2022
28
Sep

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」21


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十話の続きになります。

第二十話までのあらすじは以下のような感じです。

力のコントロールを身につけるためオルナダの憑依魔法を受けるフューリは、まずは百%の力を知ろうということで、全力パンチで魔力板を何枚割れるか計ることになる。その後は徐々に威力を下げていき、自主練の仕方を教わって、『捕食者の気配』の解除方法を教わった。さらにオルナダは、離れている間、フューリが寂しくないようにと、スライムを加工して精巧な自分のレプリカを作成し与えた。しかしフューリはあまりのそっくりさに狼狽え、もっとスライムっぽい見た目にしてほしいと懇願することになった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十一話です。


【フューリ 十六】

広大な湖の中央にある孤島にそびえ立つ、窓も継ぎ目もない天を支える柱のようなこの巨塔こそ、ランピャン一の名所『極拳の塔』である。全百階で構成されたダンジョンは、三十階までなら冒険者ランクF未満でも攻略できる程度の難易度であるため、冒険者ごっこを楽しむ一般客や、冒険者志望の子供で賑わう一方、百階に到達すると『極拳の魔王』の名を持つヒーゼリオフに挑戦できるとあって、高ランクの冒険者も集まってくるという、世界一客層の広いダンジョンなのだそうだ。
そういうわけで、塔周辺の広場はいつも攻略客と露天商で大賑わいなのだけど、どういうわけか人っ子ひとり見当たらない。円形の島の周囲は風もなく、しんと静まり返っていて、岸と島を繋ぐ石橋にも人の姿はない。よく見ると石橋の前には立て札が立てられて、人が立ち入らないよう、鎖で封鎖されている。
塔のほうを振り返ると正面の大きな門が閉じられていて、その前でケイシイのパーティとシシィたちが無言で睨み合っていた。キャサリーヌが呆れた顔でため息を吐いている。
「もうどちらでも良いから、早く先にお進みなさい」
「でしたらどうぞ、そちらから。ボクらは三十分くらいしたら行きますんで」
「ふざけるなよ、貴様! いつもはさっさと先に行って宝箱を根こそぎにするくせに、こうなった途端、譲るだと!?」
「いやぁ、だからこそ、日頃の感謝を込めて、今日は譲ってるんじゃないっすか~」
「だから、んな汚ねぇ笑顔で言われても、説得力ねぇっつってんだろ、ケイシイ!」
ニタニタとするケイシイをガーティレイが怒鳴り、シシィは中指を立てていた。どうやらどちらのパーティが先に入るかで揉めているらしい。
普段なら案内係に連れられ、受付待ちの攻略客でごった返している正門は素通りして、塔の外壁に作られた螺旋階段を登り、九十階からスタートするのだけど、今日は門から入ることになったのだろうか? そう思って首を伸ばすと、シシィたちの向こうにある門の扉に張り紙がしてあった。
「なになに? 『本日貸し切り。イラヴァールの小童共、極拳の塔の総力を挙げて、地獄を見せてやるんだから覚悟しなさい! ショートカットもリタイアも認めないからそのつもりで!!』と……。ふむ。なんか知らんが、ヒーゼのヤツ、お前らの訓練のためにサービスしてくれたらしいな」
「いや、絶対違うと思いますけど……。てかオル様、いつ来たんすか?」
「たった今だ。フューリに板割りをやらせてきたとこなんだが、実に良かったぞ。なんせ作った板、全部割られて、正確な威力は測定できなかったくらいだからな!」
つかつかと睨み合う両パーティの間を塗って張り紙に歩み寄ったオルナダ様は、眉を寄せるシシィに笑ってピースサインを作ってみせた。オルナダ様は嬉しそうだけど、僕は自分の身体の凶悪さにちょっとヘコんでしまった。測定不能なんて言われるほどの大量の魔力板をワンパンで割ってしまうなんて、魔装は便利だけど封印したほうが良い技なのかもしれない。そんなことを思っていると、なんだか全身に鈍い倦怠感が広がってくる。
「板割りって最大攻撃力測定とかでやるヤツっすよね? こいつあんま全力出したがらないと思うんすけど、どうやってやらせたんすか?」
「あぁ、憑依を使った。自分でやったんじゃ、真の全力は出せないものだからな。さっきも言ったが結果は上々で俺は満足だ」
「へぇ! どのくらい割ったんすか?」
なぜかシシィが興味津々といった様子で話に食いつく。僕は慌てて口を開きかけたオルナダ様に手を振ってこっちを向いてもらい、唇に人差し指を当てて「言わないでください」とジェスチャーを送る。オルナダ様は「任せろ」とでも言うようにウインクをして、
「強化なしで二千、強化ありで八千、魔装を使ったときは二万枚を完全消滅させたぞ! あれは三万、いや四万は割れたかもしれないな。それもワンパンでだぞ、ワンパン!」
と上機嫌にパンチの動作をしてみせた。オルナダ様は僕が立てた人差し指を、一という意味で捉えたようで、ワンパンで割ったという点を強調した。
違うんです。そうじゃないんです。あと枚数を盛らないでください。なんて思ったところで時すでに遅し。恐る恐る見渡したみんなの表情は、だいぶ引き攣っていた。
「お話中のところ失礼致します陛下。お言葉を聞き逃した無礼を承知でお尋ねしたいのですが、先程〝憑依〟と仰っしゃられましたでしょうか?」
「おう。言ったが?」
「精神を他者に移して、身体を意のままに操る精神魔法のでしゅか……?」
「あぁ。それだな」
「うへぁ。飼い犬、マジチート職……」
ヴィオレッタ、ルゥ、シシィが揃って口をあんぐりと口を開けた。ガーティレイだけが「なんだ? その憑依とやらがどうかしたのか?」と腕を組んでいる。シシィが憑依の仕組みを丁寧に説明したが、ガーティレイはピンと来ない様子で「それがどうした」と鼻を鳴らす。
「えーと、例えばですね、とある技能が使えるポテンシャルがあるのに使えたことがないみたいなときに、憑依してもらって、使ってみせてもらうと、なんとなく身体がコツを覚えて、あっという間に憑依なしでも使えるようになったりするってことっす。つまりステボを超えたウルトラ成長チート!」
「自力で習得するのにかかる時間をショートカットできたり、そのとき掴んだコツがほかのコトにも生かされたりとかするので、その分、成長が早くなるのでしゅ」
「それだけではない。陛下のような高位の魔族であれば、憑依した身体の性能を完全に把握することが可能だ。故に本人も気付かなかった能力を発見し、授けてくださる場合もある。さらなる高みを目指す者にとっては、すべてをなげうってでも受けたい魔法なのだ」
シシィ、ルゥ、ヴィオレッタは目を輝かせて語る。僕はまたとんでもない恩恵を受けてしまったらしい。ともあれ、みんなが顔を引き攣らせていたのは、板割りの結果のせいではなかったようで安心した。
「ふん。なにかと思えば、くだらん。力とは自らの手で掴み取るものだ」
ガーティレイが面白くなさそうに鼻を鳴らす。
「第一、そんなやり方で力を得ても、肝心の根性が身につかぬではないか。根性なしを強者とは呼ばんぞ? まぁ、エルフ風情にはお似合いだがふぁっっっ!!」
「まったくお主は……。多少の見どころがあるかと思ったそばから、みっともない真似をしますわね」
ガーティレイが調子に乗り始めたところで、キャサリーヌは木剣を脳天に振り下ろした。一瞬、掴みかかって行きそうなくらいに嫌悪感をあらわにしたヴィオレッタが、胸がすいたような顔になる。
「うーむ……。夢を壊すようで悪いが、憑依は相当それに精通してる魔族にやらせんと最悪死ぬから、あまり憧れないほうが良いぞ。俺もフューリが頑丈だからこそ踏み切ったが、だいぶ派手に損傷させたしな」
頬を掻くオルナダ様が、ちょっぴりバツの悪そうな顔をして僕を見る。それに釣られて僕のほうを見たみんなが「とてもそんな風には見えないけど」という顔をした。自分でも特に痛いところもなくピンピンしているので、その気持ちはわかる。
僕は「別に大丈夫ですよ?」と肩をぐるぐると回して見せようとした。が、軽く腕を持ち上げたところで、その動作に使ったすべての筋肉に突っ張ったような痛みが走った。
「な、なんだか急に感じたことのない痛みが……」
「だろうな。そろそろ体内で合成した痛み止めが切れる頃だ。全身もれなく筋肉痛だし、魔力系も焼き切れたりしてるから、自己回復もままならないんだなこれが」
オルナダ様がため息交じりに呟くと、シシィたちが「魔力系が焼き切れるなんて、とんでもなく痛いんじゃ?」と引き攣った顔でこっちを見た。
「だがこれを魔法で回復させたりすれば、憑依の効果が薄れるから……。まぁ、その、なんだ、耐えろ」
「う……。は、はい…………」
言ってる間にも、痛みがだんだんと強く複雑になっていく。
そういえば憑依を行う前にサインした契約書に「骨組織、筋組織、神経系、魔力系、他、身体の重要器官に深刻な損傷を与える可能性がある」って書いてあったなと今更ながら思い出す。大げさな契約書だななんて思っていたけど、今となっては、まったく大げさじゃなかったことがわかる。パンチを打った直後に感じた痛みよりもさらに酷い痛みだし、回復させようと魔力を痛む箇所に送ってみても届かない感じがする。
耐えられなくはないけど、この状態で動くことは難しい。というか、もう一ミリゥでも動こうものなら激痛が走るので、僕は完全に硬直状態になって、ダラダラと汗を流していた。これからダンジョン攻略に挑まなくてはいけないのだけど、ちょっと遠慮したいレベルだった。
「だんだん痛みは引くし、三日もすれば気にならなくなるだろうが、その様子だと、しばらくは痛み止めがあったほうが良いかもな。これを一回五粒飲むと良い。次に飲むまで六時間は間を空けるんだぞ」
オルナダ様が人差し指を立て、手のひらほどの赤い魔法陣を作ると、その上に小さな白い粒が数十個生み出される。僕は痛みを押してなんとかそれを受け取ると、言われた通り五粒飲み込んだ。みるみるうちに激痛が穏やかになり、問題なく動ける程度にまで収まっていく。
「わぁ、すごい! あんまり痛くなくなりましたよ! オルナダ様はお薬も作れるんですね!」
「うはは。こういうのは魔族なら誰でもできるから別にすごくはないぞ。じゃ、ダンジョン攻略行ってこい」
「はい! 行ってきます! みんな、最短記録更新目指して頑張ろう!」
なんだか元気になった僕は、えいえいおーと握った拳を突き上げた。
「…………あの、オル様。フューリのヤツがなんかおかしくなってるような気がするんすけど……」
「気にするな、単なる副作用だ。ちょっとハイになるだけで害はない」
シシィは顔を顰めて僕を見たけど、オルナダ様は笑顔で手を振ってくれた。なんだかわからないけど、俄然やる気が湧いてくる。
「それじゃあ、やっぱり今日はみなさんが先に入るってことで良いっすかね? ボクらは休憩したら入るんで」
「やったぁ! ありがとうございます!」
「勝手に決めるな、クソ犬!! 私は認めんぞ! 絶対にこいつらを先に行かせてやる!!」
道を空けてくれたケイシイの脇を通り抜けようとした僕の前に、ガーティレイが立ち塞がった。いつもはケイシイたちが先に行ってしまうことを怒っていたのに一体どうしたのか。僕が首を傾げると、シシィが扉の張り紙を指差して「あれ見たらなんか危なそうだなってなるだろ。少しは警戒しろよ」と呆れた顔をする。さっきオルナダ様が読み上げていたやつだ。
「訓練のためのサービスなんでしょ? 食べて良い魔物とか、入れてくれてるのかも!」
「なわけないだろ。昨日お前が急に居なくなるから、ヒー様もティク様も無茶苦茶不機嫌だったんだぞ」
「あわわわわわ……。や、やっぱりマズかった? じゃあ負けちゃったかな?」
「いや、料理対決は勝ったけどさ」
「殿下のご指示のおかげで、どれもきちんと料理と呼べる代物に仕上がっておりました。ヒーゼリオフ陛下も、ティクトレア閣下も、それはそれは驚かれておいででしたとも」
「全部美味しくて元気が出ましたでしゅよ」
「まぁどれもそれなりに食えたが、私の虎があってこその飯だったな」
「虎があってこそというか、虎のせいでっていうメニューでしたけど、みんなが美味しく食べてくれたなら良かったです」
「あれ? フューしゃん、今日はぷるぷるのないでしゅ?」
「あ! そうなんですよ! 今まで本当ごめんなさいでしたけど、オルナダ様があの技能の止め方教えてくれたので、もうルゥちゃんをぷるぷるさせなくて済むんです!」
「わぁ! じゃあこれからは普通におしゃべりしたりできるんでしゅね!」
「えへへへへへ。できるんでしゅよ!」
「良かったな。話戻して良いか?」
しゃがんでルゥと目線の高さを合わせた僕の耳を、シシィが両方ぺこんと裏返した。
「うお。なんだそれ! 俺にもやらせろ!」
「は、はい! もちろんどうぞ!」
「なんだオルナダ。耳が触りたいなら私のを触れば良いだろう」
「下がれ、オーガ! 陛下、このような者の耳に触れるくらいであれば、ぜひ我の耳をお触りください!」
「お。そういうことなら、ぜひボクも」
「いらん。お前らのはもふっとしてないし、肝心のぺこっとができんだろうが、ぺこっとが」
「あぁ~~~、も~~~う。私にダンジョンの話をさせてくれぇ~~~」
ガーティレイ、ヴィオレッタ、ケイシイはオルナダ様にフラれ、シシィは耳をぺこぺこしてもらっている僕の前に、頭を抱えてしゃがみ込む。よくわからないけど、賑やかで楽しい気分になる。
「大丈夫だよ、シシィ。僕が先頭に立って、魔物も罠も全部やっつけちゃうからさ!」
「こんなにやる気のフューしゃんは珍しいでしゅね……」
「それだけラリってるってことだろ。今日の『極拳の塔』は絶対攻略難易度爆上がりしてるし、こいつがこんなじゃ不安しかねーよ」
「じゃあ、オルナダ様。僕、いってきます!」
「おう。ちゃちゃっと攻略して来い。俺はキャサリーヌと最上階にいるからな」
「はい! 任せといてください!」
僕はオルナダ様にもらった盾を両手に持って、転移するオルナダ様に向かって振った。見送りを終えると盾を腰につけ、塔の入り口を勢いよく開けた。
後ろから、
「ほらほらほらぁ! あの慎重犬が隊列もなにも考えずに扉開けちゃってんじゃん!」とシシィが叫ぶ声がして、
「おいコラ、クソ犬! 先頭は私だろうが!」と怒鳴るガーティレイと、
「貴様に先頭が勤まるものか! 殿下でなければ我が先頭に立つ!」とガーティレイに張り合うヴィオレッタがドスドスと駆け寄ってくるのが聞こえた。
振り返るとガーティレイとヴィオレッタが僕のすぐ後ろで睨み合っていて、シシィはその後ろで「あ~~~! 見える! 悪戦苦闘の未来が見える~~~!」と疲れたような声を上げている。それをルゥが「難易度上がってても、テーマパーク型でしゅから、危なくなったら救助してもらえましゅよ」と励ましていた。
そんなに心配することがあるのかな? と僕は中には入らずに扉の向こうを見る。普段は受付になっている一階のスペースはカウンターや列整理のポールがすっかり片付けられて、年季の入った石のフロアタイルと外観同様の継ぎ目のない白い壁に囲まれた、なにもない空間になっていた。魔物はおろか、罠や人の匂いもない。それなのに、いつも「冒険だ!」って盛り上がっているシシィがこんなに不安がるなんて、ちょっと可笑しかった。
僕はシシィを安心させようと、中に入って、タイルの上で跳んだり走ったりしてみせて、「大丈夫だから早く行こうよ」と入口の反対側にある階段を指差した。
「おい、やめろって! きっとどっかにトラップが……」
シシィが言いかけた瞬間、僕の左足の下に緑色に発光する魔法陣が現れた。慌てて飛び退き、シシィとルゥの間に着地するけど、魔法陣は槍を出現させるでも、下に大穴を開けるでもなく、すぅっと消えてしまう。
「び、びっくりした……」
「ほれ見ろ、言わんこっちゃない。頼むから少し落ち着いて冷静になってくれよ」
「ご、ごめん、匂いがなかったから、つい……。で、でもほら、不発だったよ」
「んなわけないだろ。きっと今になにか起きるぞ」
シシィは如意槍を構え、腰を落として周囲を警戒する。ほかのみんなも同じように臨戦態勢に入ったので、僕もそれに倣って盾を構えた。数秒間、沈黙が流れる。部屋にこれといった変化はない。やっぱり不発だったんじゃないか? と僕らがお互いに顔を見合わせ始めたそのとき、ぼたりと音を立てて、目の間に赤い縞模様の入った黒いロープが落ちてきた。
途端に時間の流れがゆっくりになった。
僕は四方八方で次々と同じ音が発生するのを感じながら、落ちてきたロープをよくよく見てみる。ロープの表面には艷やかな光沢があり、天井にある光石に照らされテラテラと光っていて、細かいひし形の切り込みが入っている。
これは鱗だな。思った瞬間に全身から冷や汗が吹き出す。
蛇だ。
ギャウンッと喉が甲高い悲鳴を上げて、脚がギュンと身体を宙に浮かせる。天井に頭と背中をぶつけた僕は、そのまま蛇のいる床に落っこちたくなくて、空歩で軌道を変えてガーティレイの上に着地してから、シシィの頭にガッチリとしがみついた。
「蛇! シシィ! 蛇、ヘビ、へびぃ!!」
「お、おもっ……っ」
「おい! 今、私を踏み台に……。ってなんだ貴様、蛇が苦手なのか」
「そ、そうなんすよ。なんか小さい頃、蛇の巣に落ちたことがあるらしくて……。おい、髪は引っ張るなって……」
「ほっほ~~~う。それはそれは……」
「ちょ、ガーさん、それこっちに投げるとかやめてくださいよ?」
シシィの言葉に嫌な予感がした僕が、薄目を開けてガーティレイを見ると、その両手には床から無造作に掴み上げたであろう大量の蛇が握られていた。団子になってうねうねと蠢く様に鳥肌が立つ。床はもっと酷い光景だろうと思うと、一刻も早くこの場を離れたくなった。僕はシシィの頭をギブアップのサインのようにぺしぺしとタップした。
「わーった、わーったって。あー、私、こいつ連れて端っこのほうの蛇殺すんで、みんなは真ん中のをよろしく」
シシィは僕を乗せたまま、部屋の端の蛇が少ないところへ移動してくれた。程なくして、蛇のシューシューという声が小さくなり、周囲が鼻をつくような酸っぱい匂いに包まれる。
「おい、終わったぞ。いい加減下りろって」
「ご、ごめん、もうちょっとお願い。死んでても、うじゃうじゃいる感じが気持ち悪くて……」
シシィに声をかけられて目を開けたけど、床の蛇は動かなくなっただけマシとはいえ、それでもあまりに大量にいるので、下りたくはなかった。
「ふふふ。フューしゃんにも苦手なものがあるって、なんだかほっとしましゅでしゅね」
「え? あ……、そ、そうですか? 苦手なものは結構ありますよ。人混みとか」
ルゥが自分で作った魔力板に乗って、隣に浮いて笑いかけてくれたので僕もつられて笑顔になる。しっぽもぱたぱた振れていたようで、シシィが「フューリ、これ鬱陶しい」と下から苦情を入れてきた。
「殿下。我ならば尾を振られても構いませんので、よろしければ我の上へ移動されてはいかがでしょう?」
「へぁ? い、いえ、そんな、大丈夫デス……」
唐突に跪いたヴィオレッタに面食らった僕は、反射的にお断りをしてしまった。ヴィオレッタは「承知しました」と立ち上がったけど、なんだか残念そうな顔をしているように見えた。
それなりの期間、行動を共にしているけど、僕は未だに、この人とどう接すれば良いのかがわからずにいた。何度か仲良くなろうと、「普通に話して、呼び方も名前で良いですよ」と伝えてたけど、その度に「とんでもございません」と距離を取られてしまうし、かと思えばこんな風に急に詰めて来られるから、戸惑うばかりだった。
「しっかし、こっからどうすりゃ良いんだろうな?」
ヴィオレッタになにか声をかけるべきか悩んでいると、シシィが困ったように呟いた。普通に先に進めば良いのでは? と蛇を視界に入れないよう目を細めて階段のほうを見ると、すぐ手前に緑色に光る魔力板が生成され、行く手を塞いでいた。魔力板は壁に沿って円柱形に作られていて、天井も塞がれている。それに板というよりは壁と言ったほうが正しいくらいの厚みがあり、ガーティレイが斧でガンガン叩いてもびくともしない。どうやら僕らはこのフロアに閉じ込められたようだ。
「まさか続々と強力な魔物を送り込まれたりしないだろうな」
シシィが僕を乗せたまま、如意槍を握り直す。もしそうなるとしたら僕も戦闘に加わる必要があるだろうけど、蛇満載の床を視界に入れたくはない。どうしようかと考えていると、ミシッ、ミシッと床から軋むような音がしてくる。ここは一階で床は石なのに変だなと思ううちに、みるみる音は大きくなり、やがてボゴンと音を立てて崩落した。
「ぬあああああ!? な、なんだ、罠か!?」
「くっ! 底が見えん!!」
「シシィ! 捕まって!」
一階の床がすっぽりと抜け、僕らは瓦礫と一緒に真っ暗な穴の底へと落下する。穴は意外と深くはなく、すぐに着地することができた。ガーティレイは着地に失敗したようで「んがっ!」と声を上げ、続いて降ってくる瓦礫にも当たったのか「がっ!」とか「ぐっ!」とか言っている。僕はオルナダ様に教わった魔力板を自分の上に大きめのサイズで作成し、瓦礫と蛇からシシィを守る。
魔力板のおかげで頭から蛇を浴びることにならずに済んだけど、だんだんと濃くなる蛇の匂いに僕は身震いした。真っ暗で姿が見えないことだけが救いだった。
「み、みなしゃん! 大丈夫でしゅか!?」
一人だけ魔力板で浮いていたために落下しなかったルゥが心配そうに穴を下りてきた。魔力を球体状にした白色の光源を作っていたので、次第に地面に散らばる蛇が目につくようになる。僕はそれらを視界にいれないよう、ぎゅっと目を瞑った。
「えぇい、クソ! なんだここは!」
「地下のフロアがあったっぽいっすね。ほら、床が一階と同じタイルになってますよ」
「すると我々はこのまま、このフロアから攻略を進めれば良いのか? そこに順路と書かれた立て札があるが……」
「うえぇ……。露骨に怪しい……。なんとか上に戻って普通に攻略したほうが……」
「そ、それは、たぶん無理でしゅ。ルゥが下りたあとすぐ、魔力壁が穴を塞いじゃいましたでしゅよ」
言われて上を見上げると、ぽっかり丸く空いた穴の上に緑色の魔力壁が見える。オルナダ様が僕の身体を使ってやっていたように、魔装で壊すことはできるかもしれないけれど、あの破壊力を人に見せるのには抵抗がある。
じっと魔力壁を見つめていると、上から扉の開く音がして、ケイシイたちの話し声が聞こえてきた。
「うっひゃあ~。床がずっぽり抜けてらぁ~」
「殿下たちのパーティは落ちてしまいましたかね?」
「だっろうねぇ。こんな落とし穴、食らわされたら避けようがないし。ま、それならボクらは先に百階に着いて、今日も勝利ボーナスもらうとしよう」
「今日は順番譲っちゃったから諦めてたけど、ラッキーでしたね」
「いやぁ、まったく、まったく」
わっはっはっと声を響かせて、ケイシイたちはなんの苦もなく階段を登っていった。僕らが上にいたときにあった階段を塞ぐ魔力壁はもう消えているようだ。
オルナダ様にちゃちゃっと攻略すると約束したのに、このままではケイシイたちが先に百階に到着してしまう。さすがにそんな事態は受け入れがたい。僕は覚悟を決め、みんなに少し離れるよう言って、穴を塞いでいる魔力壁を破るべく、魔装を全身へ巡らせた。ぐっと身体を屈め、跳び出そうとしたそのとき「ちょっと待った」とシシィが声を上げた。
「上、戻んないほうが良いかもしんないぞ」
「え? で、でも、百階は上……、っと、わわわっ!」
さっきまでとは真逆のことを言われて驚いた僕は、魔装を制御しきれずボシュゥと煙のように魔力を飛散させてしまう。
「フューしゃんが、壁を壊せるなら、上から言ったほうが早いんじゃないでしゅか?」
「それに上に戻りたいと言ったのは貴様だったと思うが? 殿下のご好意を無にした正当な理由があるのだろうな?」
「だってこのルート、上にあった張り紙から察するに、私たち用にわざわざ作った感じじゃないっすか。それを無視して普通に上まで登ったら、明日はさらに難易度上げられる気がしません?」
シシィが両手を天井に向けると、ルゥとヴィオレッタは「なるほど……」と顔を引き攣らせた。確かにせっかく作ったものを無視されたら悲しいし、シシィが懸念する事態が起きないとも限らない。
「ちっ、やむを得んな。あのひょろエルフにはあとで礼をするとして、この順路とやらのほうへ進むぞ。続け、貴様ら」
ガーティレイがのしのしと暗闇に向かって進み、みんなもそれに続く。僕は目を瞑ったまま、置いていかないでとシシィに手を伸ばした。

僕らがいつも攻略していた極拳の塔の九十階から百階は、九十五階までが罠や魔物が満載された迷路、そこから百階までがランピャン国でも指折りの戦士や、魔法使い、傀儡師などと試合をして勝てば次へ進めるといった内容になっていた。けれどこの地下ダンジョンは、それとはまるで様子が違っていた。
極拳の塔はきちんと整備された石のタイルと壁に囲まれ、照明が煌々とフロア全体を照らしていたけど、順路を進むとすぐに岩肌がむき出しの洞窟になり、照明もなく、完全な暗闇が広がっていた。同じなのは罠や魔物が満載という点だけど、罠はすべて魔術式になっていて、上にいたときのように、油の匂いや機械音で場所を探知できなかったし、罠の作動によって転移してくる魔物は『壊したら弁償!』と法外な金額が書かれたゴーレムと、強烈な死臭を放つ上に倒しても食べられないアンデッド、それから大量の蛇ばかりだった。
ゴーレムを壊すわけにはいかないから逃亡一択。アンデッドは僕以外のみんなが激臭に耐えられないとのことで同じく逃亡一択。蛇は僕がダメだし倒して良いことがあるわけでもないので、これもまた逃亡一択だった。おかげで無駄に走り回ることになり、ガーティレイが「もう我慢ならん!」とゴーレムに向かって走り出すのを止めるという作業も定期的に発生した。
加えて階層間の移動が階段ではなく転移魔法陣になっていたため、空気の流れや匂いで場所を探知できないばかりか、転移先が同じような洞窟ではあるのだけど、魔法か魔術によって加工されていて、壁が氷だったり、火だったり、泥だったりもした上に、地形も斜面だったり、でこぼこだったりした。
当然攻略は困難を極め、見慣れた百階の光景が目の前に広がったときには、みんな疲労困憊でその場に崩れるように倒れてしまった。百階は周りをぐるりと観客席に囲まれたすり鉢状の闘技場になっていて、屋根の代わりに薄く伸ばしたスライムのドームに覆われている。見上げると空には星が散らばっていて、とっくの昔に日が暮れていたことが伺えた。
「みんな~、お疲れ様~」
正面の観客席からティクトレアがふわりと飛んで、僕らの目の前に降り立つ。「あのコースを四時間で攻略するなんてさすがね」なんて、笑顔で労いの言葉をかけてくれるけど、誰もまともに返事ができなかった。
僕はみんなと一緒に闘技場の端っこに転がったまま、ギシギシと上半身が軋むのも構わず大きく息を吸い込んで、オルナダ様の匂いを探す。いくら嗅いでも僅かな残り香があるばかりで、本人がいる様子はない。あれから四時間も経っているのだから無理もないけど、イラヴァールへ帰る前に一度顔を合わせたかったなとため息が出る。そして「ちゃちゃっと攻略して来い」と言われていたのに、こんなタイムではガッカリされてしまったんじゃないかと不安が押し寄せる。ティクトレアにオルナダ様が怒ったりガッカリしたりしてなかったかと聞きたい気もしたけど、今はそんな気力は残っていないし、そもそも僕にそれを確かめる勇気はなかった。
身体を起こす気にもなれず、黙って床に伏せていると、ズドンッと凄い勢いで脇腹になにかがぶつかった。顔を顰めて〝なにか〟を見るとぐったりとしたケイシイが背中に乗っていた。
「遅いわよ、アンタたち! すっかり待ちくたびれたじゃない!」
ケイシイが飛んできたであろう闘技場の中央から、カツカツと靴音を響かせてヒーゼリオフがこちらに向かってきた。
「ティクのとこの犬共じゃ退屈しのぎにもならなかったし、アンタたちは少しは楽しませなさいよね」
「だ、だったら何十回も相手をさせないでほしかったっす……、がくっ……」
ケイシイが僕に乗ったまま呻くように呟いて、救護の人々に運ばれていった。僕らのパーティでも一度も勝てたことのないヒーゼリオフに、ケイシイたちが敵うはずもない。それなのに何十回も戦わせるなんて、随分酷なことをする。ちらりと目だけをヒーゼリオフのほうへ向けると、その表情は文字で〝怒り〟と書いてあるかと思うほど険しく、その感情が背中で炎のように立ち上っているかと錯覚するほどに凄まじい。
それほど僕らの攻略が遅かったということだろうか? だとしたらオルナダ様にも物凄くガッカリされている可能性が高い。不安がじわじわと確信に変わるに伴って、胸にどんよりとした感覚が広がっていく。
「特別にパーティ戦じゃなく、個人戦を挑ませてあげるわ。さっさと立ちなさい」
僕らを睨みつけたヒーゼリオフが、上に向けた指先をくいと内側へ曲げた。みんなのろのろと起き上がり、僕も膝に手をつき立ち上がるけど、痛み止めが切れてきたのか身体中から色々な痛みが沸き起こった。この状態ではパーティ戦だろうと個人戦だろうと、ろくな戦闘はできないだろう。ガーティレイだけは「極拳の名が伊達ではないところを見せてもらおう」なんて強がっているけど、完全に息が上がっていて立っているのもやっとなのが目に見えてわかる。
「ふん。まるで生まれたての馬ね。ティク、回復してやって!」
「あら、ヒーゼったら。本当にあのダンジョンだけじゃいじめたりないのね」
ヒーゼリオフが鼻を鳴らすと、ティクトレアはくすりと笑って僕らの足元に大きな魔法陣を、周りを取り囲むように中小の魔法陣や呪文の描かれた帯をいくつか作り出す。紫色に発光するそれらが強く輝き消えると、身体の中に溜まっていた疲労感が空中に溶け出すようにして消えた。
「どうかしら?」
「うわ、すげ……っ。しっかり食って寝て起きたあとって感じ……」
「とっても元気になりましたでしゅ……!」
「ティクトレア閣下は治癒魔法の名手と伺っておりましたが、他者の肉体にこれほどの効果を及ぼすとは……、感服いたしました……!」
「ふん。軟弱者共がはしゃぎおって。私はこんなものなくても戦えたぞ」
「それなら、あなただけ元に戻してあげましょうか?」
「……それは断る」
すっかり元気になったみんなは、ぐるぐると腕を回したり、腰を捻ったりして、疲労が回復していることを確かめる。僕も同じ用に身体を動かしてみたけど、疲労感はなくなっているものの、オルナダ様の憑依で受けたダメージはそのままらしく、あちこちに痛みを感じた。疲労を取り除くことと、損傷を回復させることは別ということなんだろう。
「さぁ、回復までさせてあげたんだから、気合い入れてかかってきなさいよ!」
「ふふん。良いだろう、この私の力、とくと味わうが良い!」
ヒーゼリオフが僕へ向けた指の先にガーティレイが割って入り、手にしていた斧を観客席に放って前傾ぎみに構える。鉤爪のようにした手を額の前と腹の位置に置いて、ヒーゼリオフに対して半身に立つ。後ろから見ていてもスキの少ない構えだということがわかった。なんだかガーティレイらしくない。
「ほう。あの舐めたひよっこも、さすがにヒーゼリオフとサシで勝負となれば、本気を出す気になるようですわね」
観客席の階段を下りてきたキャサリーヌが、僕らの後ろの座席にどっかりと腰を下ろした。たぶんケイシイたちと一緒にヒーゼリオフの相手をしていたのだろう、顔がぼこぼこに腫れていた。
「き、教官……。今日はまた一段と痛々しいっすね……。何割でやったんすか?」
「ふふ。ニ割五分ほどですわね。なかなかのご褒美でしたわ」
シシィは顔を引き攣らせたけど、キャサリーヌは嬉しそうに笑みを浮かべた。
魔族には〝戦闘に関する魔法の威力を一割以上発揮してはならない〟という決まりがあるそうで、それ以上の力を使うには事前に申請を出す必要があるらしい。その中でもヒーゼリオフはダンジョンマスターとして他種族との戦闘の機会が多いために、両手足に嵌めた金輪で絶対に一割以上にならないよう制御されているのだそうだ。しかし一割ではキャサリーヌには物足りないということで、特別に金輪を外して勝負をしてもらっているらしい。なぜそんなことをするのか僕には理解できないけど、キャサリーヌにはとても嬉しいことのようだ。
ちなみに一割の力を発揮しているときのヒーゼリオフは、戦闘技能限定の冒険者ランク換算でAプラス程度の戦闘力なのだそうで、Eランクパーティの僕ら毎回良いように遊ばれていた。
「それよりお主ら、いつまでそこにいるつもりですの? 今日の対戦は一対一なのですから、早く上がって来なさい」
突っ立っていた僕らを急かすようにキャサリーヌは手招きをした。言われるまま観客席に登り、キャサリーヌ、シシィ、ヴィオレッタ、ルゥ、僕、ティクトレアの順で横並びに席に座った。


第二十二話公開しました。

このあとのバトルシーンのために格闘技の動画をたくさん見ました。
現実の技とか動きは見た目あまり派手じゃないのであまり参考になりませんでしたし、カンフーとか動きが派手で見てて楽しいのは、実戦ではあまり使えないそうで残念。しかしまぁKOシーンまとめとか楽しい動画を色々見つけることができたのでヨシとしておきます。

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