2022
15
Nov

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」25


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。

第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。

単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十五話です。


【ケイシイ 一】

ボクらの住まいである迎賓館は、イラヴァールで一番デカくてゴージャスな建物だ。その点はサイコー。だけどそんなサイコーの住まいにも色々と欠点はある。まず掃除や手入れが面倒なとこ。次にデカい部屋は客用だからって、ボクらは地下の狭い部屋しかもらえないとこ。そして一番最悪なのが、裏手の一階にある、このスライム部屋だ。この部屋は壁と床全面にスライムが敷かれたなにもない広い空間で、ティッキーが集めたガキや、イラヴァール中の犬猫を風呂に入れるために使われている。
今日は月に二回の犬猫泡々パーティ。朝からボクらティッキー飼い犬軍団が総出で、風呂の準備に、犬猫共の回収に、洗いに、乾かしに、健康チェックにと、貴族生まれのボクちゃんには、全く不向きの卑しい仕事ばかりやらされている。少しでも楽をしようと呼び寄せた助っ人は一向に現れないし、ほとほとうんざりしていた。
「待て! 待て!! だから待てだって言ってるだろうが、このウンコ畜生共がぁ!!」
「怒鳴るなよ、ケイシイ! 余計に逃げるだろうが!」
「どの道こいつら、逃げまくるんだから一緒だろ! 待てやぁ!」
ボクは同僚たちと一緒に、夕方まで捕まらずに風呂を逃れた犬猫共を追い回す。操作魔法で身体を持ち上げ走れないようにして引き寄せるけど、往生際悪く空中でジタバタ暴れるモンだから、怪我をさせてはいけないってルールを守ろうと思うと、一度放さざるを得ない。そしてヤツラはまた逃げだす。その繰り返し。
あーもー、誰かなんとかしてくれー! と心の中で叫んだそのとき、廊下側のドアが開き、薄らデカい救世主が現れた。青毛のしっぽをブンスカ振って、犬猫の存在に目を輝かせている。
「やぁやぁ、遅かったじゃないっすか~。待ちかねたっすよ~」
ボクは巨人の救世主、もといフューリ殿下に素早く駆け寄って声をかけた。仲間内ではこいつと一番交流が深いのはボク。したがってこいつの「どうして犬と猫がこんなに?」という質問に答えるのもボクの仕事だ。
「いやぁ、今日は風呂の日っすからね~。イラヴァール中から~、犬猫を集めて~、洗って~、健康状態のチェックもしないとなんで~、朝からてんやわんやなんすよ~」
これ幸いと畜生洗いのために嵌めていたスライムグローブを外して、できるだけゆっくり説明をする。するとフューリは、緩みきった顔で、
「え、洗うんですか? それは、楽しそうですね」
としっぽをさらに激しく振った。
思った通り、動物大好きっ子だ。時々仲間の人兎の尻を眺めてうっとりしてるから、そうだろうと思ったけど大当たりだった。ボクはすかさず「じゃあ、やってみるかい?」とスライムグローブを差し出す。
「い、良いんですか!?」
「どーぞどーぞ、やっちゃって~。見てわかると思うけど、まだ洗われてないのはあっちの隅にいる連中ね。言っとくけど、今残ってるのは、風呂嫌いの厄介者ばっかだから、一筋縄じゃあいかないっすよ」
同僚たちは苦笑いをして「いや」だの、「しかし」だのと、歯切れの悪いことを言いながら、お目々キラキラのフューリから目を逸らしたけど、ボクはそのデカい手にしっかりとグローブを握らせ、広大な背中をポンポン叩いて励ましの言葉を送った。
「えぇと……。我々はいつも、しばらく遊んでやって、疲れさせてから洗うようにしておりますので……。よろしければ、こちらのスライムボールをお使いください」
「あ、遊んで良いんですか!?」
同僚が遠慮がちにボールを差し出すと、フューリはますます目を輝かせて、しっぽを振った。
獣も魔物も殺しまくりの食いまくりのクセに、犬猫にはこの反応ってのが理解不能だけど、狙い通り仕事の押し付けには成功した。フューリは少し考えてから受け取ったボールを床に置き、『捕食者の気配』とかいう例のおっかない技能を完全解除して「大丈夫ですよ~、怖くないですよ~」と声をかけつつ、ゆっくりと姿勢を低くして、床に腹這いに寝そべった。
「さすがは殿下。動物の扱いを心得ていらっしゃる」
同僚らがフューリの行動を褒めた。だけどボクに言わせれば、これはNGだ。自分から行くと逃げられるから、向こうから来させる作戦なんだろうが、畜生共のペースに合わせてたんじゃ、いつまで経ってもこの忌々しい仕事が片付かない。
「これじゃ埒が明かないっしょ。とっ捕まえて乗っけちまおう。囲っとくから、中入れてって~」
ボクはフューリの周りに魔力板で犬猫が超えられない高さの壁を作る。比較的大人しい猫の首根っこを操作魔法で掴んで浮かせ、フューリの背中の上に落として、同僚たちに自分に倣うようにとジェスチャーした。みんな初めはボクの行動を避難するような顔をしたけど、フューリが嫌がる素振りを見せないどころか、しっぽを振りまくっているのを見て、ひとり、またひとりと、魔法で犬猫を囲いに入れだす。
フューリは囲いの中の犬猫が増えれば増えるほど、しっぽを激しく振った。畜生に身体中あちこち踏みつけられ、鼻水をつけられて喜ぶなんて変態もいいトコだ。ボクちゃんドン引き。きっとオル様にも踏んでもらったりしてるんだろう。そっちはだいぶ羨ましい。
「あぁ……、あぁ……。みんな、カワイイですねぇ……。ぐすっ……」
変態ぶりにドン引いていたら、これまでじっと動かなかったフューリが、自分の正面にいる犬に触って泣き出した。耳に鼻を突っ込まれて、ふんふんされているから、ボクでも泣きたくなるけど、フューリが泣いてる理由は別だろう。
「泣いてんの……?」
と聞くと、
「うぅ……。僕、ワンコやニャンコと遊ぶのが夢だったんですけど、技能のせいで動物に怖がられちゃってたので、諦めてて……。ぐすん」
と涙声が返ってきた。
「そ、それは、なんというか……」
「お、おめでとうございます……?」
同僚ズも引き気味に祝いの言葉をかける。ボクは素直に「引くっすわー」とコメントしておいた。
だけどフューリの作戦はそれなりに有効だったようで、畜生共はだんだんと警戒を解いて、フューリが身体を起こしても逃げなくなり、頭や身体を撫でさせるようになっていった。するとフューリはデレデレの顔でボクのほうを向いて、魔力板を外すよう言って畜生共と遊びだした。
その遊び方が完全に畜生同士のそれで、ボクはまたドン引きした。
しっぽを振って、四足で走って、ハウハウ言いながら、追いかけたり、追いかけられたり、向き合って飛び付き合ったりしている。遊び方にもドン引きだけど、本物と見紛うレベルの動きや鳴き声の模倣には、もはや呆れ返って言葉もでなかった。
だけどおかげで畜生共はかなり遊び疲れたようで、一匹、また一匹と、部屋の隅に横たわる。同僚らが操作魔法でそれを捕まえて、順番に風呂に入れていくので、仕方なくボクも参加する。さすがに抵抗は少ないけど、それでもギャーギャーとやかましい声を上げて暴れるし、スキあらば逃げたり噛みついたり引っ掻いたりする気配がムンムンで、実際二、三匹にやられた。
「だぁー、くそぉ! あと何匹いやがるんだ!」
なんて悪態をついてしまうのも仕方がないってもんだ。
「あの……。良かったら、僕、交代しましょうか?」
「いえ、さすがに殿下に……」
「遅い! ボクがその言葉をどれだけ待ってたか!」
おずおずと左手を上げるフューリの申し出をアホな同僚が断ろうとするので、ボクはすかさずシャンプーのボトルをフューリに握らせ「では、僭越ながらボクちゃんが、殿下に畜生共の洗い方をお教えしましょー」と素早くフューリの背後に移動する。同僚ズの非難の目は気にしない。
「ま、見ての通り、工程で分担してるから、フューリはシャンプー塗ったくって、全身泡立てたらOKっすよ。あとはこいつが水魔法で泡流して、あいつが風魔法とかで乾かすんで。あと、犬が暴れてもこっちのヤツが魔法で抑えるんで、バタバタしたら手離しちゃって大丈夫っす。あ、ばっちいからスライムグローブつけたほうが良いっすよ」
「えへへ、わかりました。頑張ります。にへへ……」
なにがそんなに嬉しいのか、フューリはデレデレと犬を撫で「すぐ終わらせるから、良い子にしててね~」と静かにたらいに入れた。フューリが知るわけはないけど、今たらいに入れた犬は風呂嫌いの厄介者連中の中でも一、二を争う暴れん坊だ。良い子になんてしているわけがない。阿鼻叫喚の地獄絵図を思い浮かべ、ボクは高みの見物を決め込む。
ところがどうしたことか、あのクソッタレ犬畜生は、ふぅ~んひゅぅ~んと声を上げはするものの、いつもみたいにジタバタと暴れ回らない。普段ならもう操作魔法でガッチリ拘束している頃だってのに、どうなってんだ?
「殿下が洗われると大人しいですね」
「自分より強い相手とわかるからでしょうか?」
「さすがは殿下。我々とは生き物としての格が違うということですね」
同僚たちも異変に気付いたようで、アホ丸出しのおべんちゃらを口にする。フューリのほうは特に気を良くするということもなく、犬の腹を泡立てつつ「そういうのじゃないですよ」とへらりと笑う。
「ちゃんと抵抗してるんですけど、僕が動きだしを抑えてるので、暴れたくても暴れられないんですよ。ねー? 大人しく見えるだけで、やんちゃだもんねー?」
フューリは上機嫌そうに黒々とした犬の鼻に自分の鼻を近づける。
なんでもないことみたいに言っているが、動きだしを抑えるなんてのは、相手の動きを読むことができなければ出来ない芸当だ。それをこの暴れ犬が名犬に見えるレベルで行っているんだから、その技術力は化け物並、いや、目には自信のあるボクでさえ、初めはどうやってるのかわからなかったから、魔族並と言って良い。人懐っこそうな面をしているくせに、まったくもっておっかないヤツだ。
そういうわけでフューリはあっという間に残りの畜生共を全部洗い終わって、今度は風魔法をかける前の、スライムシートで畜生共の身体を拭いてやる工程へと移った。仕事から開放された洗いとすすぎ担当の同僚たちは、フューリに大げさに礼を言って部屋の片付けを始め、ボクはわしゃわしゃと猫を拭くフューリの正面にすとんと座る。
「いやぁ、しかし、こんなやる必要もない、クソみたいな仕事に進んで手を出すなんて、フューリは働き者っすねぇ」
あくびをしながら寝転がると、同僚ズからすかさず「お前は働かな過ぎだろ!」と総ツッコミが入った。当然ボクはそんなの欠片も気にしない。けどフューリはそうではないようで、遠慮がちに「ケイシイさんって、やっぱりあんまり働かない人なんですか?」と強張った顔でボクを見た。大方、そんなにサボってクビになったりしないのか? って感じの心配でもしてるんだろう。見た目通りのお人好しだ。
「そりゃあ飼い犬なんて職に就いてりゃ、当然サボりまくるっすよ」
「え? で、でもみなさんは……」
「こいつらはいつかは卒業する気でいるんすよ。それか飼い犬って職の本質を理解してないかっすね」
フューリはボクの言う意味が理解できないようで、怪訝そうな顔で首を捻る。
「フューくん、君、飼い犬の役目とは、どんなものだと思うかね?」
「え? そ、それは飼い主さんのお役に立つこと……、ですよね?」
「はい! れーてん!」
「えぇ!?」
ボクの採点にフューリは心底驚いた顔をする。
「そもそも飼い犬ってのは慈善のための制度で、雇用契約じゃあない。だから飼い犬を役立てようとか、飼い主の役に立とうなんて発想は、根本的に大間違いってわけよ」
「で、でもそれじゃ、飼い犬にはなんの役目もないってことになるんじゃ……」
「そうっすよん。基本的に飼い主の庇護下で、のんびりだらだら過ごしてれば、それでOK! お努めご苦労さんってなもんよ。でもそんな飼い犬にも、一個だけ果たすべき役割があるんすが、その役割ってのは……」
「て、てのは……?」
「知りたい?」
「し、知りたい、です……」
喋ってる間に拭き仕事を終わらせたフューリが、ビシッと正座に座り直す。実に愉快な真面目っ子だ。
「ならば教えてしんぜましょう。飼い犬唯一の役割、それは……」
「そ、それは……?」
「飼い主に甘えて、甘えて、甘え倒して、たっぷりもらった小遣いを、きれいさっぱり使い切ることさ!」
「え? なんて……?」
ボクが立ち上がり大仰な身振り付きで答えを授けると、フューリは如何にも真面目っ子らしい反応をした。きっと聞き違いだろうという顔をしてボクを見つめるけど、生憎答えは変わらない。意地悪をしてるってわけでも、ボクの得意な茶目っ気のあるジョークってわけでもなく、紛れもない真実だからだ。
「君だって飼い犬の契約するときに説明されたろう? 一般的に広がってる、飼い犬イコール性奴隷って認識は間違いで、完全慈善活動ってのが正解だってさ」
「そ、それは、まぁ、はい……」
「そんじゃあなんでそんな制度があると思う?」
「え? えぇと、確か、魔族の人は、安全な食事が手元にあったほうが安心だからとか……」
「チッチッチッ。それは飼い犬を持つ理由であって、制度がある理由じゃないっすよん。正解は、富を市場に還元するため! 飼い犬を持てるような連中のトコには、富が集中しやすいっすからね。溜め込み過ぎないように、ボクらが使ってあげないといけないんすよ。つまり良い飼い犬ってのは、穀潰しってこと!」
「あ! わかりました、ジョークですね!」
「いやいや大マジ。ボク、毎年飼い犬組合で還元率トップテン入りして、表彰されてますもん。ちなみに今年はナンバーワンね」
「えぇ? で、でも、そんな、まさか……」
フューリはとても信じられないって顔で、同僚たちの誰かが否定するのを期待するみたいに周りを見回す。だけど残念ながら、みんな苦い顔で目を逸らすくらいしかできない。なぜなら真実だから。
「……申し上げにくいですが、確かに飼い犬制度には、そういう側面もあります」
「そう! だから全ての飼い犬の頂点はボクちゃん! 一番愛されてる飼い犬はボク!」
「ケ、ケイシイさんて、そんなすごい人だったんですか……」
同僚たちが否定しないのを見たフューリは、途端にボクに羨望の目を向ける。
「ふふん。見直したかね? 見直しただろう? まぁ困ったコトがあったら、この大先輩を頼ってくれたまえよ。ま、有料っすけどね」
「いや、あの、殿下! あくまで一つの側面ですからね! こんなヤツの言うことを真に受けちゃいけませんよ!」
「そんなこと言ってるから、君らは表彰されないのだよ」
「真っ当な飼い犬は、組合の表彰なんかより、飼い主に喜んでいただくことを優先するものですからね!」
「青いなぁ、青い青い。飼い犬の本懐は喜ばれることじゃなく、愛されることっすよ?」
「なにおう!? いっつもティクトレア様にご迷惑をおかけしてるお前が、一番愛されてるとでも言う気か!?」
「あ、あの……。ケンカは……。その……」
新米の同僚が声を荒げると、フューリはおろおろしつつ、ボクと新米の間に立つ。見事なおりこうちゃんだ。
「殿下! こいつの言うことなんて無視してくださいね!」
「あ、あはは……。えぇと、その、僕は、喜んでもらうのが好きなので……、大丈夫です、はい……」
「ま、フューリはオル様唯一の飼い犬で、ライバルいないからボクの愛されテクは必要なさそうっすもんね。いずれ困ったときにでも思い出してくれれば良いっすよん。特別に初回無料特典もつけてあげよう」
「ケイシイ! いい加減に黙らないか!」
「おっわ~、こっわ~」
古株の同僚がドシンと床を踏みつけたんで、ボクはひょひょいと壁際に下がった。フューリは同僚たちに囲まれて「あいつの言うことは真に受けないでください」と重ねて警告されている。まぁでも、フューリの表情を見るに、食いつきは十分そうだ。放っておいてもそのうち向こうから教えを請いに来るだろう。となるともうこの部屋に用はない。ティッキーが帰ってくる前にとんずらしよう。
ボクはすすすーっとドアの前まで移動して、そっとノブに手をかけた。が、一歩遅かった。
「フューくん、お待たせ! ごめんね、用事が長引いちゃって……。待ったせてしまったかしら?」
「あ、ティクトレア閣下、おかえりなさい。みなさんにワンコニャンコと遊ばせていただいたので、あっという間でした。えへへ……」
ティッキーを振り返ったフューリが、その場にしゃがんで犬の頭を撫でた。ティッキーはその光景がツボに入ったようで、小さく「ぐふっ」と呻き口元を押さえる。自分より頭三つ分もデカい相手に、よくあんな反応ができるもんだ。
「う、うふふふふ……。な、なんだかこの子たちの仕事を、手伝ってもらっちゃったみたいね。そうだ、お礼と言ったらなんだけど、夕食を食べていって。ケイシイと、あと二人くらい来てくれる? フューくんは用意ができるまでゆっくりしてて」
「うぇ~い……」
ツボってるスキに逃げようと廊下に踏み出したところで、操作魔法で襟首を掴まれた。ボクは抵抗を諦め、二人の同僚に両脇を抱えられて、館で一番デカいダイニングルームへと拉致された。
「はぁ……、はぁ……ッ。フ、フューくんと、愛玩動物の組合せは想像以上に危険ね……。鼻血を噴くかと思ったわ……」
ボクには巨人と畜生のツーショットとどこに可愛さを感じているのか皆目理解できないが、ティッキーにはクリティカルヒットだったっぽい。ドアに入るや胸やら顔やらを抑えて、くねくねしている。
「はっ! そうだ、フューくんが動物たちと遊んでたって言ってたけど、部屋の映録器は動いてたわよね?」
「も、もちろんです。確認なさいますか?」
「ちょいちょいちょーい。さっきので鼻血噴きそうっつってんのに、そんなの今見せちゃマズイっしょ。先にフューリの件を片付けないと」
目を輝かせるティッキーに言われて、魔光板を作り出そうをする同僚に、ボクは待ったをかける。万一倒れられでもしたら、起きるまでフューリの接待なんてことになりかねない。ボクちゃんはささっとこのミッションを終わらせて、小遣いをもらって、風呂屋に行きたいんだってーのにそんなの困る。
「うぅ……。ケイシイ、あなたって本当に憎らしい子ね……」
「いやいやいや、今のは的確でしょう!? むしろ褒められるトコっすよね!?」
「それがまた憎らしいのよ……。でも仕方ないわ。切り替えていきましょう。じゃあみんな、コレ、味見してみてくれる?」
ティッキーは一度じっとりした目でボクを睨み、ダイニングテーブルの上にむっちゃ変な臭いの、ちょーグロい色形をした謎マテリアルを転移させる。事前に行った打ち合わせの内容と、〝味見〟というワード、謎マテリアルが大皿に乗せられていることから察するに、ティッキーの中ではこいつは料理って認識になってるようだ。まずはその認識をぶっ壊さないと、命がヤバい。
「うーん、どこの味を見れば良いんすかね? 皿? ボクちゃん、そういうのはスライムのが良いと思うなぁ~」
「はぁ……。食わず嫌いのあなたを連れてきたのは失敗だったわね……。二人にお願いするわ」
「し、承知いたしました……」
「い、いただきます……」
「ちょっとちょっと、本気? 正気? 死ぬ気ぃ? 君ら、ひょっとして、バカなのか? どう見ても生き物が口に入れて良い代物じゃないっしょ、コレ?」
震える手でスプーンを握る同僚たちを止めてティッキーを振り返る。
「つーか、コレ、自分で味見したんすか? 自分が食えないようなモノ、人の口に突っ込んだらダメっすよ」
「もちろん、ちゃんとしたわよ。舌が焦げるくらい熱かったから、強化魔法とか色々使ったけど、ちゃんと美味しいんだから」
「食うのに魔法がいるようなマテリアルを、普通料理なんて呼びませんからね!」
「あ、あなたが、フューくんを喜ばせるなら、食事を出すのが一番って言ったから、わざわざ朝から準備して作ったんじゃない!」
「ボクはティッキーが作るのはやめたほうが良いって止めました! 絶対こうなるから普通にシェフに作らせましょーって言いましたよ! 二人も聞いてたっすよね!?」
同僚ズを振り返ると、二人はスプーンを握ったまま目を逸らす。
おいおい、お前ら、ここでボクが言い合いに負けたら、目の前の紫色のゴボゴボしたグロマテリアル食うことになるんだぞ! 最悪お前らが食べたあと万一無事だったら、それが全員の夕食になるんだぞ! 少しは援護しろっての!!
ボクは心の中で叫びつつ、自分だけは服毒を回避しようと、ティッキーに断固拒否の姿勢を示すことにした。天井の隅っこに跳んで、両手足を壁につけて突っ張り「とにかくボクはそんな恐ろしいもの絶対口に入れませんからねー!」と追い詰められた猫のような威嚇してみせる。
するとティッキーはようやく自分の生み出した物体のおぞましさに気付いたのか「このまま出すのは止めたほうが良さそうね」と肩を落とし、こめかみを抑えてグロマテリアルの周囲に紫色の魔法陣を生み出す。グロマテリアルがうねうねと形を変えて、最高級のシェルヴァンニュ料理に変わる。高度な治癒魔法にも使われる再生術を料理に応用した生成魔法だ。魔法で生成された料理ってのは、本物に比べると味も匂いも食感も、微妙に違和感がある出来になるからボクは嫌いだけど、それでもさっきまでの不気味の塊に比べたらかなりマシと言える。
「どう? これなら良いんじゃないかしら?」
「そ、そうですね。きっと殿下もお喜びになるかと」
「し、試食をしそこねてしまったので、味の変化はわかりませんが、見た目は格段に良くなったと思います」
「はいはい。そんじゃあボクちゃんは殿下呼んで来ますんで、二人はさっきのでろでろに汚染されたテーブルクロスの処理とかよろしく~」
ボクは同僚ズがティッキーの機嫌を取る間に、ささっとダイニングを出てスライム部屋へ戻り「ティッキーがお呼びっすよー」と手を叩く。片付けは終わっていたけど、フューリのヤツがまだ畜生共と戯れているせいで、部屋の中はまだケダモノパラダイスだった。
「あー、フューリはまだ遊んでていいっすよ。ほかはすぐダイニングへ直行。こっちはボクがやっとくっすよん」
フューリも連れて戻っても良かったが、テーブルセッティングが済んでなかったら手伝わされる可能性がある。先に行かせて人手が足りるようにしたほうが楽だ。こっちはもう外へ通じる扉を開けて、畜生共を街に返すだけ。扉を開いて、おやつを外へ放り投げるだけだから一瞬で済むしね。
てことでボクは適当な時間フューリを遊ばせてから、畜生共を外に追い出し、ダイニングへと向かった。
「あのぅ……、ケイシイさん……」
「ん? なんすか?」
先に立って廊下を歩いてると、フューリが遠慮がちに話しかけてきたんで、ボクは足を止めて振り返る。
「えと……。こ、こんなコトを言うのは、失礼かもしれないんですけど……。その、ケイシイさんは、もう少しおサボりを控えたほうが良いんじゃないかな、と……。ほ、ほかの飼い犬の方たちも、そのうちクビになるんじゃないかって心配されてましたし……」
「お! ボクのサボりテクについて聞いちゃった? あまりに天才的で感動させちゃったっすかね?」
同僚ズはボクが席を外している間、フューリに色々とボクのダメっぷりを吹き込んでくれたらしい。バッチリ計画通りだ。
「心配してくれてるみたいっすけど、大丈夫っすよ。世界ナンバーワン愛され飼い犬のボクちゃんがクビになるなんて百%ありえないんで。実際クビになんてなってないっしょ?」
「は、はい……。で、でも、危ないんじゃ……」
「ぜーんぜん大丈夫っすよ。てか使えないからって、クビになる飼い犬なんていないんすよ。みんな勘違いしてるけど、むしろ出来るヤツのが、卒業って形でクビになってくんすよね。フューリもずっとオル様に飼われてたいなら、適度に無能かましといたほうが良いっすよ」
「え? えぇぇ!? あの、そ、それってどういう……?」
「知りたい?」
「し、知りたい、です……」
はい、喰い付いた。ちょー楽勝。かがんでボクと目の高さを合わせて、腹の前で両手を握りしめちゃったりしてるし、喰い付き度合いも完璧。
「しょーがないっすね~。今回は初回無料特典ってコトで、特別にタダで、愛され飼い犬のコツを教えちゃいましょ~。ただし他言は無用っすよ」
「は、はい……。わかりました、誰にも言いません」
「よろしい。でわここで問題です。もし君にガキかペットが居たとして、どちらにより多くの時間を割くでしょう? A、言うことをよく聞いて、自分の面倒は自分で見れる上に、全く問題を起こさないお利口さん。B、あまり言うことを聞かなくて、手がかかる上に、頻繁に問題を起こすアホの子。さー、どっち?」
「そ、それは……、B、ですよね……」
「正解。じゃあ、一度しか会ったことがないヤツと、十回くらい会ってるヤツ。一緒に飯を食いに行くならどっちと行きたい?」
「じ、十回会ってる人、だと思います」
「ボクちゃんの言いたいコトがわかるかにゃ?」
ボクはちょこっと勿体つけるため、フューリの顔を覗き込んで首を捻ってみせる。
「え? うーん……。Bの子には餌付けが効く? とかですか?」
「うん。全く違う。つまり、人間は接触回数が多いほど好感度が上がりやすく、手のかかる子ってのは必然的に接触回数が上がるってコトっすよ」
「な、なるほ、ど……? で、でも、あんまり手がかかったり、問題起こしてばかりじゃ……」
「そこは匙加減っすよ。さっき洗ってた連中で想像してみなって。恐ろしく凶暴で、こっちの手を噛んだり、ほかのとケンカして怪我させるようなのなら処分するだろうけど、呼んだらすぐ来て大人しく洗われるヤツと、逃げ回って全然捕まらないヤツなら、きっと後者のが可愛く思えるんじゃないかい?」
「そ、それは、確かに……」
フューリは眉毛をきゅっと寄せつつも、神妙な顔をした。あともうひと押し。
「よろしい。理解したようだから、ここで大先輩であるボクから新米の君に、魔族に伝わる格言を授けよう……」
「お、お願いします!」
「………………〝アホな子ほどカワイイ〟……さ」
背中を向け、たっぷり溜めを作ってから振り返ると、フューリはショックを受けたみたいに目と口をぱかっと開ける。ダメ押しで「ステボで調べてごらんよ。ちゃんと存在する格言だからさ」と確認を促してやる。フューリは口を開けたままステボを操作して、さらに目を見開く。
「ま、そうは言っても、実際にアホの子ムーブをかますには、相当な度胸が必要っすから、意図的にやろうってヤツは少ないっすけどね。どこまでOKで、どっからがNGかの見極めが出来ないと、普通に疎まれちゃったりとかもするし。けど、上手くできれば、その他の飼い犬とは段違いに可愛がってもらえるっすよ。ぶっちゃけ最強っすね」
「そ、そんなに違うんですか?」
「モチのロンよ。ティッキーが新ダンジョンに見学に行ったときのお供も、ランピャンに派遣したチームのリーダーもボク、それに毎日様子を見に来てくれてたっしょ?」
見学のときはボクが勝手に冷やかしでついてっただけだし、ランピャンのは罰ゲームみたいなモンで、様子を見に来てたのは、フューリに飼い犬思いの飼い主アピールをするためだけど、そんなことフューリは知る由もない。それまで疑いの色が濃厚だった瞳が、羨望にキラキラと輝きだす。
「ケイシイさん、本当愛されナンバーワン飼い犬なんですね!」
「そそそ。だからクビの心配なんて、全然ナッシングっす」
「なんだか羨ましいです。僕はいつも、クビにされないか不安なので……」
「フューリは出来る飼い犬を目指しすぎなんすよ。試しに何度か失敗してみることをおすすめするね」
「で、でも……。一回の失敗でってこともあり得るんじゃ……」
「ないない。フューリは成人してイラヴァールに出てきたって感じみたいっすけど、ヒューマー圏の成人って百歳にも満たないっすよね? そんな歳の人間なんて、ボクらエルフや魔族にとっちゃ、赤ん坊と変わんないっすから。たとえトイレを失敗したって、笑って許してくれますよん」
「ト、トイレの失敗は、僕が嫌ですね……」
「いや、あくまで例えっすからね。良い失敗が思いつかないんなら、この大先輩が代わりに考えてあげましょーか?」
「え? い、良いんですか?」
「任せたまえよ。オル様の好みも考慮した、ベストな失敗を提案してあげるとも。ただし有料っすけどね」
「お、おいくらでしょうか……?」
ハイ! ご新規一名様ご案内! 久しぶりの上客ゲットだぜ!
内心盛大にガッツポーズを取りつつ、ボクは「あとでステボに料金表送っとくっす」と軽く会話を流して、再びダイニングへ向かって足を進めた。
「今日の夕食はティッキーのお手製なんすけど、はっきり言って珍妙な味っすから、覚悟しといたほうが良いっすよ」
「閣下が料理を?」
「いやぁ、アレは料理ってより生成っすね。魔法で材料をぐんにゃぐんにゃ変形させて作るんすよ」
「へぇ。そんなコトが出来るなんて、やっぱり魔族の方はすごいですね」
「はっはっはっ。アレを食べても同じことが言えるか見ものっすね。ティッキー! フューくんお連れしましたよん」
ババーンとダイニングの扉を開けると、ちょうどセッティングが終わったところで、ジャストタイミングだった。普段だったらこういうときティッキーはボクをじっとり睨んで「狙いすましたようなタイミングね」と嫌味を言うのだけど、今日はスルーっとボクを素通りして「さぁ入って入って」と上機嫌に自分の隣の席、つまりは普段のボクの席にフューリを座らせた。
縦に長い形状のデカくて豪華絢爛なダイニングルームに、同じく長くてデカいテーブルがドンと置かれて、その上に魔法で生成された見た目だけはゴージャスな料理がずらりと並んでいる。「わぁ」と声を上げるフューリを横目に、その正面に座り、隠匿した鑑定魔法を駆使して、テーブルの上から同僚たちが用意しただろう、まともな料理を探す。
「たくさんあるから、みんな遠慮しないで食べてね」
「は、はい。いただきます」
全員が食卓に着き、みんな思い思いに大皿に盛られた料理を自分の皿に移す。フューリは自分の近くにある肉料理を中心に皿に取り、同僚たちはティッキーの生成物と料理をバランスよく取っていく。生成物の元の状態を知るボクはもちろん料理だけを取る。
「お味はどうかしら?」
「お、美味しいです! ケイシイさんが魔法で生成したって言っていましたけど、魔法でこんな美味しいごはんが作れるなんてすごいですね!」
フューリは生成物を気に入ったようで、笑顔でいらんことを言ってくれやがった。じろりとこっちを睨むティッキーから目を逸らして「わぁ、ボクちゃんの大嫌いなスターゲイジーパイだぁ」とパイをグラタンと交換する。
「閣下、これはなんの肉を使っているんでしょうか? 全然食べたことがない味です! 食感も野菜の茎みたいにジャクジャクしてて不思議ですね!」
「うふふ。それは豚バラ肉のワイン煮込みを再現したものだけど、魔法で生成すると味とか食感が本物とはちょっと違っちゃうの。お口に合わなかったかしら?」
「いえ、そんな、とっても美味しいです! そのぅ、こんな不思議な食感の動物がいるなら、獲って自分でも色々試してみたいなって思ったもので……」
「あら、そうなの? それならたくさん食べて。魔法での料理生成って再現出来ないことがほとんどだから」
「そ、そうなんですか? でもそれなら僕だけたくさん食べるのは……」
「いえ、殿下がお好きなのでしたら、我々は喜んでお譲りいたしますよ!」
「そ、そうですよ。我々はよく食べさせていただいてますから!」
フューリは遠慮がちに見回すが、生成物の微妙さを知る同僚たちは、むしろ全部食ってくれ! ってな勢いで遠慮してみせる。するとフューリのヤツは、礼を言って生成物をぺろりと平らげてしまう。どうやらコイツはマジであの謎物体を美味いと思っているらしい。コイツがランピャンで作った料理のことを思うと、味覚がイカれてるってわけじゃなさそうだから、たぶん〝美味い〟の範囲がものすごく広いんだろう。まったく、おめでたい舌をお持ちですこと。
てなことを思っているうちに、晩餐会は食後のティータイムへ突入した。同僚たちは食事の後片付けや事務作業なんかの仕事があるから、一杯だけ付き合ったあと一礼して各々の持ち場へと去っていった。今ダイニングに残っているは、満足そうに腹をさするフューリと、それを眺めるティッキー、ボクちゃんの三人だけ。
ボクとしては今日のミッション『ティッキーがフューくんの相談に見事なアドバイスをして好感度をアップできるようサポートしつつ、今後ボクちゃんがフューくんを便利に使うための下地作りをしとこう大作戦』をさくっとコンプリートして、夜遊びに繰り出したいところだけど、肝心のフューリが一向にその話題を切り出さない。
『ティッキー。フューくん全然お悩み相談する感じじゃないっすよ? 先攻のヒー様のアドバイスで解決しちゃったんじゃないっすか?』
『なんですって!? あなた、後攻のほうが相手の出方をみて作戦を立てられるから有利って言ってたじゃない!』
『それはティッキーがじゃんけんに負けて、ドヨ~ンとしてたから利点もありますよ~って励ましただけじゃないっすか! とにかく今は、ヒー様がなにを提案したか探ったほうが良いっすよ! シシィの案まんまじゃないかもだし』
フューリと適当な会話をしつつ、ボクらは念話で密談をした。
「こほん。じゃあ、食事も済んだことだし、フューくんのお話を聞きましょうか。任務に行かずに済む方法がないか、だったかしら?」
「あ、はい。そうなんですけど、実はヒーゼリオフ陛下からいただいた作戦で解決しそうなんです」
「そ、そうなの……。それは良かったわ」
ティッキーは笑顔を引き攣らせつつ、ティーカップを口に運ぶ。そして予想を的中させたボクを睨む。
「へぇ~、一発解決とは、ヒー様もなかなかやるっすねぇ。ちなみにどんな案だったんすか?」
「ヒーゼリオフ陛下に定期的に稽古をつけていただくんです。正確にはそのフリなんですが、極拳の魔王との稽古のほうが、変な場所に行くよりもオルナダ様にとって価値があるから、きっと取り下げてくれるって」
「うわぁ。めっちゃ、そのまんまっすねぇ」
「? まんま……?」
「あぁ、いや、意外とシンプルだなぁって……。てかそれだけでホントに大丈夫っすか?」
「え……?」
ちょろっと疑いの目を向けてやると、フューリは一発で顔に不安の色を浮かべる。
「や~、だってホラ、フューくんは格闘は今でも十分強いじゃないっすか。そりゃヒー様に稽古つけてもらったら、さらに強くなるでしょーけど、なーんかインパクトにかけるというか……。ねぇ? ティッキー」
「そ、そうね。食事で例えるなら、格闘の稽古は、量が増えるようなもので、新しい料理が出てくるのとは違うってところかしら……」
「新しい料理の稽古もしたほうが良いんじゃないっすか?」
「え? そ、それはどういう……?」
「そうねぇ。わたくしが魔法を教えるのはどうかしら? フューくんは素質もあるし、きっとすぐにオルもビックリするような魔法が使えるようになるわよ」
「え? で、でも……。ヒーゼリオフ陛下にも言いましたけど、ご迷惑では? それに、その、すっっっっっごくお高いですよね……? ぼ、僕、オルナダ様に飼われたコトで、すでに巨額の借金が……」
「あら。ヒーゼったらそんなに高額な報酬を請求したの?」
「い、いえ……。陛下は稽古一回につき、手料理一回で良いと……」
魔王相手に支払う対価が料理一回とは、衝撃的な破格だ。受け取るものが稽古でなければ超絶羨ましい。一応フューリも破格であることは認識しているようで、きゅーっとデカい身体を縮めている。
ここでティッキーが「わたくしも同じで良いわ」とか言い出す前に、よりグレードの高い報酬を提案すると、ボクちゃんはボーナスがもらえるのだ。たぶん。
「そういうことならティッキーは、マッサージ一回とかで教えてあげたらどうっすか? いつもボクらに肩とか脚とか揉ませてるし」
「ひょえぇ!? マッサージって、お触り? フューくんに? それってすごく性……」
「はーい。ティッキー、一旦お口閉じて~。普通の凝りをほぐすマッサージね~。ただツボを押すだけで、少しもイヤらしくないヤツですよ~」
「こ、こほん、こほん……。そ、それは、まぁ、その……。フ、フューくんが良いなら、良いかもしれないわね……」
「だそうだけど、どう……?」
半端なく喜んだティッキーを落ち着かせ、フューリを振り返る。これでOKさせればボーナス間違いなしだ。
「え、えぇと……。ありがたいお話なのですが、マッサージって、身体をぎゅって押したりするヤツですよね? 全然やったことないですし、怪我をさせてしまわないか心配なので……」
「そこいら辺は大丈夫! ウチの連中の中でも一番上手いヤツに、やり方教えさせるっすから! マッサージ上手くなったら、きっとオル様にも喜ばれますよ~? 〝食事〟の前にマッサージを要求されて、スキンシップの時間が大幅増量しちゃうかもっすね~」
「そ、それは、素敵です!」
「でしょ、でしょ? ついでに使用人技能も学んだら良いんじゃないっすか? フューくんは飼い主のお世話焼きまくりたい系飼い犬っぽいし」
「……ケイシイ、あなた、フューくんに仕事を押し付けようとしてるわね?」
「すぉんなまさか、滅相もない!」
調子良く交渉を進めていると、ティッキーがぴくりと眉を上げたので、ボクは即座に否定した。
「ボクはただ、二人にとってベストな取引になるよう、提案をしてるだけっすよ。ティッキーはフューくんがここに通って色々仕事してくれたらウハウハだし、フューくんだって、使える飼い犬のなるための技なら、いくらだって知りたいっすよね?」
「は、はい! それはもちろん……」
「てことですし、ボクちゃん的にはなかなか良い条件だと思うんすけど、ティッキーはどうかにゃ?」
「わ、わたくしは、さっきも言った通り、フューくんが良いなら構わないわ」
「ぼ、僕もそんなことで良いならありがたいです……。で、でも、閣下にマッサージをしても大丈夫なレベルになるまで時間がかかると思いますし……、教えていただく飼い犬のみなさんへの報酬は、閣下へのとは別になりますよね?」
「その辺の交渉は任しといてくださいよ。予算を教えてもらえたら、その範囲でなんとかなるように……」
「フューくんは教わる過程で実際に仕事もしてくれると思うから、その分の報酬をわたくしのほうで、適切に割り振るから心配しないで」
せっかく交渉役を買って出たのに、速攻でティッキーに潰された。マージンを取るチャンスだったのに残念。けどまぁフューリはこの条件で「よろしくお願いします」と頭を下げたし、金を毟るチャンスは今後いくらでもある。ティッキーもそのうち実現するだろうフューリのマッサージに浮かれているし、今夜は十分儲けたと言って良い。
ボクはお開きの方向へ会話を誘導し、ティッキーからガッツリボーナスをもらって、夜の街へと繰り出した。


洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。

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