2023
11
Feb

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」30


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。

第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。

単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十五話です。


【シシィ 九】

生き埋めになってからそれなりの時間が経ったけど、未だ僕らを救助に来る人の気配はない。
少し前にまたあの魔力柱が上がったときのような地震があったし、おそらく魔物だろう大量の足音が地上に向かっていった。きっと地上では大規模な戦闘が行われていて、オルナダ様も対応に追われているんだろう。
でもイラヴァールにいる魔族はオルナダ様だけじゃないし、上にはヒーゼリオフもいるはずなのに、こんなに救助が遅いなんて、なにか変な気がする。地上が想像より遥かに大変な事態になっているのか、あるいは……。
「そんな顔するなよ。私はともかく、飼い犬のお前と、期待のルーキーを見捨てたりしないって」
僕を横目に見下ろしたシシィが、肩を竦めて笑う。
シシィは起きてからずっとこんな調子で僕とルゥを励ましてくれていた。けれど、お腹の上にあるシシィの脚は、ずっとブルブルと震えているし、全身から恐怖を感じているときの匂いをさせていた。それほど不安で怖いのに、どうしてこんな風に振る舞うことができるのか。
僕ももっとしっかりしなくちゃ。
ちょっぴり自分が情けなくなった僕は、無言で頷きながら、ふうと息を吐き出す。するとピチャンとなにかに鼻先を弾かれた。
ハッとして天井を見ると、いつの間にできたのか、無数の水滴が並んでいた。反射的に耳を澄ますと、ドザ―――――ッという滝のような音がしていることに気付く。
「あ、雨……?」
「は? って、うわっ、冷べた! い、いつからこんなことになってたんだ!?」
「お、落ち着いてくださいでしゅ! すぐには水没したりしないでしゅよ!」
ルゥが顔を強張らせつつも、冷静に僕らを諭した。
ルゥは僕よりもさらに耳が良い。きっとずっと前からこの事態に気付いていて、僕らを不安にさせないよう、あえて黙っていたんだろう。ルゥの表情を見るとそんな気がする。
なにもできることがない今の状況じゃ、そんなことを伝えてもストレスになるだけだし、下手をすればパニックを起こすかもしれない。英断だったと言えるだろう。
「す~~~。はぁ~~~。よ、よし、確かにこのぐらいじゃ水没するより、空気がなくなるほうが早いよな……。けど濡れると冷えるからシートでも被っとこうぜ。フューリ、デカいサイズのはどこだ?」
シシィは僕のポーチからスライムシートを取り出して、なるべく全員が濡れないように広げて被る。僕は岩を支えるために手足を伸ばしているから多少濡れるけど、イラヴァールの制服には繊維状に加工されたスライムが織り込まれて、体温調節魔術も施されているらしいから、たぶん凍えることはないだろう。
だけどこの雨によってもたらされた懸念は、水没や体温低下だけじゃない。一番心配なのは、この雨がただの雨なのか、雷を伴う嵐なのか、そしていつ収まるのかということだ。
もし地上で雷が起こっているなら、オルナダ様たちはこの間の嵐の夜みたいな状態で動けないかもしれない。
だとすると救助は絶望的だ。
「……どうした、フューリ。なんかマズイことでも起きたか?」
不安が顔に出てたんだろう。二人に話そうか悩んでいると、シシィが顔を覗き込んできた。
「え、えと、その……。あ、雨で救助が遅れるかもだし……、その、空気を調達する方法がないかなって……」
「うーん……。そりゃできるなら私もそうしたいけど、さっき軽く掘ってみた感じじゃ貫通は無理そうだったしなぁ……」
「魔法で掘るのも時間がかかりそうでしゅしね……」
重要な部分はぼかして考えを伝えると、二人は頭を捻って、一緒に考えてくれた。
「ぼ、僕、頭は動かせるから、シシィの如意槍をこう、頭突きでガンガンってやったら貫通させられないかな?」
「ま、まぁ、できそうな気はするけど、衝撃でここが崩れそうな気もするから、それは最終手段にしようぜ……。さすがにお前の頭が割れる心配もあるしな……」
「あ、あのぅ……。フューしゃんのロープを使えば、移動は出来なくても空気は取れるんじゃないでしゅか?」
遠慮がちなルゥの言葉に、僕とシシィは目からウロコが落ちたような気持ちになる。「それだ!」と顔を見合わせて、早速ロープを取り出す。ぐるぐるととぐろを巻かせて輪を小さくしたロープを僕のお腹の上に置き、先端の金具を繋いで捻じり起動した。
その途端、輪から噴水みたいに大量の氷が噴き出した。
「げぇ!? な、なんだコレ!!」
「せ、製氷室の氷かも……っ」
「ぴえぇ!! う、埋まっちゃうでしゅ!!」
シシィが慌ててロープを停止させたけど、すでに空間の半分ほどが氷に埋まっていた。

【ヒーゼリオフ 四】

他の種族は知らないようだけど、雷ってヤツのエネルギーはとてつもない。万一打たれれば、身体からすべての魔力を消し飛ばされてしまう。魔族にとってそれは、死を意味する。
だから私たちは、ちょっとだけ雷が怖い。音を聞いただけで全身が硬直したり、稲光を見たくなくて目を開けられなくなったり、震えと冷や汗が止まらなくなったりする。
別に私たちが臆病ってわけじゃなく、他種族と違ってほぼ無敵だから、死を意識する機会が極端に少ないってだけだけど、とにかく、雷が鳴り出すと、恐怖心で集中力が乱れるから、あらゆる性能が低下する。
言ってしまえば、超強力なデバフがかかった状態になるってこと。
だから今の状況は、ものすごくマズイ。
ロスノー洞周辺の空は、インクをぶちまけたみたいな暗い雲に覆い尽くされ、大粒の強い雨がバチバチと地面を殴りつけていた。雲は時々腹の中をビカビカと光らせ、私たちの息の根を止めるタイミングを窺っている。
私は後退を続ける部隊の救護チームが管理する竜車に、負傷兵たちと一緒に寝かされ、治療を受けていた。イラヴァール兵はそれなりに優秀だし、任せて大丈夫なことはわかっている。けど、私はこんな雷がゴロゴロしている状況で、包帯ぐるぐる巻きの、ろくに動けない身体に留まっているなんて無理だったから、意識をネットワークに薄く広げることにした。他種族に分かる言葉で言うなら、幽体離脱ってトコね。身体は動かせなくなるけど、この方が多少冷静になれるし、回復魔法の効きも良いから、我ながら賢い選択だったと思うわ。
「あぁ、ヒーゼリオフ陛下……、我々のためにこんなお怪我を……ッ!!」
と、涙ながらに治療をしてくれる救護兵には悪いけど、嵐が止むまではこのままでいさせてもらう。『荒天の魔族』は役立たずの代名詞みたいなもの。実際、私はこのザマだし、オルとティクの戦いぶりも酷い。
二人はここから大穴を超えて、さらに五十キロ南の地点で大蛇と交戦しているけれど、少しでもピカッとか、ゴロゴロッとかなると、飛行魔法を維持できず、地面に叩きつけられたり、攻撃魔法が途中で消滅したり、明後日の方向へ飛んでいったりしていた。
挙げ句、
「ティク! もうちょい気合い入れて飛べ! 外れただろうが!」
「し、仕方ないじゃない、今、あっちの雲がピカッてしたんだから! それにさっきのは途中で崩れて消えたじゃない! あんなの当たったってノーダメ……、ッキャア!」
「ぐひぃ!!」
なんて、お互いを罵りつつ、岩柱の間をコソコソと走り回っている。恐怖のあまりにガッチリ抱き合って横歩きに移動するものだから、目の前に雨水でできた濁流があっても気付かず突っ込み、「あああああ~~~!!」と間抜けな声を上げて流される様子は、無様なことこの上ない。
身体の中にいたら私もこんなかと思うと泣けてくる。
「くっ……! ダサいが魔術で殺るしかないか……。ティク、俺があの蛇を引きつける間に、今使える魔法で一番強力なのを用意しておけ」
「そ、そんなこと言われても、こんな嵐の中じゃ集中できないし、さっきの攻撃みたいに途中で崩れるのがオチよ!」
「全部術式に起こせばイケるだろうが! ダサいがそれしかないだろ、ダサいが!」
「魔法陣だけでも二十は描写しないといけないのよ? どこに描けって言うの? 雷雲があるから空は無理よ? それに術式の情報が漏洩するのも問題だし……」
「任せる! なんとかしろ!」
抱き合って震えていても埒が明かないと考えたのか、オルは腹を括った様子で飛び出していった。
空中にいびつな魔力板を作り出し、大蛇目掛けて駆け上がる。
身体の周りに身長よりも大きな直径の魔法陣をいくつも生成し、その中心から火の玉を放つ。火の玉は大蛇の腹に命中したけど、ダメージを与えられた様子はない。
というかこの雨の中、炎系の魔術を選択するなんて、かなりの混乱状態なのが窺えた。
ティクはティクで、悩んだ末に空中に作った魔力板の上に頭を抱えてしゃがみ込み、足元に魔術式を展開している。雷雲を直視しないための苦肉の策なんだろうけど、浮いて空に近づいた分、恐怖心が増して、術式をたくさん間違えている。
『ち、ちょっと、アンタたち、もうちょっとちゃんとしなさいよ』と呼びかけてみても、
「「この場に居ないヤツは黙って」ろ!」て!」って聞く耳持たず。
半狂乱のまま大蛇との戦闘を続ける。
一応引きつけには成功しているのか、大蛇の魔力弾や、尾攻撃の標的になっているのは、今の所オルだけ。だけど大蛇を南へ移動させたことにより、こちら側へ逃げてきていた魔物が方向を変え、部隊のいる北へ進路を変えてしまった。
キャサリーヌを始めとした精鋭たちが、押し寄せる魔物を次々打ち倒してはいるものの、魔物の数は再び増え始め、これからもっと増える。末端の兵士はかなり疲弊していて、基地へ辿り着く前に倒れてもおかしくない有様。一刻も早くあの大蛇を始末して、魔物の群れに対処しないと、いずれは数で押し負ける。
それに距離が離れてるとはいえ、あの大蛇が放つ規模の魔力弾や魔力砲が直撃したら、負傷兵が一気に増える。そうなれば戦力はガタ落ち。散り散りに逃げるしかなくなるだろう。
ティクが準備している大型魔術が決まらなければ、戦況はかなり不利になる。
なのに、
「えぇと……。こ、ここはこうよね……。ッキャ……! うぅ……、そ、それでこっちは……、あああ、ま、間違ってるじゃない、もう!」
「ぅおいぃぃぃ!! まだか、ティク! この雷のなか……、ぎゃあ!! ひ、引きつけるの、てか避けるの限界あ……、だわあああああ!!」
といった具合で二人共、雷鳴が轟くたびに身を竦めるから、一向に大蛇を倒せる気配がない。ティクはほとんど術式を完成させてはいるものの、間違いだらけで発動できず、修正に追われているし、オルはオルで、徐々に手数が減っていた。
大蛇を引きつけておくには、あの高出力かつ高速の魔力弾が雨霰と降り注ぐのを躱しつつ、気を引けるレベルの魔術を繰り出さなければならない。それを魔族の天敵である雷が鳴り響く中、行っているものだから、直撃はしないまでも、かすったり、衝撃で発生した礫を浴びたりしている。そうしてじわじわと蓄積したダメージで集中力が落ち、魔術の構築スピードが落ちていく。
完全にジリ貧状態だった。
「で、できた、完成よ! 下がって、オ……、ッヒャアアア!!」
完成した魔法陣に魔力が流れ、あと数秒で発動というそのとき、これまでで一番大きな雷鳴が響き、稲妻が付近の岩柱を貫いた。
ティクは反射的に頭を抱えて蹲り、一瞬、空中に魔力を蓄えた魔法陣がただ浮いている状態ができた。大蛇はオルから注意を逸らし、ティクへと向ける。
マズい。
注意を促そうとしたときには、もう遅かった。
ぐばっ、と大きく開いた大蛇の口が、魔法陣ごとティクを飲み込んでいた。
ティクを中心に空中展開していた数十の魔法陣は、後退を続ける部隊の目にも、紫色に光る半球のように写っていたため、この戦場にいる誰もが、大蛇がティクを飲み込んだその光景に茫然となった。ある兵士は立ち尽くしているところへ、また別の兵士は「そんな、ティクトレア様が……」と膝をついたところへ攻撃を受け、そのまま戦線を離脱した。あちらこちらで陣形が崩れ、ますます戦況は悪化していく。
その上、ティクを飲み込んだ大蛇は、ずむずむとその巨体をさらに膨れ上がらせる。「ジュアアアアアアアアアアッ!!」と咆哮を上げ、天に向かって、これまでで一番まばゆい魔力砲を放った頃には、ふた周りほども巨大化していた。
キャサリーヌやブゥプが懸命に声を張り、兵士たちの士気を上げようとするけれど、この状況で頼りにしていた魔族が二人も戦闘不能になっては、心が折れて当然だ。どれほど喉をからそうと、士気なんて上がるはずがない。
『狼狽えるな!』
念話の声が響くと同時に、赤い光が大蛇の腹を刺し、その巨体がぐにゃりと歪み、倒れた。
どよめく兵士たちの見上げた先、嵐の空にオルが浮いていた。大きく強い、炎のような赤い魔力を全身から立ち上らせ、戦場に立つすべての者に語りかける。
『ヒーゼリオフが倒れ、ティクトレアも倒れた。だがそれがどうした。お前らはパラスケキュアを捻じ伏せるイラヴァールの民。魔族の力など借りずとも、たかがスタンピード如き、容易く退けられるはずだ』
「思い出せ!! お前たちは誰の兵だ!!」
オルは一度言葉を切り、肉声を魔力で増幅させ、叫ぶ。
声は大気と兵士たちの身体を震わせ、聞く者に力を与えた。戦意を取り戻した兵士たちは、雷鳴も雨音も、轟々と唸る魔物の足音もかき消すほどの鬨を上げる。
オルの声は多少の魔力が乗っていたとはいえ、支援魔法と言えるほどのものではなかったはずなのに、兵士たちはこれまで押され気味だった態勢を立て直し、魔物の群れを退けだすほど、目に見えてパワーが上がっていた。回復や支援系の魔法は、受ける側のかける側に対する信頼や好意が高いほど効きが良い。とはいえ、ここまでの費用対効果を引き出すのは、魔族であっても至難の業のはず。
私はオルのカリスマ性や慕われっぷりに、ちょっとだけ唸ってしまった。
『それで良い。一匹残らず殺し尽くせ。デカブツは俺が殺ってやる!』
オルが戦闘態勢に入ると、兵士たちも声を上げて、地面を魔物の血で染めていく。身体を起こした大蛇が再び天を支える柱のようにそびえ立ち、いくつもの稲妻が空を切り裂くけれど、今度は兵士もオルも怯むことはなかった。
わずかな乱れもなく、飛行魔法で大蛇の目の前に立ち、不敵に笑みを浮かべるオルの姿は、明らかに異常だった。
『ア、アンタまさか恐怖心を切ったんじゃないでしょうね!?』
『ほかに手はないだろう。くくく。おかげで気分も良い、ぞ!』
オルは飛び出し、笑いながら拳や蹴りで大蛇の頭を滅多打ちにしていく。完全にハイになっていた。
自分に対する精神系魔法は多種族にも扱える比較的簡単な魔法だけれど、かなりの副作用を伴うために、使用は一般的にタブーとされている。中でも恐怖を消すという使い方は、飛び抜けてリスクが高い。
そもそも精神てのは複雑だから、完全にピンポイントで特定の感情を操作するのは不可能。必ずなにかしら狙いと外れた作用が起きる。
「ぶはははははっ!! もう終わりか、朽縄め。二割出すまでもなく引きちぎれそうだな!」
なんて、絶対に二割で倒しきれるはずのない、攻撃を受けてもピンピンしている相手を前に調子に乗っているのもそのせいだ。こんな状態じゃ高度な魔法はまず使えないし、出力の調整も甘くなる。それに恐怖心を消すということは、危険を察知できなくなるということでもある。状況を正しく把握できないから、判断を誤るし、無茶もしやすい。
言ってしまえば今のオルは、うっかり死んでもおかしくない状態ってことだ。
「さぁて。ぼちぼちトドメと行くぞ!」
『ち、ちょっと、待ちなさい!』
「なんだ、ヒーゼ。良い感じにノッてきたトコなんだから、邪魔をするな」
『そのノッちゃってるのが問題なんでしょ! 今のアンタは精神魔法の影響で、危機感を失ってるの! 攻撃をもらいやすくなってるはずだから、ヒー様が指揮するわ。大人しく従いなさい!』
「ふむ。それもそうだな。任せよう」
どうやらまだ正常な判断力は残されていたらしい。私はほっとして、上位魔法と開放率がどこまで承認されたかを尋ねようとした。だけどオルは、私が『じゃあまず……』とも言い終わらないうちに大蛇に突っ込んで、鼻っ面を殴り飛ばした。
「なんてな。ふはは! 久しぶりの運動だってのに、指図なんかさせるわけないだろう!」
目をギラつかせたオルは、楽しくてたまらないといった調子で、大蛇の周りを飛び回り、からかうように打撃を加えていく。当然、大蛇は怒り興奮する。頭を埋め尽くす無数の赤い目を光らせ、ティクを飲み込んで威力を増した魔力弾をデタラメに撃ちまくった。
『あ、あぶな! あっぶな!! もう少しくらい慎重になりなさいよ!!』
「ふふん。こんなもの、当たらなければどうということはない!」
『当たったら大ダメージでしょうが! あと、周りのことも考えなさいよ!』
今の所、兵士たちの交戦地点に着弾してはいないけど、この調子で煽り続ければ、いずれは直撃するかもしれないし、一割ちょっとの力しか発揮していないオルが被弾すれば即死もあり得る。煩わし気に「ぶー」とか言われても、指摘しないわけにはいかない。
『とにかく、交戦地点に魔力弾がいかない位置取りをして! それとまずは防御をしっかり! 盾張れるなら細かく張ってくのよ!』
「盾か。それも良いな」
オルはニヤリと笑って、背後におびただしい数のキューブを生成し、腕を振るって、それらを大蛇に投げつけた。一辺五メートルほどのキューブは、ぶつかるたびにバリンバリンと砕ける。最大強度で生成された極厚の魔法盾がまるでガラス。一見、大蛇の硬さにキューブが負けているように見えるけれど、砕けるということはそれだけの威力があるということだ。そんな攻撃を四方八方から浴びた大蛇は、当たるたびよろめき苦痛に呻く。
魔力盾の生成や操作は、初歩レベルの簡単な魔法だし、使用制限もかかっていない。強度を上回る衝撃を受ければ割れてしまうけれど、魔族の魔力量なら盾はほぼ無限に生成できる。ラリってる上に、ちっとも承認が降りない現状ではベストな攻撃方法かもしれない。
なんでもありの戦闘となったら、オルのセンスは魔族一。ラリっていてもやっぱりオルはオルかと私は舌を巻く。
大蛇が渾身の力で放つ魔力砲を、頂点を向けたキューブを重ねて分散させ、吐き尽くしたところに、杭状に変形させたキューブを打ち込んで、大蛇の頭や胴体に無数の穴を開けた。大蛇は穴から噴水のように青い血を噴き、苦悶の叫びを上げて倒れる。苦痛にのたうち、周囲を走っていた魔物の群れを肉塊に変え、大地を削り、岩柱を次々に破壊する。
「おっと。これはちょっとした大災害だな」
オルはその光景を見下ろして、愉快そうに笑った。
「もう少し見ていたい気もするが、これ以上、縄張りを荒らされるのも良い気はしないな。ティクのヤツも消化される前に出してやらんとだし、スパッと首を刎ねて、楽にしてやろう」
ひとしきり大蛇がのたうつ様を眺めると、オルは左手を開き、その先に魔力を実体化させた巨大な赤い槍を作り出す。湾曲した片刃の穂先は大蛇の胴回りよりも長く、柄は穂の二倍ほど。それがゆっくりと弧を描くように振り上げられる。
「死ね」
オルが言葉と共に飛び出したそのとき、大蛇は咆哮を上げ、天に向かって伸び上がった。
閃光、轟音。
その凄まじさに私の意識は一瞬途切れ、認知機能が回復したときには、丸焦げの大蛇が大地に伏していた。
落雷だ。
ゾッとしつつ付近の状況を確認すると、周辺にいた魔物も大蛇と同様に丸焦げになって倒れ、丸焦げを免れた魔物は身体から火を上げ踊り狂っていた。地表に生える僅かな植物も同様の状態で、地面は雷の通ったあとがくっきりと残り、大蛇の立っていた地点から霜のような模様が放射状に伸びていた。
身体の外にいる今でさえ、背筋が凍る様な感覚がする。地上の様子はそのくらい壮絶だった。
ともかく、これほどの威力の雷を喰らっては、私たち魔族だってひとたまりもない。この規格外の大蛇だって、二度と起き上がることはないだろう。
あれ、でも、てことはつまり……
『オ、オル……、ティク……ッ!! ちょっと、アンタたち、生きてるんでしょうね!? ねぇったら!!』
必死に呼びかけるけど、返答はない。
戦場の兵士たちは皆一様に、「そんな、オルナダ様が……」と呟き、青い顔をしていた。ブゥプやキャサリーヌが、オルはこんなことで死なない、大蛇は倒したんだから戦闘に集中しろというような趣旨の言葉を叫んでいたけど、誰の耳にも届いてはいない。
皆、雷に打たれれば魔族は死ぬと知っているからだ。
絶望。
それ以外、言葉が見つからなかった。
「あ……、ああああああああああ……!!」
一人の兵士が目を見開き、震えだした。それをきっかけに周りの兵士たちも、怯えた表情を同じ方向に向ける。
視線の先では、真っ黒に焼け焦げた大蛇がゆっくりと首をもたげ、再び天を支える柱のように、その巨体を伸ばして立ち上がっていた。

【フューリ 十九】

少しでも体温を上げたくて、魔力を巡らせた内臓や筋肉で熱を作る。
それでも氷に冷やされた身体には、焼け石に水。全身が休みなく震え、奥歯はカチカチと音を立てた。
「ももも、もうちょっと頑張ってくれよ、フューリ! つつつ、次はスライムに食わせられるだけ食わせてみるからな!」
「ルルル、ルゥも、ねねね、熱魔法で、なるべく蒸発させてみましゅ!」
僕らは破損した転移ロープから溢れた大量の氷に埋まり、寒さに震えていた。シシィとルゥは、氷を穴の端に寄せたり、瓦礫の隙間にねじ込んだりして、なるべく身体に触れないようにしてくれたけど、それでも氷はまだ僕の身体の上にゴロゴロと転がり、側面にびっしりと埋まっていた。二人は片手で可能な限り氷を処分しながら、反対の手で僕の身体をさすって、少しでも温めようとしてくれるけど、穴の底に溜まった雨水が水位を増しているせいで、気遣い虚しく、ぐんぐんと熱が奪われていく。
このまま僕が寒さに負けて、岩を支えられなくなったら、二人が潰れてしまう。それになんとか寒さに耐えられても、水位が上がる速度が思ったより早い。スライムに吸わせるにも限度があるし、あと一時間もしたら溺れてしまう。助けが来る気配もまるでないし、とてつもなくマズい状況だ。
「だだだ、ダメだ。ももも、もう助けなんか待ってらんないぞ……」
「ででで、でしゅでしゅ……」
二人もタイムリミットがすぐそこまで迫っているのを感じたようで、なんとか脱出する手段がないかと懸命に話し合う。だけどそれについては、二人が意識を取り戻してからずっと意見を出し合ってきたけど、結局、命の危険を伴う手段しか思いつかなかった。こんな追い詰められた状況で、それ以上の案が出るとはとても思えない。
だからもう仕方がない。
「ふ、ふふふ、二人共……。み、耳、塞いで、魔力で守って……」
「ななな、なんだよ、んなことしたら、話し合えないだろ……」
「ぼぼぼぼぼ、僕に、考えっていうか、おおお、奥の手があるから、お願い……」
重ねて頼むと、二人は訝しそうにしながらも両手で耳を塞いでくれた。
二人の防御を確かめてから、僕は限界まで息を吸い込み、
「オルナダ様あああああ――――――――――!! 助けてください――――――――――っっっっっ!!」
あらん限りの声で叫ぶ。
僕の声に揺らされた岩の隙間からはパラパラと土がこぼれ落ち、シシィとルゥはお腹の上でよろめき転んだ。
「お、お前、奥の手って、これかよ……」
「よ、呼んだからって、来てくれるでしゅか……?」
「だ、大丈夫。きっと、来てくれるから……」
顔を顰めて身体を起こす二人に、僕は深く頷いてみせた。
ランピャンにいたときだって来てくれたんだから、ここにだって絶対に来てくれる。狭すぎるから直接この穴の中に来るのは無理だとしても、近くまでは来てくれるし、すぐに出してくれるはずだ。外が雷なら直接は動けないかもしれないけど、そうだとしても僕らの状況を把握して、なにかしら手を打ってくれるに違いない。
でも今の僕らには死が刻一刻と迫っていて、一秒が一時間にも感じられる。ただ黙って待つには、その時間はあまりに長すぎた。
「もう覚悟決めるしかないな……」
「爆破の案でいきましゅか……?」
「だな。あれが一番ましだろうし」
「ま、待ってよ。もう少しだけ……」
「フューしゃん、今は時間を無駄にしないほうが良いでしゅ」
「ルゥの言う通りだ。このまま手をこまねいてたら、脱出の機会もなくしちまう」
「で、でも……」
意を決した様子の二人を僕はなんとか止めようとした。
これまで出た脱出案は、どれも即死や崩落の危険を伴うものばかりだったからだ。特にこれから実行しようとしている爆破案は、魔力盾で防御を固めた状態で爆裂魔法を使い、衝撃で穴が空いた瞬間に、僕が全力で頭側の岩を押し、二人をお腹に乗せたまま滑り出るというもので、最初の爆破で二人が死ぬ可能性がかなり高い。仮に爆破の衝撃に耐えられたとしても、滑り出る際に瓦礫に身体を打ち付けることになるし、どこかを引っ掛けて四肢が千切れるかもしれない。空けた穴の崩れるスピードによっては、全員身動きが取れない状態で、再び生き埋めになることだってあり得る。
粘れるならギリギリまで粘りたい。
でも二人はもう、強行することに決めたらしい。
「盾はできるだけ鋭い円錐形に張るぞ」
「隙間になるトコは、普通の四角いので埋めましょうでしゅ」
「フューリは全身の強化に集中してくれ。お前が爆破やられたらおしまいだからな」
「……………………わかった。二人共、できるだけ僕の脚の後ろに隠れてね」
鬼気迫る様子に気圧された僕は、頷き指示に従って強化をかけた。
『技能「筋力強化」LV264』
『技能「身体強化」LV583』
ステータスボードが技能LVを告げる。
この強化を二人にもかけることができたら、全員無事にここを出ることができるのに。ぎりり、と奥歯を噛み締めつつ、準備ができたことをシシィに伝えた。
シシィは魔力盾の状態を確認し、もう一度、作戦の段取りを僕らに確認する。
「じゃあ、三で頼むぞ、ルゥ。フューリは穴が空いたら速攻脱出だ。爆発で気絶したときのために、全員のベルトを縄で繋いであるけど、これが千切れても、なにが千切れても、絶対に止まったり戻ったりするなよ。最悪、お前だけでも生き残るんだ。いいな」
真剣な目で僕を見るシシィの顔がぐにゃりと歪む。僕は「うん」とすら言えずに、無言で一度だけ頷いた。
「一……」
シシィが震えた声でカウントを始めた。
僕は半分水に沈んだ頭で、なにかほかの手はないのかと必死に考える。
『爆破は止めといたほうが良いな。死ぬぞ』
カウント二の途中で、ずっとずっと聞きたかった声が耳に響いた。
「オ、オルナダ様……ッ!!」
バッと目を開け、穴の内部を見回すけれど、オルナダ様の姿はない。僕はもう一度、オルナダ様に呼びかけて、状況を伝えて助けを乞うけど返答はない。幻聴だったのかとシシィたちを見るけど、二人にも声は聞こえたみたいで、僕と同じ様にキョロキョロと頭を動かしていた。
やっぱり気のせいだったのかと諦めかけた頃、目の前に妖精のような、青く小さい人型の光が浮かんだ。徐々に強まった光は、一瞬、目も開けていられないほどに輝いて、オルナダ様の姿になった。
「はわわわわわっっっ!! た、ただでさえ小さいオルナダ様が、さらに小さくっっっ!!」
あまりの光景に、僕の体温は一気に上がる。
「だから小さいをカワイイの文脈で使うな! ってかこんなときに盛るなっての!」
「フューしゃんポカポカでしゅ……」
『死にかけなのに余裕だな、お前ら……』
小さなオルナダ様はふよふよと宙を漂って、呆れたように呟く。
「そ、そうだった! オルナダ様、お手間を取らせて申し訳ないんですけど、シシィとルゥちゃんだけでも外に出していただけないですか?」
「なに言ってんだよ。オル様なら三人まとめてポンだろ」
「で、でも、オルナダ様、すごく縮んじゃってるし、匂いもしないし……」
「た、確かに匂いがないでしゅ……」
『そりゃあそうだろう。この姿は単なる映像でオルナダ本体じゃないからな』
「ホントだ、触れねぇや。……ってことは、私たち相変わらずピンチのまま?」
「だ、脱出できないでしゅか!?」
『いいや。フューリが魔装でぶち抜けばいいだけだから、最初から脱出は可能だぞ』
一瞬青ざめたシシィとルゥが、ぐるんとこちらを向いた。
「え、あの、でも……。魔装なんか使ったら二人が怪我をしちゃうかと……」
責められているような気がした僕は、おずおず反論を述べる。
だって魔装は、触れただけで対象を吹き飛ばすほどのダメージを与える危険な技だ。ロスノー洞初回調査の一発芸大会のときだって、ガーティレイの斧がガラスみたいに砕けた。
そんなのをこんな状況で使うなんて、考えただけでもゾッとする。
だけど小さなオルナダ様は、「お前は器用だから大丈夫だ」と笑って、僕に魔装についての説明を始めた。
『憑依を使ったときに本体が、魔装は最大強度の魔力盾を超える密度で魔力を集める技だと言っていたろう? つまり密度が違うだけで原理的には同じということだ。あのときお前は、身体から五十センチ離れた場所に盾を作っていた。ということは……』
「身体の表面じゃなく、もう少し離れた範囲で魔装を作れば良い。ということですか?」
『やれそうだろ?』
「は、はい……。でも初めてなので、ちょっと練習をしてかぼごぼ……」
試しに鼻先に小さな魔力板を作って魔装化しようとしたけど、水位が上がって口の中に水が入るまでになってしまった。シシィが「ぶっつけで良いから早くやれ!」と僕に抱きつき、ルゥもそれに倣う。
確かにもう練習なんかしてる時間はない。僕はぴゅーっと口から水を吐いて、身体の周囲に魔力を巡らせる。自分の魔力が放つ、青白い光がシシィとルゥを包み込んでいるのを確認して、一気に魔力の密度を上げた。
ビシッ、ボゴォと音を立て、両手足で支えていた岩が砕けた。僕らのいた空間が、一瞬で土砂に埋まる。動けなくなるかと思ったけど、魔装が絶えず土砂を弾くからか、水中にいるような具合で、ゆっくりだけど身体を動かすことができた。
『魔装、LV24。もうちょい抑えても大丈夫だぞ』
「こ、こんなことができたなんて……」
『わはは。知らないって損だろう? もう少し魔法を学んだほうが良いぞ』
小さいオルナダ様は、憑依でいろいろ教えてくれたときのオルナダ様と全く同じことを言って、ケラケラと笑う。僕はその様子に少しだけ違和感を覚えた。
小さいオルナダ様は自分を『映像』と言っていたけど、本物のオルナダ様が、例えば人形劇のように映像を見せているだとか、そういう存在ではない気がする。
「あのぅ……。小さいオルナダ様は、本物のオルナダ様とは違うオルナダ様なんですか?」
『あぁ。俺はオルナダ本体じゃない。本体の人格を模倣するMODが組み込まれたステータスボードだ。バニラのステボみたいに持ち主に従順じゃないが、その分、性能は高いぞ。ま、これからよろしくな』
そうか、式典の日にオルナダ様が言っていたお目付け役か! 確かにこの小さなオルナダ様がいつも側に居てくれたらとても心強い。僕は「よろしくお願いします!」と小さなオルナダ様、もとい、ステータスボードが映すオルナダ様の映像に頭を下げた。
「えぇと、小さいオルナダ様のことはなんとお呼びしたら良いでしょう? 元がステータスボードさんだから、『ステナダ様』でしょうか? あ、でも、小さいオルナダ様で、『ミニナダ様』のほうが可愛いですよね……」
『ふむ。どちらでも構わないが、俺がステータスボードと知られないほうが、いろいろと便利かもしれんから……』
「あ、それじゃあ、ミニナダ様で良……」
「「なんでも良いから早く脱出」しろって!」してくだしゃい!」
小さなオルナダ様に改めて挨拶をしていたら、シシィとルゥが切羽詰まったような口調で叫んだ。
魔装の外側は土砂と瓦礫の海だから、体感でもう脱出したも同然とわかっている僕とは違い、二人はまだ生き埋めの気分なんだろう。僕は「ごめんごめん」と謝って、土砂の中を地上に向かって泳ぐ。
『おいおい。向かうなら大穴方向だろ? それに泳ぐんじゃなく足場を作って蹴ったほうが速いぞ』
「そ、そっか、そうですよね!」
言われてハッとなった僕は、すぐに頭をミニナダ様が指す方向へ向けた。シシィとルゥを両手で包んでから、足元の魔装を広げてスペースを作り、そこに生成した魔力板を蹴って、土砂の海をぎゅんっと突き進む。
「二人共、平気? 速すぎないかな?」
「全然余裕! つか、こっから出れるならどんだけ速くても良い!」
「魔装に包まれてるせいか、空気抵抗みたいなのはまったくないでしゅ!」
「わかった。じゃあもう少しスピード上げるね」
『もうすぐ大穴に出るから、地上まで全力ジャンプすると良い。雨と一緒に魔物も降ってくるから、ぶっ飛ばしてやれ』
「はい!」
ミニナダ様に指示を受けた直後、僕らは土砂を抜け、魔力柱が上がったときにできた大穴へと飛び出した。即座に空中に魔力板を生成し、思い切り踏みつける。ミニナダ様が予告した通り、大穴は雨に混じって時々魔物が降ってきた。運悪く軌道上に落ちてきた魔物を三体ほど轢いて、一気にロスノー洞上空へと飛び出した。思ったより高く跳んでしまったせいで、見る間に大穴が小さくなっていく。
「うわっ!! フ、フューリ、前!! ってか上ぇぇぇ!!」
「へ? わ! わわわっ!!」
反射的に手のひらを突き出すと、目の前に現れた鱗の壁がボゴンッとヘコんだ。反動で後方へ落下していくと、徐々に壁の正体が明らかになる。
それは真っ黒に焼け焦げた、巨大な蛇だった。


洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。

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