてはいけないのに、身体が動かない。
全身から湧き上がる熱ばかりが、頭の中を駆け回る。
ぐるぐる、世界が回っているみたいだ。
そんなことを思っていると、本当にぐるんと回って、ノッブの後ろに流れていた川が、真っ青な空に変わった。

「ま、わしに任せておれば問題ない。おぼこは楽にしとれ」

言うなりノッブは、ワンピースのボタンに手をかける。
反射的に腕を振った。
乾いた音が、掴み合いの合図になった。

「がぼぼっ、どうして、ノッブはいっつもそうなんですか!」
「っぶは、いつもてなんじゃ! お前に手を付けたことなんか、なかったじゃろが! ふごぶっ!」

上になり、下になり、水の中、取っ組み合う。

「なら、なんで今更手を出すんですか! 沖田さんとも縁切りたいってことですか!」
「はあああああ!? お前がずーーーーーっと、物欲しそうな目で見るからじゃろ! ガキの頃からいつもいつも!」
「はあああああ!? そんな目したことありませんけどおおおおお!?」
「つーか、縁切りてなんじゃ! わけわからんぞ!」
「ノッブはいっつもヤリ捨てって評判じゃないですか!」
「お前がいつまでも煮え切らんからじゃろうが!」
「なっ! やっぱり遊んでたんですね! この色ボケ天魔王!」
「やかましい! ちょっとつまみ食いしたくらいなんじゃ!」

気付けば互いに、平手を拳に変えていた。
一切の加減もない、全力の殴り合い。私たちの場合、それは、どちらかが倒れるまで続く。
しばらくすると、ノッブは鼻と口から血を流し、疲れた様子で川へ尻もちをついた。
私はその様を、立ったまま見下ろしたかったけれど、生憎、ノッブよりも先に、川の中で寝転がっていた。
身体のあちこちが痛んで熱を持つ。
だけど、さっきまで頭の中を渦巻いていたモヤモヤは、すっきりと晴れていた。
するすると、肌の上を滑っていく水が、体温を流していくのが気持ち良い。

「なんじゃ、ニヤニヤしよって、ほんに可笑しなヤツじゃの……」

いつの間にか私を覗き込んでいたノッブが、怪訝そうに眉を顰める。

「いやぁ、なんだか、暴れたらスッキリしたもので……。んふふ、久しぶりですね、こういうの」
「はぁ……。こんなん、もう卒業しても良い頃合いじゃろうに、この脳筋は……」

呆れたように言われたけれど、ノッブもどこか晴れやかな顔をしている。
それからノッブは、腫れている箇所を確かめるように、私の顔をちょいちょいつついて、やがて、ニタリと口の端を持ち上げた。
どんな悪戯を思いついたんだろう? 思ったときには、襟元をぐいと持ち上げられていた。
なにか、柔らかな感触を、唇に感じた。

「今日はこのくらいで勘弁してやる」

ぱっ、と手を離したノッブが、そっぽを向いて立ち上がるのが見えた。
呆然として、我に返る。
さぶさぶと、川縁へ歩いていくノッブを追いかける。

「ちょ、ちょちょちょちょちょ、いいいいい、いま、いま、いま、ななななな、なにを!?」
「……キスじゃが?」
「いやいやいやいや、ななななな、なんで、そそそそそ、そんなことを?」
「……嫌じゃったか?」
「そ、そういうわけでは…………」
「ならええじゃろ」
「良い訳ないですよね!?」

あまりに突然の出来事に、私は半ばパニックで、ノッブに詰め寄る。
けれどノッブは、うはは、と勝ち誇ったように笑って、「せいぜい悩むがいいぞ、にぶちん」と、帰り支度を始めた。
ノッブのことだから、惚れた腫れたの話ではないのだろう。
だけど、ただ単にからかわれたのとは、違う気がする。

「もう、ノッブ! 待ってくださいよ! 説明してください! というか沖田さん、ずぶ濡れなんですけど? 一人で先に行かないでくださいよ! ノッブ!」

先を行く、小さな背中を追いかける。
隣に並ぶと、唇を腫らしつつも、楽しそうな横顔に安堵する。
こんなケンカをできる相手なんて、他にいない。きっとノッブも同じはずだ。
全身濡れネズミで、あちこち痛かったけれど、このとき私は、すごく満足して、キスのことなんて、すっかりどうでも良くなってしまっていた。
すべてを理解したあと、そのことを話すと、ノッブは二人のときだけの笑顔を見せてくれた。


沖ノブの日用の18禁が長くなったので全年齢版も作りました。
えっちなところはこれから。
無理矢理ぶった切ってるので、ちょい終わり方ヘンですが許して!

他の沖ノブ、ノブ沖作品はこちらへ。
沖ノブ、ノブ沖作品1話リンクまとめ

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百合ドリル

 
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