2023
11
Feb

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」28


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第二十四話の続きになります。

第二十四話までのあらすじは以下のような感じです。

単身遠征をなんとか阻止したいフューリはシシィに相談し、ヒーゼリオフとティクトレアに相談する機会を作ってもらった。しかしそれは相談に乗るという名目でフューリとデートをするための時間であった。そんなこととは知らないフューリはヒーゼリオフと共にイラヴァールの市内を散策し、デートの終わりに有用な対策を約束してもらい、ティクトレアの元へ向かった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下二十五話です。


【ケイシイ 二】

迎賓館の地下深く、最下階のずっと下には、かなり広~い、かつ、な~んにもない部屋、もとい穴がある。まるでチーズにできた穴みたいな、球状にくり抜かれただけの空間で出入り口もない。
なんでこんなのがあるかというと、それはひとえに飼い主様のストレス発散のためである。
要するに〝聖人〟というイメージで通してるティッキーは、怒り狂っている姿なんて、絶対に他人には見せられないから、なにかにムカつく度、わざわざこんな場所に籠もって暴れまくるってわけ。
「あの~~~、もうそろそろ静まらないっすかねぇ? ボクちゃん早く風呂屋に戻りたいなぁ~~~な~んて、へぶぅ!!」
「お黙り、ケイシイ!! 早く次を持ってきなさい!!」
「ふえ~い……」
ボクは顔面に飛んできた兎型のぬいぐるみの頭を後ろに放り、部屋の隅に積み上げてある同じ型のぬいぐるみを操作魔法で操って、ファイティングポーズを取らせた。すぐさまティクのボディーブローが何発も突き刺さり、兎の腹が破裂して、中から禍々しいオーラを纏った一抱えほどの球体が飛び出し、ゴトンと地面に落ちた。
「次!」
「えぇ~~~……。もう今ので十体目っすよ? まだスッキリしないんすか?」
「あなたはあの場にいなかったから、そんなことが言えるのよ! あのときのオルの勝ち誇った顔……。思い出しただけでもう~~~~~ッ!! こんなぬいぐるみじゃ百体あっても足りないわ!! さっさと次を出さなきゃ、あなたに代わりをしてもらうわよ!」
「はい、只今!」
代わりにされるなんて冗談じゃない。ボクは自分が爆発するところを思い浮かべて身震いをした。
言われた通りにぬいぐるみを動かして、ティッキーに襲いかからせる。どうせすぐ壊すからと、まとめて五体飛びかからせたら、案の定、大鎌みたいな回し蹴り一発で五体全部の首を刎ねてしまう。
ホント、魔族って連中はマジでおっかない。
このぬいぐるみだって布や綿で出来てるわけじゃなく、魔族の憂さ晴らしに耐えられるよう、相当強度の高い素材で作られてる上に、中に魔力を吸収する鉱石である引纏石が仕込まれてて、威力を半減させてる。それから更に、ボクが魔法で強化もしてる。なのにそれを紙みたいに楽々切り裂くんだから、まったくゾッとしちゃうね。しかもこんなよく切れる蹴りをお持ちであっても、ティッキーは魔族の中じゃ全然武闘派じゃないってんだから、輪をかけて恐ろしい。
大事な金づる、もとい、飼い主様だから、ヒリヒリする空気の中で八つ当たり用のぬいぐるみを操作するなんて危ない役割も引き受けるわけだけど、今日のお怒りはここ百年あたりじゃ最悪レベルのキレっぷりで、付き合いの長いボクちゃんでも、ちょびっとチビりそう。
誰かに代わってほしいけど、ティッキーはボク以外には荒れてるトコを見られたがらないし、同僚連中も見たがらない。だからこういう役回りは必然的にボクに回ってくるし、これを引き受けるからこそ今の地位にいられるところもあるから、完全に逃げ場なしだ。できることといえば、ティッキーが早く怒りを鎮めてくれるよう宥めるのみ。
「ねぇ、ティッキー。無言で殴るんじゃなく、もっとこう「バカヤロー」みたいに声出してやったらどうかなぁ? スッキリ度合いが少し上がるかもっすよ」
「良いから黙ってドンドン追加をよこしてちょうだい! 手を止めてると爆発しそうだわ!」
「良いっすけど……、一発で壊すのは止めない? こんなペースで壊されちゃ在庫がなくなっちゃうっすよ?」
「だったらもっと気合い入れて強化かけなさいよ! 落ち着く前に在庫が切れたら命がないと思いなさい! 次!!」
「ふ、ふえ~い……」
ティッキーは地上では見せない鋭い目つきでボクを睨み、ぬいぐるみの追加を急がせた。めんどいけど、数と強化をさっきの倍にして、今度は時間差で飛びかからせる。ティッキーはさすがのボクもドン引きしちゃうほどの罵詈雑言を叫びながら、目にも留まらぬ速さでぬいぐるみたちを撃ち落とす。
強化の効果を倍にしたおかげで何体かは破壊を免れたけど、すぐさま追撃にあって木っ端微塵に吹き飛んでしまう。あとに残るのはデカくて重たい紫の球体だけ。
ちなみにこの球体が引纏石。元はちっちゃな小石だってのに、お怒りティッキーの魔力を喰らえば、一発でこのサイズになる。ティッキーは散らかすだけだから良いけど、このあと片付けを命じられるボクは、この玉が増えれば増えるほど憂鬱な気分になっていく。この仕事は他に押し付けたら大目玉だから逃げられないし、ホントもう頼むから早くスカッとして切り上げてくれぇ。
なんて祈りつつぬいぐるみを操作し続け、ようやく落ち着いたティッキーが「あら、死屍累々ね」と照れ笑いをして、ボクとぬいぐるみの残骸を連れて地下倉庫へと転移したのは二時間後のことだった。
「ちょっと量が多くなっちゃったけど、後片付けよろしく。わたくしは寝室で〝食事〟を取ってるから、終わったらいらっしゃい」
いや、ボクもう魔力も体力もカラッカラのへっとへとなんすけど……。と言ったつもりが、実際に口から出たのは「ハイ! タダチニ!」ってやたら裏返ってハキハキした声だった。寝室に呼んでもらえるのは確かにご褒美だけども、嫌味のひとつも言えない自分が可愛らしくも憎らしい。
そそくさと出ていったティッキーを一刻も早く追いかけるべく、ボクは手っ取り早く残骸を片付ける方法を考える。
「ま、いいや。その辺に隠しとこ」
やる気を初め、あらゆるものが空っ穴のボクは、引纏石を足でずいっと押して棚の下に押し込む。魔力を吸った状態の引纏石は、爆発したり魔物を生み出したりするから、ホントは厳重に封印してなにもない荒野の地下深くとかに埋めないといけないけど、早く行かないとご褒美タイムが終了しちゃうから、そんなの関係ねぇ! ってなモンよ。どの道こんなヘトヘトじゃ、そんな処理できないしね。
てなわけで、ボクは引纏石以外のぬいぐるみの破片をリサイクルに回すのみで片付けを切り上げ、寝室に入る前の身だしなみに浴室へと向かった。

【ユミエール 一】

まどろみから覚めると、隣にいたはずの人物の姿がない。
視界に入るのは、肌触りは良いけれど、趣味が良いとは言えないワインレッドのシーツと枕カバー、金で装飾された柱に、名画を転写した壁紙だけ。室内は高く昇った陽の光に照らされて明るいけれど、隣で寝ていたお寝坊さんが起きるにはまだ早い時間に思われる。
「おい、ユミエール。いつまで寝ている気だ? さっさと行くぞ」
もうすっかり身支度を済ませたお寝坊さんは、ボスボスとベッドの端を叩いて私を急かした。仕方なく裸の身体を起こし、「今日はずいぶん早起きね」と嫌味を吐きつつ、昨夜脱ぎ捨てた下着を探す。
「当然だろ。今日は待ちに待った『抜き打ちスタンピード対応訓練』の日だぞ。お前だって、うちの連中がどこまでやれるか楽しみだろう?」
「はぁ……。今後しばらく後始末に追われること、わかってて言ってるの? オルにもたくさん働いてもらわないといけないんだけど……?」
シャツを羽織りつつ呆れた視線を送ると、オルは「お前がいるし楽勝だろう」と笑って、そわそわと身体を揺らした。あまりに能天気な態度と言葉に、ますます呆れてしまう。
訓練のために人工的に引き起こす小規模なスタンピードだとは言っても、暴走する魔物に対応する市民に死傷者が出るのは確実だし、装備も破損するし、一時的に壁外民を壁内に避難させないといけないし、万一城壁まで到達したら修理することになるしで、お金も人員もどれだけ必要になるかわかったものじゃない。各所から上がってくる山のような報告を吟味して、予算と人員を適切に割り当て、訓練の結果からスタンピード対策の改善もしないといけない。想定以上に死者が出れば、市民数を増やさなくてはいけないし、そのためには物資や設備も増やす必要がある。他にもあれやらそれやらこれやらと、成功しても失敗しても仕事は山積み。必要なこととはいえ、私には頭痛の種でしかない。
「それなのに〝楽勝〟だなんて、まったくあなたは……。頼りにしてくれているのは嬉しいけど、ちょっと楽観的過ぎるでしょう。一応このイラヴァールを治める〝魔王〟なんだから、もっとしっかりしてくれないと……」
「わかったわかった。わかったからもう行くぞ」
気付けば着替えの手を止めてお説教モードに入っていた私に、オルは転移魔法で自分と同じ黒服を着せ、操作魔法で身体を持ち上げて、強引に廊下へと引きずっていく。「まったく勝手なんだから」と零しつつ、私は黙って身を任せる。どこへ連れて行く気なのかはわからないけれど、どの道スタンピードへの対応はしないといけないから抵抗する理由はない。でもデリカシーのない起こし方をされたお返しに、この件で発生した仕事の大半を、オルに割り振ることに決めた。
「スタンピード発生は夕方の予定でしょ? まだ昼前なのにどこに行くの?」
この訓練計画の予定では、ブゥプが率いる誘発役を兼ねた偵察部隊が、夕刻、十五層にガスを撒き、そこから上層の生物を燻し出す手はずになっている。この時間にすることなんてない。ひょっとしたら私が秘密裏に進めた計画に勘付いたんだろうか。
不安が過ぎった私は努めてそれとなく尋ねてみたけれど、オルは「野暮用だ」と言うだけで答えてはくれない。
「まだ始まらないとは言っても、やれることはあるだろう。物資のチェックとか、現地で出たらマズそうな魔物を予め間引くとかな」
「物資のチェックなんてあなたの仕事じゃないし、間引きも手配済みだけど?」
「む。そうか。さすが抜かりないな」
オルは足を止めないまま振り返って、ニカッと笑う。どうやら私の計画に気付いたわけではなさそうだ。
今日、実際にスタンピードの起点となるのは、ブゥプが十五層に撒くガスではなく、ヒーゼリオフが最下層の三十層に投入したゴーレムたちで、時間も正午。開始時刻がきたら自動で起動し、爆音で生物を追い立てながら上層へと登ってくることになっている。ガスに比べれば効果は薄いけれど、それでも相当数の生物が地上に這い出ることになるだろう。下層に生息している生物は上層に比べ強力だから、キャサリーヌとヒーゼリオフを二十から二十五層の間に配置して、適当に間引きをするよう依頼している。これによりスタンピードは想定より強力かつ大きい規模での発生となり、訓練はより実践的になる。
そうしたらオルはきっと、驚きつつも喜んでくれる。ここまでがスタンピード訓練計画の裏で私が進めた計画の表。これは実行するだけでオルの中での私の評価が上がるから、もう目的は達せられたと言っていいし、だけど欲を言えばもう一つ、裏の目的も達成しておきたい。
あの泥棒猫の始末を。
「てか、間引き要員って、まさかキャサリーヌか?」
「それとヒーゼね。なにか問題ある?」
「問題ある? ってお前……。あいつ、フューリのパーティも連れてってるぞ。フューリはともかくほかは下手したら死ぬだろ」
「キャサリーヌはあの子たちなら二十五層くらいまでは大丈夫って言ってたし、平気じゃない? それに訓練に犠牲は付き物でしょ」
「それはそうだが、あいつらのうちの誰かが死んだら、たぶんフューリのヤツがアホほど落ち込むだろうからなぁ……」
アホはあなたでしょうが、この飼い主バカ。と喉元まで出かかった言葉を静かに飲み込み、代わりにため息をつく。
最近のオルはいつもこの調子で、二言目にはフューリフューリとやたらあの雑種のことを気にかける。昔は「魔族は飼い犬を持つとバカになるから、俺は絶対に飼わないし、飼ったとしてもビシッと躾ができる厳しい飼い主になる」と言ってたくせに、見事に溺愛しているし、はちみつ並みに甘い。
そして私を〝食事〟に呼ぶ回数がめっきり減った。
私は差別的な人間ではないけれど、オルと二人きりで過ごす時間が、あんな雑種に奪われるのは我慢ならない。裏の人間を差し向けて、暗殺してしまいたいくらいに。
だけどあのスペックじゃ、魔族でも雇わない限り殺すなんて無理だし、ネットワークで相互に繋がっている魔族にそんなことを頼んだりすれば、即座にオルの耳に入って阻止され怒られてしまう。だから適当な理由を付けて僻地に送ろうとしたけど、これはヒーゼとティクに妨害されてしまった。どうやらこの二人もあの雑種に誑かされたようで、オルの目を盗んで親密になろうと画策しているらしい。これについてはオルから雑種を引き離してくれるなら好都合だし、二人を敵に回すのも面倒だから、陰ながら応援することにしたが、残念なことに成功の見込みは薄そうだった。それならオルのほうから見限らせようと、なにかしら問題を起こさせられないか監視してみたけど、極めて善良な性格をしているせいか、ケンカひとつしないときている。
となると次に試すべきは、訓練や任務中の不慮の事故。通常のそれでは傷一つ付けられないでしょうけど、スタンピードの最前線に立たせれば、怪我くらいはしてくれるかもしれない。でもどちらかというとオルの言うように、パーティの中の誰かが負傷ないしは死亡したりして、メンタルに不調をきたすほうが話は早いのかも。魔族は負の感情を含む魔力を取り込むと体調を崩すのだから、あの雑種から〝食事〟に呼ばれる機会を奪うなら、バカみたいに頑丈な肉体を傷つけるよりも、精神を攻撃するほうが簡単だ。
「…………消えてほしいくらい目障りだったからって、殺すことに拘りすぎたかも……」
「なんだ、今日はため息が多いな。スタンピードといっても、たかだか十五層から人工的に起こした程度の規模じゃ、事後処理なんてたかが知れてるんだ。そう気張ることはないだろ」
「そうねぇ……」
口では同意したけれど、実際はその倍以上の規模になることを知っていては憂鬱にならざるを得ない。そんなことするまでもなかったと悟ったあとではなおさらだ。定価で買い物をした直後に、半額で売られているのを見つけたような自分への失望感に脱力していると、突然オルが足を止め、操作魔法を解いた。
ガクンと崩れそうになった身体を魔法と、なけなしの筋力で支える。なんとか転倒を防ぎ、一体何事かと顔を上げると、空間に直径三メートルほどの穴が空いていた。オルが作った転移門だろう。門のレベルを探るために魔力感覚を強化すると、地面に不可視化された巨大な魔法陣がいくつも描かれている気配を感じた。サイズや数から、かなり設置が難しい場所に通じる門であることが伺い知れる。一体どこへ繋がっているのやら。
周囲に積んである石材や、再生処理待ちと思われる廃材の山からすると、ここは工業地帯の外れだろう。門の先になにか作る気なのかと覗いてみると、向こう側の空間は暗く、ゴツゴツとした岩に囲まれている。
「妙だな。適当に石材と結界で隠しといたはずなんだが」
「こ、こんなの隠せば良いってものじゃないでしょう! なんのためにこんな……」
「ロスノー洞をフューリの訓練もできるレベルのダンジョンにしようと思って、百層まで掘ったんだ。で、せっかく大台だし、かっちょいい祭壇でも置きたくてな。門を作っておけば作業しやすいだろ? ビヨ風建築っぽい感じでオーダーしてるから……」
とんでもないことをサラリと言って、オルは祭壇のデザインについてドヤ顔で語る。
「そんなことで、こんなもの作らないでよ! ダンジョンに門を開くなんて、出来てもやっちゃいけないことの代表格じゃない!! それも百層なんて……。なにが起こるか、わかったものじゃ……」
「俺がこっちに被害が出るような門を作ると思うか? 祭壇周りにはちゃぁんと恒久的な結界を張ってあるから、魔物は侵入できないようになってる。なにも出て来たりしないから安心しろ」
「じゃあどうして積んだ石材がどかされてるの?」
「さぁな。そこの影に隠れてるヤツがどかしたんじゃないか」
「ギクゥッ!!」
オルが親指で後ろにある木製の掘っ立て小屋を指すと、ひょろりとした細長いシルエットが影から出てきた。世界一軽薄な飼い犬、ケイシイだった。
「これはこれはこれは。お揃いでどーされたんでござーしょーかね?」
隠れていることがバレたケイシイは、へらへらと揉み手をしながら、顔色を窺いに私たちのほうへ寄ってくる。きっとまたろくでもないことを企んでいるか、やらかしているか、隠蔽しているかしているんだろう。なにをしてるにしても、どうせしょうもないことだから、普段だったら気にも止めないのだけど、門と一緒に視界に存在されると、言いようのない不安が背中を這い上がってくる。
「俺たちのことは良い。お前はなにをしていた? こんな外壁に近い工業地帯に、遊ぶところなんかないだろ」
「もっと率直に聞いたほうが良いんじゃない? ケイシイ、あなた、この門でなにか悪さした?」
「あー……、いやぁ、悪さなんてそんな、人聞きの悪い。ボクはただティッキーのおつかいで、こいつの処分場所を探してただけっすよぉ」
ケイシイはますますへらへらとして、壁の後ろに隠していた大量の球体を浮かせて自分の隣に移動させた。サイズは大小様々で、大きいものは大人のエルフの頭よりやや大きい程で、小さいものは拳大ほどだった。どれも紫の魔力光を放ち、どす黒い霧のような禍々しいオーラを纏っていて、一目でティクの魔力を吸った引纏石だとわかる。数日前のマッサージ事件のときに発生したものだろうかと思うけれど、それにしては量が多いし、サイズが控えめな気がする。
「探してて、それで門を見つけたってことか?」
「うーん、まぁ、そっすかねぇ」
「で、後ろのそれをここに捨てに来たと? バカなのか?」
「それはあなたもでしょう! 勝手に百層まで掘った上に、直通門を作ったりして、まったく……。偶然止められたから良かったようなものの、こんなサイズの引纏石を捨てられたらどうなってたか……」
「あーーー…………。これって、そんなヤバいトコに繋がってたんだぁ……」
ぎゅっと眉が寄る眉間を指で抑えていると、ケイシイが露骨に青い顔になって目を泳がせた。
まさかもう……?
いつ? いくつ? サイズは?
そう問い詰めようと口を開くと同時に、ケイシイの後ろで門がシュンッと音を立て、その中心に向かって収縮し消滅した。その瞬間、門が収縮していった点から凄烈な衝撃波が放たれる。波動は瞬時に私たちを飲み込み、付近一帯を吹き飛ばした。

【ヒーゼリオフ 二】

ロスノー洞二十三層の同期空間は、植物が生い茂る山地に繋がっていた。空は快晴、気温も湿度も程よく気持ちがいい。これは休憩するにはもってこいだよねってことで、私たちは見晴らしのいい日向に大きなスライムシートを広げ、昼食を取った。
いつの間にかパーティの食事を一手に引き受けることになったフューが、転移ロープで自分の倉庫から食材を運び、焚き火を起こし、パンやチーズを次々に切り分けて、腸詰めなんかと一緒に火で炙り、ものすごいスピードでサンドイッチやらホットドッグやらを大量に作ったので、なかなかに豪勢な昼食になった。ティクのところで受けた訓練が生きているのか、栄養バランスを考慮したメニューになっていて、盛り付けには不透明の薄茶色に加工された箱型のスライム製容器を使って、彩りも良い塩梅になっていたから、私はつい感心してしまった。味も美味しかったし。べ、別に褒めてるってわけじゃないけどね。
ともかくそういうことで私は満足感に浸りつつ、フューが食後に淹れてくれた、はちみつたっぷりのレモンティーを啜っていた。
『正午ですわね』
お茶の香りを堪能していると、キャサリーヌが真面目なトーンで念話を持ちかけてきた。
『三十層でゴーレムが起動、音で追い立てられた魔物をワシらがここで間引く、緊急時はヒーゼリオフがワシとフューリ以外を連れて転移。そういう計画になっておりますが、問題なくて?』
『そ、そうね。な、なにも問題ないわ』
これから起こるスタンピードへの対処について確認され、思わず声が上ずった。
所詮ゴーレムで人工的に起こすスタンピードだし、私がこの二十三層に居るんだから深刻な被害を出さない自信はあるけど、ユミエールに「オルに腹が立っているなら、ちょっと驚かせてやらない?」と唆されてこの場に居ることが、ちょっぴり後ろめたい。頼まれてしたこととはいえ、ゴーレムは私が設置したし、万一のことがあったらと思うと、気が気でないところが無きにしもあらずなわけで……。
「おい、クソ犬! おかわりだ!」
「ダ、ダメです。ガーさんは飲み過ぎですよ。あとはみんなの分です」
「オーガは身体がデカいから、なんでも大量に必要なんだ! チビどもは遠慮しろ!」
「ヤです。私おかわり」
「では我も」
「ルゥもいただきましゅ」
「あ、こら! それは全部私のだぞ!」
ちらとフューたちを横目に見ると、鍋、もとい、オル特製盾に煮出したレモンティーを巡って、キャッキャと争っている。もうすぐ下層から魔物の群れが押し寄せるっていうのに、いい気なものね。と探知で下層の様子を探った。
小型で素早い魔物ならもう、そろそろ三十層から上がってくるはず。なのにいくら探っても、下層で混乱が起こっている様子はない。あれ? っとなってさらに下の層を探知してみても同じだった。どういうわけか三十層まで探っても同じような状態で、設置したはずのゴーレムも見つからない。
『妙ですわね……』
『そうね……。もしゴーレムが休止中に壊されたんだとしても、残骸くらいあるはずなのに、それも見つからないわ。オルが気付いて中止させた、とかかしらね』
『ありえますわね。破壊力のある大型魔物でも出たら、すでに設置した設備が破壊されてしまいますもの』
キャサリーヌと崖の手前に並んで、二十四層の入り口を目視するけど、やっぱりスタンピードの気配はなく、中止の線が濃厚そうだ。それならそうと連絡くらい入れてほしいものだけど。
「っと、水がもうないんだな。出発前に川から汲んで来ようぜ」
「じゃあ僕、行ってくるよ」
「お前は片付けがあるだろ、私が行くって。すぐそこだし、この辺は魔物いないからな」
「ルゥも手伝うでしゅ!」
「なら茶のおかわりを作れ!」
「クズオーガが殿下に対してなんたる口を!」
「出発前に盾を拭いて置きたいので、次の休憩のときにしましょう」
背後では相変わらず呑気なやり取りが繰り広げられている。
キャサリーヌも「ここの間引きが中止なら、上に加勢に参りましょうかしら」と顎をさすっているし、今、緊張感を持っているのは私だけみたい。近くに強者の気配はないし、上層も下層も静かなものだから問題はないはずなんだけど、なぜかどうにも嫌な予感がする。大魔術の術式を描き上げ、発動させる直前、式のどこかにミスがあるような気がする、あの感じ。式ならじっくり見直せば、予感の正誤を確認することもできるけど、この場合はそうはいかない。苦し紛れに三十層をもう一度細かく探知してみるけど結果は変わらず、予感の原因は不明のまま。
「……一応、ユミエールに確認するわ」
「それならばワシがステボで……」
「ヒ、ヒー様が連絡するから良いわよ! べ、別に念話が苦手とかじゃないし!」
私はむーんとこめかみに指を当て、ぎゅっと目を閉じて、ユミエールの居場所を探る。
実を言うと長距離間の探知はちょっと苦手。だから相手の居場所を特定して、頭に魔力を送り込まないといけない念話を使おうと思うと、普通の魔族より時間がかかっちゃう。ましてここは地下二十三層で、地中に含まれる魔力に干渉されるから、さらに難易度が上がる。ちなみに同じ理屈で転移も苦手。
でもだからってステボの念話を使うなんて、魔族としてのプライドが許さないし、さっと出来ないと思われるなんてもっと許さない。
「……まだですの?」
「う、うるさいわね! 今見つけたトコなんだから、ちょっと待ちなさいよ!」
私は目を瞑ったまま、しっしと手を払う。やっと照準が合ってきたのに、集中を乱されちゃたまんない。息を整え、魔力を調整し、いざ呼びかけようとしたそのとき、
ズンッ
と突き上げるような衝撃が地面から伝わった。ドドドドドドドドドドと唸るような低音が地底から迫り上がって、紫色の巨大な光の柱と一緒に天井を突き破っていく。
「シシィ! ルゥちゃん!」
立っていられないほどの揺れと、目の眩むような光に襲われている最中だっていうのに、フューは躊躇なくシシィたちの方向へ駆け出す。あまりの速さに「行くな」と止める間もなかった。
「くっ……! ヒーゼ、全員を転移で脱出させられませんの?」
「バカ言わないで! この状況で全員なんて無理よ!!」
「ふ、ふざけるな! 魔族だろう、なんとかしろおおお!」
「ききき貴様、陛下になんたる口をおおお!」
明らかな異常事態に、この場の全員が狼狽えていた。
地底からこのダンジョンを突き上げた魔力の柱は、おそらくすべての階層に大穴を空けた。この崖の下に広がっていた緑の森が、黒く丸く塗り潰されたみたいに、ごっそりとなくなっている。その直径は数十メートル、あるいは百メートルに及んでいるかもしれない。起動の上にいたら、今頃私たちは全滅していただろう。こんな規模の魔力放出が可能な生物も兵器も存在しない。あの大穴の先には確実に、未知のとんでもないなにかが存在してる。
こういう厄介なものに出くわしたときは、直ちに可能な限り距離を取るべきだ。だけど私の転移じゃ、地上まで跳べるのは私を入れて五人が限界。しかもフューたち三人はこの場にいない。これじゃすぐ上の階層への転移もままならない。
「ちょっと、フュー! さっさと戻りなさいよ!」
苦し紛れにフューが消えた方向へ呼びかける。なにか言っているみたいだけど、這いつくばったガーティレイが、ギャーギャーと叫ぶ声にかき消されて聞き取れない。この間にも大穴の縁から床が徐々に崩れ落ち、亀裂がメリメリと音を立てて、私たちに迫って来ている。
「……やむを得ませんわ! ヒーゼ、今居る者だけで地上へ出ますわよ!」
「は、はぁ? フューたちはどうするのよ!」
「このままここに留まっては、全滅の危険もあるんですのよ? 今すべきは即時撤退ですわ!」
そんなことは私だってわかってる。だけど私じゃ一度転移してしまったら、迎えに来ることはできない。それなのに、こんな次になにが起きるかもわからない場所に置き去りにしたりしたら、私がフューたちを殺すも同然じゃない。
「フューリが一緒であれば、そうそう死ぬことはありませんわ! 決断なさい!」
「お、お言葉ですが教官。殿下を置いていくなど、陛下がお許しになるはずありません!」
「寝ぼけたことを抜かすな、ごますりエルフ! 私たちはすぐに地上に戻って、前線に立つべきだろうが! この状況でオルナダに配慮なぞしてられるか!」
ムカつくけどガーティレイの言う通りだ。今この場にいる人材を失うわけにはいかない。それにどのみち、私が連れて行けるのは四人だけだし、状況的に戦力になる人材を優先しなければならない。シシィは確実に置いていくことになる。そうなるとフューリはきっと転移を辞退する。
「……脱出するわ、集まりなさい!」
私は足元に魔力板を生成し、指をくいと手前に引いた。自分の周りに魔法陣をいくつも展開し、地上数メートルの地点を転移先に設定していく。そうする間に亀裂がどんどんと広がり、足の下にあった地面まで底なしの闇に飲み込まれていった。
「フュー! 迎えに来るから、死ぬんじゃないわよ!」
聞こえていると信じて、精一杯の大声で呼びかけた。
転移する直前、大穴の深いところでフューの魔力が放つ青い光がちらつくのが見えた。

地上では混乱した作業員たちの怒号が飛び交っていた。
「退却援護! 隊列を乱すな!」
「数が多いが混乱して走り回ってるだけだ! 爆裂魔法で怯ませて方向転換させろ!」
「非戦闘員は竜車へ! 物資は持てるだけ持て!」
空には魔法で描かれた、退却命令を意味する記号が浮かび、その下では、退却する市民たちと、大小様々の魔物が地を踏み鳴らしていた。魔物の数は数百、いや千はいるだろう。ただでさえ危険な数だっていうのに、まるで泉から水が湧くみたく、次から次へとダンジョンから這い出し、群れを膨れ上がらせている。
その真っ只中に私たちは着地した。
「二時方向の部隊に合流しますわ! 各員、可能な限り魔物を始末しつつ前進!」
「承知!」
「ふん。合流は気に食わんが、蹴散らすところは乗ってやる」
三人はそれぞれ武器を構え、魔物の群れの中へ飛び込んだ。
あんな規模の魔力放出を間近に見、仲間を捨て、地上に出たらこの惨状だったというのに、誰一人怯むことなく戦いに臨んでいく。
「さすがはイラヴァールの精鋭ってトコね……」
ぎり、と拳に力が入った。
まだまだ若輩のガーティレイやヴィオレッタさえ、もう気持ちを切り替えて、すべきことに集中している。魔族である私がいつまでもフューのことを引き摺るわけにはいかない。
「どいてなさい、アンタたち!」
両手で頬を叩き、三人の前に躍り出た。全身に魔力を流し、風魔法と同時に掌底を放つ。滅茶苦茶に走り回っていた、三首牛、鉄毛猪、大兎熊、青銅蜥蜴、巨大赤蠍、巨大青毒蜘蛛なんかを、掌底波に乗った螺旋状の竜巻が巻き上げ、部隊までの間に道を作る。衝撃で潰れたそいつらから吹き出した血が雨のように降り注ぎ、赤い地面をさらに赤く染めた。
「助かりますわ、ヒーゼリオフ!」
「さすがでございます、陛下!」
「余計な真似を。私が倒す分がなくなるではないか!」
三人は宙へ飛び上がった私の下をくぐり抜け、部隊へ合流する。私は空中で絶命した魔物を地上の魔物に向けて蹴落として後に続いた。
「陛下に閣下! よくぞご無事で! くるぁ、そこぉ! モタモタするな、早う撤退せぇ!! 盾役はもっと寄れぃ、突破させる気かぁ、ボケェ!!」
魔物の群れを食い止める盾役の列を飛び越ると、人兎のブゥプが部隊に指示を飛ばしつつ駆け寄ってきた。キャサリーヌがダンジョン内で起きたことを、ブゥプが地上で起きたことと現状を報告し合う。
「やはりあの魔力は地上まで届きましたのね……」
「ええ、貫通して大穴が空いております。そこが巨大な出口となり、ものの数分でこの有様です。魔力噴出時には数十名が直撃を受け、その大半がダンジョン内へ落下。残った者も全身に火傷を負う重症であります。即死は免れたと言うべきやもしれませんが……」
ブゥプがぎりりと奥歯を噛みしめる。
ブゥプは今回のスタンピード対応訓練の内容変更を知らされていた数少ない一人だった。そして十五層で最初の計画に従ったスタンピードの準備を指揮しつつ、二十五層からのスタンピード発生を感知したら、直ちに撤退命令を出す役割を担っていた。それだけに、不測の事態とはいえ、死傷者を出したことに責任を感じているようだ。
「現在は本職の指揮の下、全隊撤退行動中であります。イラヴァールからの援軍と北へ五十キロのところで合流し、防壁を築く手筈となって……。おや、殿下はどちらに? 本職のいとこも姿が見えませんが……」
「転移出来たのはワシらだけですわ。フューリやルゥとは、魔力柱が上がったときにはぐれ、やむを得ず……」
辺りを見回すブゥプに、キャサリーヌは首を振る。目を見開いたブゥプが「ならば今すぐ救出に……」と声を上げたそのとき、カッ、と再び紫色の閃光が大穴から天を貫いた。ダンジョンからは深層で見かけた大型魔物が這い出し咆哮を上げる。獣型、鳥型、虫型、みんな魔力で焼け焦げ、身体から煙を上げていた。
けどどいつも体表に火傷を負っているだけで、致命傷というわけじゃない。痛みにのたうち、その巨体で周囲の魔物を蹴散らす。やられた魔物はますます混乱し逃げ惑う。元々嵐の海のようだった魔物の群れが、さらに荒れ、乱れ、狂う。この部隊の規模じゃ、いや、今ここにいるどの部隊も、この荒波に飲み込まれたら全滅してしまう。
私は高く跳び、再び盾役の前に出た。
さっきと同じ掌底を、両手から放つ。魔物を巻き込んだ二つの竜巻が、大穴へ向けて突き抜ける。
「誰が埋まってようと救出は後! こいつらをなんとかしないとアンタたちは全滅だし、イラヴァールもヤバいわ!」 
言いながら大きい回し蹴りを連続で繰り出し、斬撃を飛ばす。
「ここは私が食い止めるから、さっさと全隊合流して後退しなさい!」
「ワシらも出ますわよ! ブゥプ、剣を借りますわ!」
「し、承知いたしましたっっっ! では本職が上空から全体の援護を行いまっっっす!」
「このヴィオレッタ、全力を持って魔物の排除を努めさせていただきます!」
「ふん! この程度、私一人で十分! 貴様らみんな、こいつらと一緒に撤退したらどうだ!」
キャサリーヌ、ヴィオレッタ、ガーティレイが、私に続いて魔物の群れに切り込んでいく。ブゥプは上空へと浮かび上がり、魔力板で作った足場から、方々に爆裂魔法を放つ。三人が向かった方角からは血しぶきが、爆裂魔法の着地点からは衝撃と爆音が上がった。
『魔物の群れは大穴より放射状に進行! 北東北西に広がる群れは本職が、南方へ誘導いたしまっっっす! 皆様方は北へ向かう魔物へ集中してください!! おい、三番隊から五番隊はあとじゃぁ! まだ動くんじゃにゃーーー!!』
ブゥプは念話で各方面へ指示を出す。
空に目があれば、探知を使わなくても戦況を把握できる。目の前の戦闘に集中できる。
「三で上に飛びなさい! 一、二の、三!」
私は大型の魔物を掴んで回し、大穴の方向へとぶん投げる。投げた魔物の巨体に押されて数十体の魔物が吹き飛ぶ。
総数を考えれば焼け石に水だけど、今はこうして凌ぐしかない。「もう一回行くわよ!」声をかけ、私は再び魔物を投げ飛ばした。


洗われる犬ってカワイイですよね。猫も。

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