2023
31
Jan

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」27


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。

第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。

単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十五話です。


【ヒーゼリオフ 一】

室内に殺気が満ちていく。
魔族である私たちが、バチバチと視線をぶつけているのだから、それも当然。おかげでこの部屋はもはや、リラクゼーションルームとは呼べないような雰囲気に包まれていた。心身を癒やすとされる木の香りも、程よく光量を落としたオレンジ色の照明も、肌触りの良いシルクのローブも、私たちの気を鎮めることはない。
私とティクは、オロオロとする飼い犬たちに見守られながら、ふわふわのタオルが敷かれたマッサージベッドを挟んで睨み合う。
この勝負だけは絶対に負けるわけにはいかない。
動体視力を限界まで高め、私はティクが振り上げる拳を注視した。
パーね!
「ふっふーん。このヒー様にじゃんけんで勝とうなんて、百万年早いのよ!」
「ぐ、ぬぬぅ……」
立てた人差し指と中指をぱかぱかすると、ティクは開いた手のひらを震わせ顔を顰めた。
「や、やっぱりジャンケンで決めるなんて納得がいかないわ。フューくんにマッサージを教えたのはわたくしの飼い犬たちなんだし……」
「その飼い犬たちはフューと一緒に、このヒー様から人体の経穴の知識を学んだんじゃない」
「それはそうだけど、結局あなたの説明じゃよくわからないからって、みんな自力で体得してたじゃない!」
「それでもヒー様が教えたことには変わりないわ! 先にフューのマッサージを受けるのはヒー様よ! ジャンケンも勝ったし!」
往生際の悪いティクに、私は「絶対に譲る気はないんだからね」という意思を持って、勝利のチョキを突き付ける。
大体ティクは、ランピャンでの仕事がある私と違って、いっつもフューやオルの近くにいられるんだから、こんなときくらい譲るべきでしょ。フューに至っては、ほとんど自分の飼い犬みたいに側に置いて、教えるなんて名目で仕事までさせてるし、図々しいったらないわ。オルも「フューリは俺の飼い犬だぞ」って怒れば良いのに、なにも言わないんだもの。ここはこのヒーゼリオフ様が制裁の意味も含めて、フューの初マッサージの権利を奪ってやらなくちゃ。
そう。あくまでも制裁のためで、別に私が先にマッサージされたいからってわけじゃないんだから。
「し、失礼します……」
聞き覚えのある声に心臓が跳ねた。
ローブの襟を整え、ふーっと息を吐いて、自信なさげな少し低めの声のほうを振り返る。ドアの影からひょこっと顔だけを出したフューと目が合う。今度は胸がキュンとなる。どうしてこの子はこんなにデカい図体をして、しぐさは小型獣人のそれなのか。別にカワイイなんて思ってないけど、このギャップは結構心臓に悪いのよね。
「えと……。き、今日はよろしくお願いします……」
部屋に入るとフューは強張った顔で頭を下げた。私たちに練習成果を見せるってことで緊張してるみたい。ティクの飼い犬たちも見かねた様子で「笑顔笑顔」「リラックスリラックス」「練習通りにやれば大丈夫です」と声をかける。
練習の様子を横で見た限りでは、問題なく普通にできてたし、そんなに気を張ることなんかないのに。ホントに心配性な子ね。練習を始めたときも、今日成果を見せろって言ったときも「うっかり力加減を間違えて、ボキッなんてことになったらどうしたらいいのか……」なんて言って青い顔で震えてたし。ま、そんな状態なのに腹くくって出てくるところがまたカワイ……、じゃなくて、感心ね。ちょっとだけだけど。
「で、ではこちらに、うつ伏せで横になっていただけますか?」
フューは青服の袖を捲くり上げ、意を決した顔でマッサージベッドを指した。普段のおどおど顔も良いけど、こういうキリッとした表情もまた別のカワイさがある。べ、別にときめいたりはしないけどね。
私はムスッとしているティクを横目に、咳払いをひとつして一歩前へ踏み出す。
ベッドを指すフューの手は体格にあった大きさをしているけど、指は細長くて狩人とは思えない繊細なシルエットをしている。皮膚が丈夫なせいか、手荒れもなく柔らかそう。今からあの指で身体のあちこちを押されるのかと思うと、ドキドキする……ってほどじゃないけど、若干心拍数が上がって来る気がしなくもない。
「腕まくりなんかしてどうした、フューリ」
いざベッドへ乗り込もうとした瞬間、目の前に流れるような艷やかな黒髪が現れた。
「オ、オルナダ様……!?」
驚いて声を上げたフューは、オルの頭の向こうで、大きく見開いた目をキラキラ輝かせ、ふわふわの愛らしいしっぽを激しく振りだす。
「ま、まさか陛下と閣下が呼んでくださったんですか……!?」
そしてなにを勘違いしたのか、そのキラッキラの目でオルと私たちを交互に見て「感動です!」と言わんばかりの顔をした。
やめてよ、眩しい! じゃなかった! そんな反応をされたら、オルに帰れって言いづらいじゃない!
私はオルを睨んで「いきなりなにしに来たのよ」と耳打ちする。
「なにって別に、ただ自分の飼い犬を探しに来ただけだが? なんだ、なにか来られちゃマズイ理由でもあるのか?」
オルは私を振り返ってニヤリと笑う。完全に来てほしくなかった理由を知っている顔だった。
意地の悪い笑みを浮かべていても美形なのがムカつく。
普段だったらせっかく顔を合わせたし遊びに誘ってあげてもいいかな、なんて思うとこだけど今はとことん邪魔。とっとと帰ってほしいけど、オルの顔を見れば帰る気なんかないのは明白だし、フューにこんなキラキラお目々をされちゃ、追い返すこともできない。これはもう間違いなく、じゃんけんで勝ち取った一番乗りを奪われる。
「ここはどう見てもマッサージルームだが、お前らまさかフューリに腰でも揉ませる気だったのかぁ? こいつは対人戦闘が苦手なばかりか、他人の身体に触るのさえ、おっかなびっくりなんだぞぉ? マッサージなんかできないと思うが、一体全体どういうことなんだぁ? んん?」
「あ、あの、オルナダ様……。え、えっと、実はですね。みなさんにやり方を教えていただいて、少しずつ練習もさせていただいたので、僕、たぶんそれなりにできるようになったので……」
「なにぃ~? そうなのかぁ~? そういうことならちょっとやってみせろぉ~」
「は、はい! もちろんです!」
ほらね! ムカつく!
こっち見てニタニタしてるのが余計腹立つ!
ティクに「なんとかしなさいよ!」と目配せしてみるけど、さすがに飼い主にこう言われちゃ手の出しようがないみたいで、私と同じようにギリギリと奥歯を噛み締めていた。
オルはパチンを指を弾いて服を転移させ、素っ裸でマッサージベッドへ横になる。フューは慌てた様子で棚にあったタオルを魔法で引き寄せ、オルの腰から下を隠す。それから頭の側に回り込んで「始める前に力加減の確認をさせてください」と腕を取り、軽く指を押し当てて「これは痛くないですか?」と丁寧にかける圧力を確認していく。
「まだ平気だな。まだ。まだだ。よくやく軽い痛みが出てきたが、まだ痛気持ちい範囲だな」
「じゃあひとまずは、この痛気持ち良いくらいを目安にやっていきますね」
「おう。お? おお。なかなか上手いじゃないか」
「そ、そうですか? えへ、えへへ」
肩周りの指圧を褒められると、フューはでれでれと顔を溶かして照れ笑いをする。私やティクが褒めたときも一応微笑んではくれるけど、まだ緊張があるのかちょっぴり強張っていてぎこちないし、しっぽもやや揺らめく程度でこんなにブンブンしてはくれない。
これが飼い主と外野の差だぞ。オルがそう言わんばかりにニヤついてこっちを見る。
ひっぱたいてやりたい。
けどそれ以上に腹が立つのは、目の前の光景にある種の背徳感を感じる自分自身だったりもする。
オルの、真っ白くてキメの細かい素肌。それに触れるフューの指先は、意外にも大胆かつ確信があるような動きをしていて、触れ慣れているということが傍目にもよくわかる。飼い主と飼い犬だから当たり前なんだけど、二人が寝所で睦み合う仲であることがひしひしと伝わってくるし、ほわんほわんと情交の様が頭に浮かんでくる。
たぶん二人は割りと頻繁にオルのベッドで……。ううん、きっとフューが他人の匂いを気にするから、オルじゃなくフューのベッドね。それならフューはきっと、オルが来る前にシーツを洗いたてのに換えて、すぐにベッドに入れるようにって、ホットスライムか温石で温めておいてるはず。オルは転移で部屋まで来るから、フューはいつもビックリして別の意味で心臓バクバクになっちゃうってわけ。それはそれはカワイイ顔をするだろうから、それを見たオルはニヤニヤするんだけど、目はちょっと優しいの。それでフューはバクバクが静まるまで動けないから、きっとオルからフューに触れるのよ。まずは首に腕を回して唇を……。
そんな想像が浮かんでは消え、私は胸が激熱になりつつ、締め付けられつつ、「ほうわぁぁぁ」てな具合にブチ上がる一方、腸がぐっつぐつに煮えくり返りもするという、極めて複雑な感情に襲われる。そればかりか二人がお互いに向ける視線を、それぞれ私に向けてくれたらなんて恥ずかしいことまで……、って、違う違う! さすがにそこまでは考えてないわよ! だ、だいたい、オルもフューもどうしてもって言われたら遊んであげなくもないかなって程度の相手なわけで、私が自分から進んで遊びたいとかじゃ全然ないんだから! 勘違いしないでよね!
ぎゅっと手のひらに食い込ませてオルを睨む。オルはフューのマッサージが余程気持ち良いのか、すっかり全身から力を抜いて「あ~、そこそこ」なんて言ってる。うらやま、じゃなくて、憎らしい。
「ね、ねぇ、オル……? そ、そろそろ交代してくれない? わたくしもフューくんのマッサージを受けてみたいわ」
「なぜだ? 自分の飼い犬がいるだろう。フューリでなければいけない理由でもあるのか?」
痺れを切らしたティクが客人用の笑顔を作って声をかけたけど、ニタニタとしたオルに理由を聞かれ口を噤む。フューに気があるからなんて、フューの前じゃ言えるはずもないし、もしうっかり言ってしまったら「ならもうここに通わせるわけにはいかんな」とか言って、フューと交流する機会さえ奪われかねない。だから私たちはフューがせっせとオルの背中を解していくのを、指を加えて見ているしかない。オルはそれをわかってあえて尋ねて優越感に浸っている。本当に性格が悪い。
挙句の果てに、
「なんだか興が乗って来たな。風呂屋に部屋を取るから本格的にやってくれ」
なんて言って身体を起こし、裸のままフューの首に腕を回した。
フューリはあわあわとオルをタオルで包み抱き上げつつ「でも陛下や閣下にも腕を見ていただくお約束で時間をいただいてますので」とこっちを気にしてくれるけど、オルは「お前がやらなくてもこいつらがやるから問題ない」とフューリの頬を撫で、「そうだろう?」とこちらを振り返る。これまでと同じく口元をニヤつかせているけど、今度は目が笑っていない。拒否は許さないという意思が籠もっていた。
私たちは否応なくオルの言葉に頷くしかない。
私たちの間の無言の攻防を知らないフューは、パッと表情を輝かせ「お時間をありがとうございました」と頭を下げた。そして次の瞬間にはもう、腕の中のオルしか見えていないみたいに「本格的にということなら、薬油を使った全身マッサージなんてどうでしょう?」なんてほくほく顔でしっぽをフリフリしあわせオーラを振り撒きだす。オルは「そういう意味ではないが、それも受けてやろう」としたり顔でこちらを一瞥し、フューに行き先を指示して部屋を出ていった。
私たちの中に圧倒的な敗北感を残して。
「~~~~~ッ!! ム、ムカつく!! ムカつくムカつくムカつく~~~~~ッ!! なんなのよアイツ! いくら飼い主だからって、あんなに見せつけることないじゃない!」
「ヒ、ヒーゼリオフ様、どうかお気をお沈めください。今、お飲み物をお持ちしますので……」
怒りに任せて床を踏みつけると、ティクの飼い犬たちがビクリと身体を強張らせて、部屋の角にあるテーブルにつくよう促してくる。飲み物なんかでこのムカつきが収まるはずもないけど、他種族を怖がらせるのは魔族的にタブーだし、あんまり怯えさせるのも可哀想だから、私はしぶしぶ椅子に腰を下ろす。こうなったらもうお酒でも出してもらって、ティクと愚痴祭りを開催するしか……って、そういえばティクのヤツ、あんな煽り方されたのに随分大人しいじゃない。
一体どうしたのかと顔を上げて見ると、ティクは客人用の笑顔を浮かべたまま、まるで時間が止まったみたいにその場に突っ立っていた。
これはヤバい。
声をかけた瞬間に、負のオーラを大量に含んだ魔力を放出する可能性がある。ただの魔力放出なら失神程度で済むかもしれないけど、高密度化されてた場合、周囲十数メートルの建物が倒壊するし、万一、呪詛魔法化や毒魔法化してたら、この辺一帯にいるほとんどの生物が即死する。
見た目からはなにがどの規模で来るのかを想定できないのがまた始末に悪い。
ティクの飼い犬たちも私と同じ考えのようで、遠巻きに様子を見守りつつ、ご機嫌取りに行く前に最大級の対魔法防御態勢を準備していた。時折何人かが「ヒー様なんとかしてくれないですか?」と訴えるような目でこっちを見てくる。
嫌よ。飼い犬のアンタたちがなんとかしなさいよ。と思うけど、他種族にこんな視線を送られたら、魔族として応えないわけにはいかない。
「えーっと……。ティク? なんか固まってるみたいだけど、一度ゆーっくり深呼吸してみてくれない? はい、吸って~~~……」
刺激しないよう極力穏やかに声をかけてみたけど反応はなし。これは落ち着かせるのは無理ね。結界系の魔法は苦手だけど、被害を出さないように封じ込めを考えたほうが良いかも。
私は自分の正面に魔力防壁構築術式の魔法陣を展開する。対魔力波、対呪詛、対毒用の式を追加修正し、強化式も組み込んで、いざ構築に入ろうと左手をかざすと、ティクがすぅと顔をこっち向けた。
「ヒーゼ。悪いんだけど、なんだか疲れてしまったから、今日はランピャンに帰るか、どこかよそに泊まってくれるかしら?」
怒りを爆発させるでもなく、強力な魔力波を放つでもなく、静かに微笑みかけてくるのが不気味でしょうがない。喜んで出ていきたいとこだけど、今日はこっちに泊まると言ってあるから、戻ったら口うるさいウチの飼い犬たちがなにを言うかわかったものじゃないし、今の精神状態で苦手な転移魔法を使うのも気が進まない。宿がなくなるのは困る。
私はしばらく無言の抵抗を試みた。
そして結局、出ていくことになった。
黙って睨み合っていたら、ティクの背後に立ち上っていたドス黒オーラが、ずもももももって感じに大きくなっていったもんだから、圧力に耐えられなく……、じゃなくて、収拾がつかなくなったらティクの飼い犬たちが可愛そうだから引くしかなかったのよね。だ、断じてティクのオーラにビビったわけじゃないんだから。
「……ていうか、よそに行けとか言うんなら、宿の手配くらいしなさいよね! こんな日にこんな時間からどこに泊まれって言うのよ! バカ―――――!!」
歓楽街方面へ続く道を歩きながら、私は天に向かって不満を叫んだ。
イラヴァールの宿泊施設の情報は、すべてステボに公開されている。私たち魔族はボードを開かなくても情報にアクセスできるから、頭の中で瞬時に全施設の状況を把握できるのだけど、それによると現在、空室はほとんど皆無だった。
月例祭後のイラヴァールは誰もが浮かれているから、パーティーやらなにやらをやりたい連中が、とりあえず部屋を抑えておくっていうのが慣例になっている。おかげで今空いているのは、最高級のべらぼうに高い部屋、数室のみ。風呂屋の個室は何部屋か空いているけど、専業の遊人が禁止されている魔導圏では、こんな日に行っても遊人は捕まらないだろうし、そこら中で営みが行われている風呂屋の一室で魔族が〝食事〟もできずに独り寝は、カッコ悪すぎて受け入れがたい。せめて馴染みの遊人を捕まえられないかなって、情報を照会してみるけど、居場所やパラメーターから完全に取り込み中ということがわかる。これはメッセージを送っても反応があるのは翌朝になるだろうし、かといって、念話で呼びかけるのも憚られる。どこかのパーティーに乱入すれば、宿にも〝食事〟にも事欠かないんだろうけど、私はオルと違って、そういうタイプじゃないし、今目の前に人がいたら、きっと今日の出来事を延々と愚痴ってしまう。それはあまりに情けないし、恥ずかしすぎる。
「…………オルの部屋なら泊まれるかな。アイツ、今はフューと風呂屋にいるだろうし……。ははっ、でもそれって、さすがに悲しすぎよね……」
ぽそっと呟いて足元に視線を落とす。途方にくれるって、きっとこういう状態のことを言うのよね。魔法で身体の周りの空気を温めているのに、冬のイラヴァールの夜風が骨まで染み込んでくる気がする。
「あら、ヒーゼ。こんなところでどうしたの?」
上から声をかけられ顔を上げると、ユミエールが長い髪を靡かせて、ふわりと目の前に降り立った。
「べ、別に。散歩してただけよ。そっちこそこんな時間になにしてるわけ?」
「ちょっと相談したいことがあったから、あなたに会いに迎賓館に向かってたところだったの。すれ違いにならなくて良かった」
「そ、そう……。聞いてあげてもいいけど、迎賓館は今は使えないわよ。ティクが猛烈不機嫌になってるから、行ったら最高にヘビーな呪いをもらうかも……」
「そうなの。じゃあ私の部屋に行きましょうか。なにか飲みながら話しましょ」
ユミエールは頭を少し傾けて、再び身体を浮かび上がらせた。
どうやら宿の心配はなくなったみたい。たぶん〝食事〟もなんとかしてくれるだろうし一安心ね。ついでに相談が終わったら、たっぷり今日の愚痴に付き合ってもらおう。ユミエールは口が堅いから、なにを言ってもオルの耳には入らないし。
私は内心ほっとしたのを悟られないよう澄ました顔をして、ユミエールの後について中央区へと飛んだ。


洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。

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