2022
24
Jun

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」9


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第八話の続きになります。

第八話までのあらすじは以下のような感じです。

ダンジョンの十階にたどり着いたフューリは、開けた草原の光景に胸を踊らせ、他のメンバーが休憩を取る中、単身狩りに向かう。大きな牛型の魔物を始め、様々な生物を狩り、オルナダを始めとした魔族らに腕を褒められた。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下九話です。


【フューリ 八】

地上付近まで戻ると、そこはもうただの穴ではなくなっていた。緩やかな坂道だった地面は平らにならされ、壁面は数本の太い柱を残し広く削り取られている。その空間はまるで集会堂のようだった。
地上から漂ってくる、肉やパンの焼ける匂いが食欲を刺激され、僕は一刻も早くダンジョンを飛び出したくなった。部屋の出入り口をみると、ダンジョン側にも地上側にも、大きく頑丈そうな石材が積み上げられた壁ができていた。脇に取り付けを待つ金属製の落とし格子が何枚も積み上がっている。地上側の出入り口の手前は崖状になっていて、立てかけられた木製の橋を渡らなければ上へ登れないようになっているみたいだ。ユミエールによると一階部分は、魔物を外に出さないために、こういった構造になることが多いらしい。
「お帰りなさいませ、みなさまっっっ!! ご無事でなによりでございます!! 人払いをして置きましたので、どうぞ湯殿へっっっ!!」
地上へ出ると部下を連れたブゥプが、相変わらずの大声で出迎えてくれた。外はすっかり夜になっていて、入ったときより格段にテントの数が増えていた。三脚に乗せられた大型の光石がそこかしこに設置されて、完全に日が落ちているのに周辺はかなり明るい。気温はぐっと下がっていて、もはや洞窟内のほうが暖かいくらいだった。
みんなはブゥプが連れてきた緑服たちに装備を預け風呂に向かった。僕はスライムグローブで全身の汚れを軽く吸わせ、借りていた装備だけを預けて、ブゥプの案内で調理場へと向かう。
調理場につくと僕の姿を見た料理人たちが一斉に手を止め、恐縮してしまうほど丁寧な出迎えをしてくれた。みんな僕を殿下と呼ぶので、一応「フューリで、名前で大丈夫です」と言ってみたが、「とんでもない」と聞いてはもらえなかった。
諦めた僕は転移ロープで倉庫に行き、しまっていた内臓と頭を取ってきて、氷と一緒に調理台に並べた。
「こ、これが魔物の内臓でありますか……」
料理人たちはさすがに慣れているようで、ガーディレイたちのように騒ぐことはない。しかしどうも街では魔物を食べる習慣がないようで、それを調理してオルナダ様たちに出すとなると、かなり戸惑うところがあるらしい。みんな顔を引きつらせている。そういえば故郷でも、魔物を食べていたのは僕と母さんだけだった。
「あー……、ええと、見ての通り牛型で、匂いからすると味も牛に似てると思うので、とりあえず味見を……」
野生生物は個体によって味が違うから、まず味を見ないことには美味しく調理するのは難しい。とりあえず頬の肉でも食べてもらおう。僕は包丁を借り、牛の額を下にして、首から顎先にかけて切り込みを入れ舌を外す。それから頭の皮を剥がし、削り取った頬肉を料理人の一人に渡した。肉を受け取った料理人はそれをフライパンで焼き全員で試食した。
「確かに牛に似ていますね。家畜に比べて旨味が強い」
「若干の酸味も感じます」
「意外にも獣臭さが少ないですね。野生の肉は臭みが強いと聞きますが」
「シンプルにステーキにして出しても問題ない肉質ですな」
それまで眉を寄せていた料理人たちの表情が一気に和らぐ。お陰で少しだけ肩の力が抜けた。
僕は今日ダンジョンで振る舞った生の心臓が好評だったことを伝え、もし生で出すならこの部位が良いと、心臓、肝臓、胃袋、横隔膜、舌、子宮、脳を勧めた。これらの部位はヒューマーである母さんも時々、生で食べていたから比較的安全だし、解毒皿を使えばお腹を壊す心配はないだろう。それから、頬肉、腸、腎臓、脾臓は野菜と一緒に煮込んで食べることが多かったということや、肺はしっかり煮汁を吸わせないと美味しくならないこと、内臓を包んでいた網脂は食感が良いこと、腎臓周りに付いていた腹脂からは牛脂がたっぷり取れること、下処理が必要な部品とやり方、所要時間などを手短に伝えた。
料理人たちは生食のこと以外はすでに承知のようで「なるほど、家畜の牛とそう変わらないのですね」と頷いていた。
「ええと、あとは、それから……」
「殿下! この者たちも肉はよく扱いますので、このくらいで十分でございます! そろそろ湯殿へっっっ! ぜひともっっっ!」
「で、ですよね、はい……」
他にも伝えられることはないかと考えていたら、ブゥプがぴょんぴょんと跳んで僕を急かした。料理人たちに見送られ、ブゥプと二人、風呂へと向かった。
ブゥプが言うにはここの風呂は、なんとスライム風呂ではなく温泉を引いてるらしい。ダンジョン調査中はずっとスライム風呂かと思っていたので嬉しい知らせだった。
「殿下が湯浴みをお好みになるということで、陛下が南東のほうから引いてくださりましたっっっ! 浴槽の装飾は建築班に腕を振るわせたのですよっっっ!」
先を歩くブゥプを踏まないよう、僕は慎重にあとをついていく。テントの方角からの視線を遮るように置かれた木製の衝立の向こうが風呂場らしいのだけど、妙なことに温泉の匂いがちょっと薄い。
僕がふんふんと鼻を鳴らしていると、ブゥプは風呂場が大小二つのスライム製ドームに覆われているからだろうと説明してくれた。大きいほうのドームは脱衣場も含めた風呂場全体を広く覆い、小さいほうは浴槽周りだけを覆う作りになっているらしい。そうすることで、出入りするだけで服や身体についた汚れを落とせるようになり、さらに雨を防いだり、日差しを軽減したりできるのだそうだ。実はイラヴァールの付近一帯も、巨大なスライムドームで同じように覆われているのだとブゥプは得意げに話す。
「みなさま先にお入りですので、殿下もどうぞごゆるりとっっっ!」
衝立の前まで来るとブゥプは踵を返してテントのほうへ戻っていった。ドームの薄い膜を通り抜けると、辺りを漂っていた鉄の匂いが少し濃くなった。どうやらこれがここの温泉の匂いらしい。互い違いになった衝立の間を通って脱衣場までくると、一番手前で服を脱いでいたシシィが「おつかれ」と声をかけてくれた。
脱衣場にはたくさんのドアがついた木製の棚が立ち並び、大小様々なサイズの風呂用スライムが置かれていた。大きいサイズのにはガーティレイが、中くらいのにはヴィオレッタがそれぞれ座って互いにそっぽを向いている。またケンカをしたらしい。小さめのに座ったルゥは、柄の長いブラシで背中を擦っている。獣人は湯船に毛を浮かせないよう、予め毛を落としておくのがマナーらしいから大変そうだ。僕もしっぽと、背骨に沿って生えた毛をしっかり落とさないといけないだろう。オルナダ様たちは早々に洗身を済ませたのか、スライム風呂の先にある、ちょっとした池ほどはあるだろう大きな浴槽でお湯に浸かっている。長い髪の毛を巻いて纏めているのが色っぽい。
「ブラシかけるの手伝うか?」
「ありがと。でも長いブラシあるから大丈夫」
僕がスライム風呂の後ろにあるブラシが並んだ棚を指すと、シシィは「了解」と頷いて洗身に向かった。僕も服を棚にしまってあとに続く。固めに加工されたスライム製の床がぺたぺたと音を立てた。僕は故郷でも公衆浴場なんかには行ったことがないから、人前で肌を晒すという行為にはまだ若干の抵抗がある。だけどお湯に浸かることの気持ちよさには変えられないから、早く慣れようと努めているのだった。
棚にあるブラシは動物の毛を使ったものだけでなく、スライム製のものもあった。スライム風呂での洗髪だと、頭を突っ込んで手でわしわしと洗うしかないけど、これなら髪を梳かすだけで済む。なんて便利なものがあるんだと僕は感動した。
ブラシを取ろうと手を伸ばすと、しっぽの付け根に圧迫感を感じた。ぎくりと全身が強張る。
「ほーう。こうなっていたのか。これはたてがみか? 妙な身体だな」
後ろからガーティレイの声がして、べたべたと背中に大きな手が触れた。耳に心臓の音が響いて、喉がぎゅっとなる。なにが起きているのか、まるで理解できない。
「うわ、ちょっ……! ガーさん、それは流石に……!」
「貴っ様、殿下になんたるコトを……!!」
「いけましぇんでしゅ……!」
シシィたちが慌ただしく駆け寄って来るのが聞こえた。僕はようやくガーティレイにしっぽを握られているらしいことを理解する。でも一体なんだってそんなことを? 僕はますますパニックになった。
「な、なんだ貴様ら、騒々しいぞ。ちょっと掴んだだけだろう、ほれ」
言葉と同時に世界が逆さまになった。掴まれたまま、持ち上げられたらしい。たぶん僕は死んだリスみたいに、ガーティレイの手にぶら下がっている。シシィたちがとにかく手を放すように言うけど、ガーティレイはそれが気に入らないらしく「別に嫌がってないし構わないだろう」としっぽを握った手を振ってみせる。
こんなの嫌に決まっている。この人は一体なにを考えているのか。
冷静さが戻るにつれ、ふつふつと怒りが湧いた。顔面を蹴り飛ばしてやろうかと思うけど、殺さずに適度なダメージを与えられる力加減がわからない。
「その手を放せと言っている!」
「なんだ、やるのかクソエルフ」
仕方無しにじっとしていると、ヴィオレッタが魔法で氷の矢を作り出した。ガーティレイは僕をヴィオレッタのほうへと掲げ、盾にする。矢が刺さるのはさすがに痛い。なんとか怪我をさせずに抜け出す方法はないものか。
考えていると浴槽のほうからお湯の塊が猛スピードで飛んできた。それを顔面に浴び怯んだガーティレイがしっぽを握る手を緩め、僕は床に落下した。
「お前、この俺ですらまだ握ったことがないフューリのしっぽを……じゃなくて! 他人の身体に勝手に触れるのは犯罪だと、何度言えばわかるんだガーティレイ!」
「はぁ!? 私がいつ身体に触れた? アレはしっぽでぶぇっ……!」
「黙れ。しっぽも身体の一部だ」
「だが……、おぶっ!」
「黙れ」
「おい止、がふっ……!」
「黙れ」
オルナダ様は身体の周りに浮かせたお湯を、連続でガーティレイの顔面にぶつける。激しく咳き込みだしても容赦はしない。お湯がなくなっても新たに水を作り出してはぶつけている。
「フューくん、平気? 怖かったわね……」
「ったく、なんなのアイツ! アンタのためじゃないけど、ヒーゼリオフ様も一発殴って来てやるわ! あんな水鉄砲じゃ生ぬるいしね!」
「おい、フューリ、一旦これ羽織っとけ」
ティクトレア、ヒーゼリオフが声を掛けてくれて、シシィはどこからか持ってきた布を手渡してくれた。ヴィオレッタとルゥは、ガーティレイに水を浴びせ続けるオルナダ様を「PPが溜まってしまいます」と宥めて、ユミエールは逆に「この際だから徹底的にお仕置きしておいたら?」と煽る。結局オルナダ様はキャサリーヌが仕置役を代わると申し出るまでガーティレイを攻撃し続けた。
周囲に魔物がいないからと油断したばかりに、風呂場は大変な騒ぎになった。僕は服を入れた棚に自分をしまってしまいたい気分に襲われる。オルナダ様も「大丈夫か?」と声をかけてくれるけど、飼い主に庇ってもらって、心配をかけているようでは、飼い犬失格だ。情けなくて、恥ずかしくて、固まってしまった自分が憎い。だけどいまさらガーティレイを殴りに行くわけにもいかないので、僕は「大丈夫です」と立ち上がった。
「みなさん、お寛ぎのところ、すみません。ありがとうございました」
「お前が謝ることはない。悪いのはガーティレイなんだからな」
オルナダ様はふわりと浮かんで、頭を撫でてくれた。それからみんなに解散するように言って、僕の背中にブラシをかけてくれた。飼い主にこんなことをさせるなんてと初めは思ったけど、背中としっぽを梳かれているうちに気持ちが落ち着いたので、やってもらえて良かった。
ブラシがけが終わって僕はオルナダ様と浴槽へ向かう。浴槽周りを覆っているスライムを抜けると、鉄の匂いがぐわっと鼻を突いた。
「ふはは。お前にはちょっと匂いがキツイか? だがこの湯は傷に効いてな、ダンジョンに隣接させるにはもってこいの泉質なんだ」
オルナダ様はカラカラと笑って、赤いタイルに囲まれた黄色い泥水のようなお湯を指す。イラヴァールの風呂屋に張っている白色のお湯とはまるで違う。温泉って種類によってこんなに違うのかと僕は驚いた。
円形の浴槽の周りには一定間隔をおいて、竜の形をした石製の湯口がついていて、口からだばだばとお湯を吐き出していた。浴槽のさらに先は崖になっているそうで、オルナダ様は「昼間ならこの砂漠地帯を一望できる。なかなか絶景だぞ」と得意げに語った。今は夜なので代わりに見渡す限りの星空が広がっていた。
湯口は奥に行くほど熱いお湯を出しているそうで、みんな真ん中より手前のエリアでお湯に浸かっていた。ガーティレイはお仕置きがてら、一番熱いエリアに連れて行かれたらしく、キャサリーヌと一緒に一番奥で身体を沈めていた。一緒に入っているキャサリーヌは大丈夫なのかと思ったけど、苦悶の表情を浮かべるガーティレイとは対照的に寛いだ顔をしているので、たぶん熱いほうが好きなんだろう。
ガーティレイ以外の調査班三人は左側、ティクトレアたちは右側の湯口の近くに集まって談笑していた。僕はオルナダ様に手を引かれ、ティクトレアたちのいる右側の湯口へ向かった。僕はあまり肌を晒さないよう、途中からお湯に身体を浸けてあとをついて行った。
「よし、ここに座れ」
オルナダ様は浴槽の縁まで歩いていって、縁側に僕を座らせると、身体を投げ出すようにして僕を椅子にした。
「二人はもうすっかり仲良しなのね。就任式はついこの前だったのに」
「は? なによ、オル。アンタそんな採用したばっかのヤツにこんなにべたべたしてんの? べ、別にどうでも良いけど!」
「こいつが正式採用を受けるまで、長ーーーい試用期間があったからな。その間にしっかり距離を詰めたんだ。ガードが固くて口説き落とすのに苦労したぞ。なぁ、フューリ」
「は、はい。えと、すみません?」
オルナダ様は胸に凭れて僕を見上げる。オルナダ様の背中と僕のお腹がますます密着した。二人きりなら薄い身体をきゅっと抱きしめて、胸いっぱいに匂いを吸い込み、耳や首の甘噛みや、控えめなお胸に触れることを許してほしいとねだるところだけど、生憎今は人の目がある。くっついていられること自体はうれしいのだけど、なんだかおあづけをされているようでもどかしい。それに人前なのに、裸でこんなにくっつくなんてなんだかイヤラシイことのような気がしてしまう。僕はドギマギして、ティクトレアやヒーゼリオフの言葉がまるで耳に入らなかった。


第十話公開しました。

一応、裸のエリアと着衣のエリアはわけられますが、基本的に魔導圏には裸が恥ずかしいという文化がありません。
そのため露天風呂には仕切りがなく、絶景を堪能しながらお湯に浸かることができます。

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