2019
13
Jul

百合小説

創作百合小説『桜のリング』性別がない世界観での学生百合2(ハイエナ)

沖ノブ(ノブ沖)で評判の良かった、同タイトル小説のオリジナルリメイク版です。
完成したら表紙付けてkindleで出版する予定。プライスマッチが通ったら無料、通らなかったら99円になると思います。
ハイエナ適用で性別のない世界観になっている点だけご注意を。

沖ノブ版はこちらへ。

あらすじ

ある事件をきっかけに、大の仲良しだった和田と疎遠になってしまった中学生、槙田。
人気者ぶりに磨きのかかった和田を遠くから眺める日々の中、熱中症でダウンしていたところを和田に助けられ、恋心を自覚してしまい…。

以下から本編です。


午後になると、気温はますます上がった。湿度も高くて、どこにいても、湯だったお鍋の側にいるみたいだ。
スマホを見ていたクラスメイトが、「午後四十度になるって」と言うと、教室中からげんなりした声が上がった。
そんな中、五時間目は体育。それもバスケットボール。パスやドリブルの練習だけでバテバテだった私は、一回目の試合が終わる頃には、頭痛、めまい、吐き気を催してしまう。保健室行きは先生に却下された。殺す気かと思った。仕方なしに、少しでも涼しいところへと、外に出てみる。けれど体感温度にはあまり違いがなく、風もない。立っているのも辛くて、私はその場に座り込む。コンクリートが少し冷たかったので、できるだけ身体をくっつけるようにして座り、目を閉じた。公園にある、丸い遊具に乗っているみたいに、頭がぐるんぐるんする。

「ちゃんと水分摂らんと死ぬぞ」

ふいに、火照った頬に冷たいものが当てられた。頭に溜まった熱が、するすると奪われていく気がした。
まだ、だるさと吐き気が酷く、顔を上げる気にはならない。けれど声で、この心地よさをくれている相手が誰なのかはわかった。うっすら目を開けると、ジャージの赤がぼやけて見える。

「…………またサボってるんですか?」
「ふん、お前も体育くらいサボればええじゃろうに。ほれ、保健室に行くぞ」

声の主が、呆れたように鼻を鳴らす。清涼飲料のペットボトルを握らせて、私の身体を軽々と持ち上げた。切れ切れの呼吸音が聞こえる。目をやると、流れた汗が顎の先から落ちるのが見えた。

「……近づくなって言ってたクセに、いいんですか、ロップ?」
「非常時は別じゃ、黙っとけ」

若さまは私を抱えたまま、足早に保健室へ歩いた。
ロップというのは、若さまのあだ名だ。本名の{和田六賦|わだむつわか}を、当時小学二年の私が読み間違えて以来、定着した。もっとも、元から地元にいる子たちはみんな、ワカか、ワカサマと呼んでいて、このあだ名を使うのは、ヨソモノの私だけだったけれど。

保健室へ着くなり、ベッドへ横たえられた。エアコンの効いた保健室のベッドは、ひんやりとしていて、気持ちが良い。若さま、もとい、ロップが冷凍庫から勝手に保冷剤を引っ張り出す。タオルが見当たらないからとワイシャツを脱ぎ、綺麗に畳んで、保冷剤と一緒に頭の下に入れてくれた。保健室が無人であることについて、職務怠慢だなんだと悪態をつきながら、スマホをいじっている。

「むーん……、熱中症のときは、身体を冷やして水分補給、服を緩め……。というか熱中症でいいんか……? 槙田、症状は?」
「ふぇ? えーと……、めまいと、頭痛と、吐き気と、だるいのと……。あ、でも、だいぶマシになりました」

答えると、ロップは強張っていた顔を緩めた。ベッドに転がっていたペットボトルを拾い上げ、「飲めるか?」と、手渡してくる。私は起き上がって、一気に半分ほど飲み干す。あまり心配をかけたくなかった。はぁ、と息をついて、ロップを見る。首にかかった革紐が目に付いた。

「……アクセサリー、嫌いじゃありませんでした?」

ロップの胸元には、二十はあるだろう大量の指輪がぶら下がっている。

「ん、おお……。これは、アクセっちゅーか、盗難防止にのう。今はあまり無いが、クセが抜けんのじゃ」
「あぁ……」

小学生の頃のロップは、何故かよく持ち物を盗られていた。正確には、別の物と交換されていたのだ。
例えば、机の上に使いかけのポケットティッシュを出しておくと、いつの間にか、新しいポケットティッシュになったり、箱ティッシュになったり、保湿ティッシュになったりした。盗られてもロップが怒らない物でしか起こらなかったけど、このことでロップは、人に触られたくないものは、常に持ち歩くようになったのだ。

「槙田はこういうの興味ないんか? というか最近どうじゃ? 少しは丈夫になったか? 敬語は相変わらずみたいじゃけど」

ロップがベッドに腰かける。人目がないせいか、以前と変わらない調子で聞いてくれた。こんなに長く話すのはいつぶりだろう。じわじわと、気持ちが明るくなる。私は、「ロップが遊んでくれないから退屈ですよ」と、告げようと思ったが、それは短い息と一緒に飲み込まれてしまった。ロップの手の平が、私のおでこに触れたせいだ。
前髪を避けられる。すっと顔が近づいてくるのが、スローモーションのように見えた。伏せられたまつ毛が長い。
おでことおでこがくっつくと、バリバリと電気でも通されたみたいに、頭のてっぺんから、手足の指の先まで、全身が痺れるような感じがした。

「ちっと熱いの。風邪か熱中症かわからんけど、まだまだ軟弱じゃな」

チカチカと、白く瞬く視界の中で、ロップがからかうみたいに笑った。
痺れの残る指先が震える。身体はギュッと硬直して動かない。なんだこれわ。
黙って固まっていると、ロップは私のおでこにある傷跡を、ついついとなぞりだす。それがたまらなくくすぐったく感じて、私はぶるぶると頭を振った。

「ななな、軟弱じゃないです! 部活の後でも吐かなくなりましたし! 今なら不審者も倒せます!」
「いやいや。倒さんでいいわ。そういうのはサツに任せておけ」

ロップが若干引き気味に、ひっくり返った大声を出した私をなだめる。

「そそ、そうですね! ロップと会わないなら、不審者寄ってきたりしませんし! 実際、今は平和ですし!」

取り繕おうと、手当たり次第に言葉を並べたら、言いたかったこととはまるっきり逆のセリフになった。
しまった、ちがう、そうじゃない。
私は慌てて言い直そうとする。けれどロップは、ケラケラと笑って、「感謝せいよ」と、私の頭をくしゃくしゃ撫でた。髪に触れる手が柔らかくて、わっ、となった。

「お前が元気なら、わしも身ぃ引いとる甲斐があるってもんじゃ」

ぱっとベッドから降りたロップが、くるり踵で回って、後ろ向きに数歩下がった。向かい側のベッドに置いてあった、赤ジャージを羽織ってファスナーを上げる。

「シャツは返さなくて良いぞ。できれば刻んで捨てて帰ってくれ」

じゃ、と右手を上げると、呼び止めるまもなく、保健室を出て行ってしまった。いや正確には、呼び止める間はあったのだけど、声が出なかったのだ。喉元が、なにかが詰まっているみたいに重たくて、耳の奥が脈打つ感じがしていた。心臓が暴れているようにも感じる。
きっと、熱中症の症状に、そういうものがあるのだろう。絶対にそうだ。そうでないと困る。
私は一刻も早く症状が治まるように祈りながら、顔を抑えてベッドに倒れた。

気がつくと空が少し、オレンジがかっていた。とっくに部活が始まっている時間になっていたので、私は慌ててベッドから飛び起きる。保健の先生は不在な様子で、人の気配は無い。ちら、と後ろを見ると、枕にしていたロップのシャツが目に入る。
ドキリとした。
いや、そんなことはない。きっと気のせいだ。
それにしても、このシャツをどうしよう? ロップは刻んで捨てろと言っていたけど、他人の持ち物にはさみを入れるのは気が引ける。私は少し考えて、洗って返すことにした。体育着のポケットには入らなかったので、畳んだままのシャツをお腹にしまい、教室へ戻る。
無人だろうと思っていた教室では、数名のクラスメイトが談笑していた。私がドアを開けると、一斉にこちらを向いて、「おかえりー」と挨拶をしてくる。あまり親しく無い子たちだったので違和感を感じた。一応、「ただいま、です?」と、返して自分の席に座る。カバンに教科書と制服をしまっていると、机の周りを取り囲まれた。

「なぁなぁ! 槙田さんて、若さまと仲良いん?」
「ふいぅ!?」

変な声と一緒に飛び上がってしまった。同時に、状況を理解する。
この子たちはロップのファンなのだ。保健室に運ばれるところを見られたんだろう。私を質問攻めにする気で、待ち構えていたに違いない。
ロップのファンには、熱狂し過ぎておかしくなっている子も多い。私がロップに避けられているのもそのせいだ。下手なことは言わない方が良い。私は内心ムカムカしながら、言葉を選んだ。

「小学校のとき、クラスメイトだっただけです」
「それだけー? 抱っこされてたって聞いたんじゃけどー?」
「保健室に連れて行かれただけですよ。熱中症気味で動けなかったので」

私が答えると、クラスメイトたちは大変に羨ましがった。そして、「優しい!」「かっこいい!」「ただのヤンキーとは違う!」と、勝手な感想を言ってはしゃぐ。キーキー甲高い声で鳴く猿のようだ。

「でさ、今日の若さま、午後は素肌にジャージじゃったらしいんじゃけど、ワイシャツどこいったか知らん?」

ひとしきり騒ぐと、猿の一人がこちらに向き直って尋ねた。
「私のお腹に入ってますがなにか?」とは言えない。「どこかに引っ掛けて破いたんじゃないですか?」と、適当な答えを返す。猿の群れが、「誰か盗ったんかなー?」「うらやましいわー」「切って分けて欲しいよねー」などと、不満そうに頷きあった。
他人のシャツなんか切り分けてどうするんだ。眉の間に皺が寄る。ロップが、刻んで捨てろと言っていた理由が、ちょっとわかった。

「…………あの、誰でもそうだと思うんですが、服を盗られるとか、すごく嫌なことだと思いますよ?」

言っても無駄なのだろう。でも、言わずにはいられない。
猿たちはムッとした様子で、「ウチら真っ当なファンじゃからそんなんせんし」と、唇を尖らせる。「つか、盗ってたら今頃、親衛隊にボコられてるじゃろ」「若さま直々にボコっとるかも」「若さま怒らしたら、街におれんくなるらしいし、ヤバいよね」「実際、小学校ん時は、別のファンを階段から突き落としよったファンを、家族ごと追い出したらしいしの」などと、お互い顔を見合わせて、また勝手なことを言い出した。挙句私に、階段の話が本当かと確認してくる始末。いよいよ我慢も限界だ。
「知らないですね」とだけ言って、私はカバンを手に教室を出て行こうとする。ドアに手をかけたところで呼び止められ、こう聞かれた。

「若さまの指輪、今いくつあったか見とらん?」

私は首を捻る。
ロップの首に下がっていた、指輪の束のことだろうか?

「知らんならええんじゃ、忘れてー」

虫でも払うみたいに手を振られた。私は何も言わず、剣道場へ向かった。
ロップのことなら、アナタたちよりずっとよく知っている。
そんな言葉を喉に詰まらせたまま、空が紫色になるまで竹刀を振った。


続きはこちらへ。

ようやく元々あったところに繋がりましたが、ほぼ全体的に書き直しになっていて、原文留めてるところがほぼありません…。完全新作書いてるのと変わりない状態になってます…。その分面白くなっていることを願うばかり。
沖田さん、もとい、槙田がとてもとても鈍い子になっているので、ボリューム更に増えそうな予感がしています。

ハイエナ??という方はこちらを参照してください。
ハイエナ設定解説

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オリジナル百合小説目次

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