2022
23
Jul

百合小説

創作百合小説チート主人公ファンタジー「魔王の飼い犬」14


ハイエナ設定使用のオリジナルの百合小説です。
Kindleから出版している『ネコサマ魔王とタチワンコ』の続編で、第十三話の続きになります。

第十三話までのあらすじは以下のような感じです。

ダンジョン調査の結果を聞きに行ったフューリは、シシィ・ティクトレア・ヒーゼリオフの策略によって次の任務を言い渡され、拒否することもできずに泣く泣くランピャンへ赴くことになった。

【登場人物一覧】
フューリ:元狩人でオルナダの飼い犬。人狼とヒューマーのハーフ。
オルナダ:イラヴァールの国王的魔族。
シシィ:フューリの友人のヒューマー。
ガーティレイ:調査パーティメンバーのオーガ。
ルゥ:調査パーティメンバーの人兎。
ヴィオレッタ:調査パーティメンバーのダークエルフ。
キャサリーヌ:調査パーティの指導教官。オーガとエルフのハーフ。
ティクトレア:イラヴァール大臣的魔族。
ヒーゼリオフ:ランピャンのダンジョンマスターをしている魔族。
ケイシイ:ティクトレアの飼い犬をしているエルフ。
ユミエール:オルナダの右腕的エルフ。
ブゥプ:ユミエールの部下の人兎。

以下十四話です。


【シシィ 三】

竜車に三日、船にも三日揺られて、私たちはランピャンに上陸した。
岩石ばかりの砂漠を抜け、高い山と森を越え、港へ海へと次々変わる景色は、これぞ冒険! というロマンに満ちていて、私は始終はしゃぎ通しだった。特に初めて見る本物の海は圧巻で、月並みな言い方だけど世界の広さを肌で感じられ、感動で鳥肌が立った。船酔いは最悪だったし、フューリとの距離を縮めようとするアホ魔族二人の相手をするのも面倒だったけど、押し並べていい旅だったと言えるだろう。
それに昨夜はヒーゼリオフの好意、というよりは下心だと思うが、迎賓館に招かれて上陸初日の歓迎という名目で宴会を開いてもらえた。おかげでたらふく飲み食いができたし、個室を与えられ、ふかふかの布団でぐっすり眠ることもできた。やる気も英気も満タンになった私は「いよいよランピャンでの冒険だ!」と制服を羽織り、装備品を持って、朝食をとりに食堂へと向かった。
鮮やかな赤で塗装された木製の柱の間を駆け抜けて、大きな円卓の並ぶ食堂へ飛び込んだ。ぴっちりと制服を着込んだフューリが既に食卓へついていて、円卓の中央にある回転するテーブルに並べられた料理を自分の皿にもりもりと取り分けていた。いくつかの皿はフューリが平らげたのかすでに空だったが、すぐに前掛けをした給仕によって、料理を山盛りにした皿と交換された。
「もふぁよう、シシィ。よふねれふぁ?」
「おはよーさん。超ぐっすり。お前は?」
蒸しパンらしきものを頬張ったフューリに挨拶を返し、隣に座った。
回転テーブルには、粥やスープの入った陶器の鍋や、蒸しパンが入った木の皮でできた蒸し器、肉や貝、奇妙な色や模様の入った卵のようなもの、揚げたパンのようなもの、真っ赤で辛そうなパスタのようなもの、昨日の宴会で豆のプリンだと聞かされたもの、見たことない野菜の惣菜、得体の知れない物体等々が盛り付けられた皿が複数枚乗っている。どれが美味いだろうとフューリの器を見るけど、全部の料理が乗せられていてまったく参考にならない。
「お前的にはどれが美味い?」
「もぐもぐ、ごっくん。どれも美味しいけど、僕はこのお粥と卵が好きかな。麦のお粥とは違ってほんのり甘いんだけど、これがこのソースとか、そこの刻んだ野菜とか、肉とか、貝とかと良く合うよ。こっちの黒いゼリーみたいな卵は、変わった匂いがするんだけど、味が濃厚で、食感も面白くて、お粥とこっちの野菜と一緒に食べるとすごく美味しいんだ。このソースをかけて食べても美味しかった。それからこっちのぺなぺなしたやつは……」
フューリは珍しく饒舌に、各料理について熱く語った。しばらくオルナダと離れ離れになるから時々しょぼんとしてるけど、美味いものを食べているときは多少寂しさを忘れられるようだ。
ともかく、フューリの解説によると、パンも、パスタも、黒い卵も、変な模様の卵も、得体の知れない黒いひらひらや、緑のひらひら、怪しいピンク色の肉団子も、どれも美味いらしい。あまり参考にはならなかったけど、とりあえずフューリのイチオシを中心に、見慣れない食べ物を少量ずつ皿に取った。昨夜は浮かれて出されたものを端から口に入れたおかげで、あっという間に満腹になってしまったから、同じ失敗は避けたかった。今日は珍しいものを全部味見して、美味しかったものでお腹を満たしてやろう。食事も冒険の一部だから手は抜けない。
「ところで、みんなはどうしたのかな? 全然起きて来ないね」
私がいざ朝食に挑もうとすると、口直しにお茶をすするフューリがきょろきょろと辺りを見回した。
「ベロベロだったから、まだ寝てるんじゃないか?」
「そっかぁ。そんなに飲んでなかったのにね」
「ヒューマー以外の種族は酒に弱いって言うからなぁ」
適当に答えて、黒い卵を口に入れる。ツンと鼻をつくような臭いがあるけど、確かにねっとりと濃厚でコクのある味がした。食感はぐにっとして、見た目同様、ゼリーみたいだった。食べ慣れれば美味いかもしれないが、かなりクセがある。
卵を口の中でもぐもぐとしていると、廊下からのしのしという足音がこっちに近付いてきた。
「はい、ここが食堂でしゅよ、ガーしゃん……」
「うむ。ご苦労」
「礼も言えんのか、このオーガは……。ルゥ、手間をかけたな……」
「いえいえでしゅ……」
すっきりした顔のガーティレイがずんずんと、ぐったりした顔のルゥとヴィオレッタがのそのそと、食卓へついた。昨夜の宴会でガーティレイは数杯飲んだだけで寝てしまったが、私たちはキャサリーヌが潰れるまで付き合わされて飲んでいたので、私やフューリほど酒に強くないルゥとヴィオレッタは完全に二日酔いなんだろう。三人共制服のまま寝たのか、生地がくしゃっとしていた。
挨拶をし話を聞くと、腹を空かせて起きたガーティレイが「朝飯はどこだ?」とほかの部屋で寝ていたルゥやヴィオレッタを叩き起こしたらしい。なんとも気の毒だ。
「キャサリーヌ教官にも声をかけましゅたけど、今日一日は起きそうもなかったでしゅ……」
「うえ~~~。じゃあ今日は訓練中止かぁ。冒険者登録とリンボル草原、楽しみだったのに……」
「フューしゃんと一緒なら、ルゥたちだけで行って良いって言ってましゅたから、ご飯食べたら行きましょうでしゅ」
「マジで! やった! 頼むぞ、フューリ! あ、でもルゥとヴィさんは二日酔いだろ? リンボル草原はそんな強い魔物は出ないって話だけど戦闘大丈夫なのか?」
「ルゥは平気でしゅ! せっかく来たのに二日酔いなんかに負けてられましぇん!」
「我も問題ない。治癒魔法で代謝を促進させれば、残った酒もすぐに抜けるはずだ」
ルゥとヴィオレッタはそう言ってぐびぐびとお茶を飲み干す。私は二日酔いを気の毒に思う反面、魔力が潤沢な種族はこんなことにも魔法を使えて良いなと、うらやましい気持ちになった。

装備を整え迎賓館を出た私たちは、赤い木製の建物が並ぶ街を抜け、屋台の並ぶ市場を抜け、リンボル草原を横切る街道を歩いた。ガーティレイが一人ずんずんと先頭を行って、ヴィオレッタとルゥがその後ろを、フューリはルゥが『捕食者の気配』の影響下に入らないよう距離を取って、私はその隣を歩く。
この辺りは、イラヴァールのような猛烈な暑さも、乾燥もない穏やかな気候で、天気は晴れ。こんな気持ちのいい環境で冒険できるなんて最高の気分だった。パーティの足取りは自然と軽くなる。
今日はなにをどのくらい狩れるだろう。なんて思いながら、私はそれとなくみんなの装備を眺める。私を含め、みんなの装備は基本的に調査のときと同じものだったが、ヴィオレッタは甲冑を私と同じ胸当てと肩鎧に変えている。リンボル平原を含めたランピャン近郊は、駆け出し冒険者御用達スポットだから、それほど防御力がなくても大丈夫と判断したんだろう。
私はというと、防具はそのままだけど、武器は弓ではなく、倉庫で見つけた全吸式の魔術武器を携えて臨んでいる。キャサリーヌから「ランピャン近郊の魔物は雑魚ばかりですから、戦闘になったら各個撃破を基本とするように」という指示を受けていたから、一人でもモリモリ狩れそうな品を選んだ。実戦で使うのが楽しみだ。
あとの目立った変更は、フューリの盾だ。調査のときの大盾をやめて、中型盾を二つ背負っている。別に変えるのは良いのだが、その盾の形状があまりに異質な点が気になる。これは本当に盾なのかと疑いたくなるレベルの変な形なのだ。
「フューリ……。お前のその盾、大丈夫なのか?」
「えへへ。いいでしょ。オルナダ様が作ってくれたんだ」
フューリは両手に一つずつ、緑色に光る黒い盾を持ってみせる。本人は気に入っているようだが、私からすると、とても良くは見えない。
フューリの新しい盾は、中身が空洞の球体を半分に切って持ち手をつけたような形をしていて、盾というよりは変わった形のフライパンって感じだった。しかも厚みが全然なく、下手をすればナイフの刃よりも薄いくらいだ。そしてなにより装備って感じがしない。有り体に言うのなら、ずばりカッコワルイのだ。
リンボル草原程度の場所でフューリが負傷するとは思わないけど、この盾がオシャカになる可能性は十分あるだろう。オルナダがくれたものを壊したとなったら、きっと落ち込むに違いない。そうなったときのパフォーマンス低下は些か心配だ。
「気に入ってんのはいいけど、なんだってまたこんな変な形に……」
「僕が盾って鉄板みたいだから、料理もできたら便利なのにって話したら、オルナダ様が僕は機動力があるから大盾よりも小型の盾を二つ持って、攻撃もできるようにしたほうが良いかもなって言って、僕が小さいのが二つなら片方は煮込み料理とかもできる形が良いですねって答えたら、それならこんな形はどうだって空中に絵を描いてくれて、良いですねって言ったら作ってくれたんだ」
「料理って……。防具に求める性能じゃねーだろ……。だいたいそんな薄い盾で攻撃防げるのかよ」
経緯を聞くほど不安になって、思わず尋ねた。
「大丈夫だと思うよ。丸いから衝撃を分散させられるし、この前のダンジョンから出た新しい金属を使っててすごく丈夫だって、オルナダ様が言ってたから。完成したとき、試しにキャサリーヌ教官の剣を受けてみたけど、傷もヘコみもなかったし」
「そっか、それなら……。って、新素材でできてるのかよ、その盾! まだ全然量出てないだろうに、大丈夫なのか?」
「あぁ、うん……。オルナダ様と一緒に二時間くらい怒られたよ……」
きっとユミエールにこってり絞られたんだろう、フューリは遠い目で空を見上げた。たった二時間怒られるだけで、無茶苦茶なオーダーに応えた上に性能もしっかりした装備を貰えるなら安いものだろうに。
物の価値ってもんがわかってないなと呆れつつ、しばらく街道を歩いた。町から十分に離れたところまで進んで、いよいよ街道を外れ草原の中へと足を踏み入れる。
リンボル草原は一見、のどかな草むらだが、街道付近でも膝くらいの高さの草が生い茂っていて、場所によっては背丈を超えるところもあるらしい。様々な魔物がこの草に隠れて、やってきた人間を襲うのだという。群れで狩りをする生き物が多いから、駆け出し冒険者御用達スポットとはいえ、ソロで挑むには危険な場所だとされている。しかしまぁ、このメンバーで遅れをとることはまずないだろう。
私は一応、周囲の音に気を配りつつ、景色を眺める。一面の緑の海は、雲間から差し込む光で一部が黄色く光り、所々に白や黄色の花が咲いている。草原の端を横切る青い山の影は、ギザギザとしてまるで竜の背びれのようだ。空気も微かに湿っていて、イラヴァールとはなにもかもが違う。
私は改めて遠くに来たことを実感した。
「よーっし! やーるぞーーー!!」
眼前の景色に高ぶる気持ちをぶつけると、その声は山にぶつかり辺りに反響した。
「あはは、戻ってくる戻ってくる。イラヴァールの辺りじゃ危なくて、こんなことできないから感動だなー」
「ふわー、やまびこってホントにあるんでしゅね~。こ、こんちわーーーでしゅーーー!!」
「シシィ、油断したら危ないよ。なにが出てくるかわからないんだし……」
ルゥは目を輝かせて私に倣い、フューリは不安をそうな顔で耳打ちをしてくる。
「心配すんなって。この辺に出てくる生き物の情報は全部ガイドブックに載ってるけど、それによるとここには私らのレベルで倒せないヤツなんかいないからさ。ほら、脅威度HとかIばっかだろ?」
ポケットからガイドブックを出して見せると、フューリは訝しみつつ文面を眺めて、ふんふんと鼻を鳴らし、くいくいと耳を動かす。匂いや音から情報が正しいのかを確認しているようだ。
「うーん、危なそうなのと、向かってくるのはいないかも……」
「だろ。お前もやってみろって、面白いぞ。戻ったらできないんだしさ」
くいっと親指で後ろを指す。ヴィオレッタはスカして突っ立ってるだけだが、ルゥは山に挨拶をして、ガーティレイは罵詈雑言を叫んでいた。
フューリもやってみたいとは思っていたらしい。なにを叫ぼうかしばらく考えて、やがて大きく息を吸い込み、
「オルナダ様――――――――――――――――――――!! 僕、頑張りますから――――――――――――――――――――!!」
と叫んだ。
あまりの大声に耳がビリビリした。『捕食者の咆哮』が発動していたのか、ルゥがぱたりとその場に倒れてしまった。
「おま……、少しは加減しろよ……」
「ご、ごめん……、ルゥちゃん大丈夫?」
「なんだ、フューリ。またパーティメンバーを気絶させたのか?」
慌ててルゥを抱きかかえると、この場にいないはずの人物の声がした。振り向くとシルクのローブを羽織ったオルナダが眠たそうな顔で立っていた。フューリは「オルナダ様、どうしたんです?」とおたおたしつつも、しっぽをブンブンと振って、はだけたオルナダのローブの前を閉め、腰紐を結んでやる。転移魔法で跳んできたんだろうけど、なぜここにいるのかと疑問が湧く。
「お前が呼んでるようだったから来たんだが、別に用ってわけじゃなさそうだな」
「す、すみません。まさか聞こえるなんて思わなくて……」
「ふはは。聞こえたわけじゃないさ。お前のステボにちょっと細工をな……」
フューリの声がイラヴァールまで届いたか、オルナダが地獄耳なのかと私も思ったが違うらしい。たぶんピンチになったら駆けつけられるように、名前を呼ばれたらわかるようにしているんだろう。平気で未知のダンジョンなんかに放り込む割にはずいぶんと過保護だ。用がないことがわかったのに帰らず、フューリに調子を尋ねて頭をもしゃもしゃ撫でているし、フューリはフューリでこれ以上ないくらいデレデレとなっている。
あまりに締まりのない顔だったものだから「ラブラブなのは結構だけど、冒険のときは控えろよ」って小言のひとつも言ってやろうと思ったけど、それより早くガーティレイがつかつかとオルナダにちょっかいをかけにやってきた。欠片も相手にされてないどころか、ウザがられているのに毎度よくやるもんだ。
「おう、オルナダ。この私に挨拶はないのがふあああっ!!」
ガーティレイがいつも通り偉そうにふんぞり返ってオルナダを見下ろすと、間髪入れずにヴィオレッタがこめかみに踵を叩き込んだ。吹き飛ぶガーティレイを横目に、ヴィオレッタは恭しく頭を下げて、オルナダに敬意を示す。
「申し訳ありません、陛下。下賤なオーガが無礼をいたしました」
「ぐぬぬ、やってくれたな、クソエルフが! そこへなおれ、フルボッコにしてくれる!」
「では失礼いたします、陛下。殿下、ごゆるりと。さぁ、返り討ちにしてくれるぞ、ゴミクズオーガめ!!」
ヴィオレッタは一礼して踵を返し、拳を構えるガーティレイに向かっていく。フューリは「邪魔者を追い払ってくれた! ヴィさん良い人!」みたいな顔で目を輝かせる。ケンカもイチャつきも止める手立てがないので、私はルゥを介抱しつつ、この茶番が早く終わるよう祈った。
祈りが天に届いたのは二十分も経ってからだった。その頃には、やり合っていたガーティレイとヴィオレッタはバテバテ。ルゥは気がついたものの、技能の効果が残っているのかぷるぷるしているし、フューリは今の短い逢瀬を反芻してうっとりしている。
もはやパーティのコンディションは最悪。なんてことをしてくれるんだオルナダめ。
「はぁ。今日はここで適当な魔物を何体か仕留めて、帰りに冒険者ギルドに寄って、登録と同時にランクアップ~とか思ってたのになぁ……」
「冒険者のランクアップって、試験を受けないといけないんじゃなかったっけ?」
歩きながら愚痴を溢すと、正気に戻ったフューリが首をかしげた。
「試験に通れば一日で数ランクアップとかもできるから、そっちのが主流ではあるけど、実績で上げることもできんだよ。数こなさないといけないから時間かかるけど、試験日に指定会場に出向いたりしなくて良いとか、受験料がかからないとか、試験の課題より難易度が低めとかって利点もある」
「そ、それから冒険者のランクは個人のものとパーティのものがあって、同じ実績でもパーティで申告すると、パーティの得点が貯まるだけでなく、個人の得点にパーティの得点が一割プラスされるので、上がりやすくなるでしゅ!」
私が答えると、ルゥが細かいところを補足してくれた。同じ冒険者志望なだけあって、そのへんの知識はバッチリなようだ。
「ま、簡単に言うと、一人で魔物を十体狩って持っていっても、個人得点が十点入るだけだけど、三人で一人十対ずつ狩って持っていけば、パーティに三十点、各自に十点と三点が入るみたいな話だよ。このメンバーなら個人ランクは無理でもパーティランクは今日中にEに上げられると私は思うんだよな」
「ふぅん。じゃあパーティで実績を上げるほうが得なんだ」
「そゆこと。今日は私もバンバン狩るつもりだけど、頼りにしてるぜ!」
「おい、ヒューマー。このパーティで一番頼りになるのは私だろう。そんなヘナチョコではなく」
フューリの背中の盾をパンパンと叩くと、先を歩くガーティレイが不満げな顔で振り返る。
「貴様ごときが殿下より頼りになるとは笑わせる。デカイ口を叩くなら、せめて我より役に立つようになるんだな」
「なんだと、この……」
「いやいやいや、お二人に頑張られると私が狩る分なくなるんで、ほどほどに頼みます! フューリに頼みたいのは獲物見つけたりとか、ミスのフォローとか、そっちのほうなんで! なー、フューリ、近くになんかいねーの?」
また取っ組み合いを始めそうな二人を遮ってフューリに索敵を促した。ルゥの感知魔法やステボに頼っても良いけど、ルゥは魔力を温存したいだろうし、ステボではあまり広範囲の感知はできない。ここはフューリの五感を頼るほうが良いだろう。
フューリは「数が多いほうが良いんだよね」と確認を取ってから、「武器は構えておいて」と指示を出して、東に向かって歩きだす。匂いや足音からすると、この先に十数頭の狼っぽい魔物の群れがいるらしい。ガイドブックの情報と照らし合わせると、おそらくリンボル狼だろう。
リンボル狼はこの草原に多く生息する白い首長の狼型魔物だ。単体ならFランクのパーティでもなんとか狩れる程度の脅威度で、実績得点もそこそこなので、しばしばランク上げに利用されるとガイドブックには載っていた。Fランクパーティの場合は、群れからはぐれた個体を釣って一頭ずつ狩ることが推奨されてるけど、イラヴァールで日々しごかれている私たちなら、群れ相手でもなんとかなるはずだ。草の高さが膝位までなら余裕だろう。ただ、草は進むほど高くなって、今は腰ぐらいまでになっているから、これ以上深くなると手こずることになりそうだけど。
「釣ってくるから、ここで待ってて」
「了解」
「早くしろよ。歩いてばかりでいい加減退屈だ」
「この身の程知らずが。殿下に向かって不敬であるぞ」
「よ、よろしくお願いしましゅでしゅ」
私たちが頷くと、フューリは目の前の草と一緒に姿を消した。直径五十メートルほどの範囲にある草が、すべて根元から刈り取られている。なにでどうやって切ったのか、動きはさっぱり見えなかったけど、これなら断然戦いやすい。まったく気の利くヤツだ。
「来たよ! 全部で十六頭!」
武器を構え直したタイミングで、フューリが草むらから飛び出してきた。すぐあとを追って飛び掛かってきた一頭の狼の喉を、紫色の軌跡が切り裂く。ヴィオレッタが細剣についた血を払い「口ほどにもない」と目を細める。
ガイドブックには白い毛並みとあったリンボル狼だけど、今実際に目の前にいる狼は、白と緑の斑模様をしている。おそらく草に身体をこすりつけて毛を染め、保護色にして狩りをやりやすくする習性があるんだろう。知識と本物の差に、思わず口元が歪む。
「抜け駆けするな、クソエルフ!」
「ふん。早いもの勝ちだ」
「いやいや、公平に分けましょうよ」
「ルゥの分もほしいでしゅ!」
「じゃあ、一人四頭ずつ頑張って。援護しなくて平気だと思うから、僕は解体済ませとくよ」
フューリが死んだ狼を拾い上げたのを合図に、私たちはフューリを中心に四方向へ散らばった。揺れる葉先から狼たちの動きを探る。揺れは二方向に別れて、刈られた草の外周を進む。最初の一頭がやられて警戒したんだろう。草むらに身を隠したまま、周囲をぐるりと取り囲んでいるようだ。やがて草の揺れはなくなり、音も聞こえなくなる。
一拍後、草むらから一斉に狼たちが飛び掛かってきた。
その数、十三。狙いは私とルゥだった。
ルゥはローブの下から自分の正面と地面へ、魔法陣型の緑光を素早く移動させ「貫け! ロックランス!」と呪文を叫ぶ。地面の土が光へ吸い込まれ、尖った石に変わる。正面の魔法陣から放たれた石の槍は一瞬で四頭の狼を貫き、地面の魔法陣は残る二頭の狼を阻む壁になっていた。
私はその光景を横目に見ながら、構えた棒状の魔術武器で素早く四頭の狼の胸を突き、残る三頭の噛みつきを躱して後方へ跳んだ。
この魔術武器は一見ただの赤い棒きれだけど、先端に刃が仕込まれていて、インパクトの瞬間に飛び出し、即座に引っ込むようになっている。倉庫の案内人は槍と同じと説明していたけど、その解釈は大間違いだ。槍だと突き刺しも引き抜きも自分の腕力頼みだけど、これなら当てさえすれば、あとは武器がやってくれる。この手の武器は攻撃力が武器依存になるデメリットがあるけど、それが自分の攻撃力を上回るならなんの問題もない。魔力が少なく、ろくに身体強化もできないヒューマーにとっては、むしろ最高の得物と言える。血を流し絶命する狼たちを目にした私は、ますますその確信を深めた。
「ガーさん、残り頼みます!」
自分のノルマをクリアした私は、再び飛び掛かってくる三頭の狼を横から棒で殴りつけ、ガーティレイのほうへと吹っ飛ばす。そしてルゥへの加勢のため、地面を蹴ろうとした。しかしルゥはすでにヴィオレッタと交代して、中央で狼を捌いているフューリの近くへ避難し、ぷるぷるしていた。
ガーティレイとヴィオレッタは私たちが残した狼を一瞬で倒し、逃げ出した残りの狼に武器を投げつける。「ギャン!」と悲鳴が上がった箇所に、二人はそれぞれ歩いていって、狼の死体を回収して戻ってきた。
「ふふん。どうやら私が仕留めたのがボスらしいな。こいつが一番デカい」
「貴様のは尾が長いだけだろう。身体が一番大きいのはこいつだ」
「解体するので、もらいますね」
戻るなりガーティレイとヴィオレッタは、いつものくだらない張り合いを始めるが、フューリがさっと獲物を取り上げて腹を引き裂くと、二人は明後日のほうを向いて黙ってしまった。イラヴァールのダンジョンでも解体の光景は散々見ただろうに、未だ慣れないらしい。
「フューリ、こいつらの片耳だけ切り取ってもらえるか? あとでギルドに寄って討伐の証明にするからさ」
「わかった。スライムシートに包んでおくね」
フューリはほとんど解体し終わった狼から、一瞬で耳を切り取り、四つに分けて包んでくれた。そして完全に解体を終えると、食えない肉をその場に埋めて、食べれる肉と素材を転移ロープを使ってイラヴァールにある倉庫へしまいに行った。
「リンボル狼の討伐報酬は~っと、マールだと一頭二千ってとこか……。フューリが素材にバラしてくれるから、それ売ったら五千くらいにはなるかもな」
「頑張ったらダンジョン調査のときよりも成果報酬が高くなるかもでしゅねぇ」
「素材はこのヒーゼリオフ様が買い取るんだから、品質には気を配りなさいよね」
私とルゥがガイドブックを参考に儲けの計算をしていると、突然目の前にヒーゼリオフが現れた。シュミーズにハーフスリップみたいな明らかに寝間着な格好であぐらをかき、逆さまに宙に浮いている。
「起きたらみんながいなかったから、応援に跳んできたんだけど、調子はどうかしら? って、あら? フューくんはどこに?」
呆気に取られていると、ヒーゼリオフの隣で宙に寝そべった、ネグリジェ姿のティクトレアが辺りを見回す。そして戻ってきたフューリの側に飛んで行って、早速獲物をしまいに行ったのかとか、なにを狩ったのかと、渾身のセクシーポーズで問いかける。
アピールはしないほうが良いって助言をもう忘れたらしい。つーか、さっさと次の獲物を狩りに行きたいのに、しゃしゃり出てこないでほしい。メタクソ邪魔だ。
ガーティレイが「なんだ貴様ら、そんな格好で私を誘惑するつもりか? 相手をしてほしいのなら素直に言え。考えてやらんでもないぞ」と鼻の下を伸ばすわ、その暴言を聞いたヴィオレッタが「貴様! 陛下、閣下に無礼なことを! そこへなおれ!」とガーティレイに剣を振り下ろすわで、またしてもパーティはぐちゃぐちゃだ。おまけに肝心のフューリが、セクシーポーズなんかまるで効いていないみたいに、普通に質問に答えるもんだから、ヒーゼリオフたちがすごい顔でこっちを睨んでくる。
確かに昨夜もしつこく助言を求められて「見慣れない服装にドキッとなる場合もあるらしいんで、さり気なく朝食の席とかで寝間着姿でも見せてやったらどうっすかね?」と適当なことを言いはしたけど、ちゃんと「まぁ、あいつ服とかあんま興味ないんで、効かないかもっすけど」って断りは入れたはずだ。睨まれても困る。ポーズをとったまま、こっちにくるのもやめてほしい。
「全然効果がないようだけど、どういうことかしら?」
「そうよ! こ、こんなポーズまでとらせて効果無しってなによ!」
「ポーズをとれなんて一言も言ってませんが?」
二人揃ってお怒りだ。ヒーゼリオフに至ってはポーズを取ること自体が恥ずかしいらしく、トマトみたいに赤面して若干涙目になっている。そんな顔をするくらいなら、やらなきゃ良いだろうにアホなのか。
「まぁまぁ。とりあえず寝間着は効かないってことはわかったんですから、別の服を試せばいいじゃないですか。あー……、たぶんですけど、オル様っぽい格好なら、多少は効くかもですよ」
対フューリ好感度アップ作戦なんてくだらない計画の片棒を担ぐことになったからには、多少こういった面倒に煩わされるのは覚悟してたけど、やっぱり面倒なものは面倒だし、魔族にヘソを曲げられるのは見の危険を感じる。私は追求を避けるため、とりあえず宥めてから代案を提示した。
「オルっぽい格好……。なるほど……」
「けどオルっぽいってなによ? 裸で歩けとでも言うの?」
「言ってません」
「確かにそれはオルっぽいけど、魔物の討伐に裸でついていくのは変じゃないかしら?」
「だから言ってませんて! オル様のイメージどうなってんすか!?」
どうもこの二人の中では、オルナダはいつも裸みたいなイメージがあるらしい。どこをどうすればそうなるのかと思ったけど、そういえばフューリも「オルナダ様はたまに裸で歩いてることがあるから」とか言って、いつもローブを一枚持ち歩いてたような……。もしかして〝食事〟のあとイチイチ服を着るのが面倒で、とかそういう事情でもあるのか? いや、どうでもいいな。考えるのはやめよう。
「なんというかこう、イラヴァールの黒服っぽいので良いんじゃないですかね?」
早くこの件を終わらせて出発したい私は、唯一見かけたことのある服装を提案する。二人はなるほどという顔をして両手を広げ、寝間着を眩しい光で包む。たぶん魔法で作り変えたんだろう、寝間着は一瞬のうちに黒服へと変わっていた。
「わぁ! お二人共、お似合いですね!」
意外なことに、フューリがパッと表情を輝かせてしっぽを振った上に、褒め言葉まで発した。二人は一瞬「おっふ……」みたいな顔をしてダメージを受けていたが、すぐに「そう? ありがとう」とか、「ヒ、ヒーゼリオフ様はなんでも似合うんだから当たり前でしょ!」とか言って、その場を取り繕った。
たぶんオルナダと離れているせいで、オルナダっぽいものにはなんでも反応してしまうんだろう。出発前にも迎賓館の柱をぼーっと眺めて「ここのトコ、オルナダ様の目の色にそっくり!」なんて言ってうっとりしてたし。まぁでも、そんなことバラしても、ガッカリが生まれるだけだから黙っておこう。黙っておけば少なくとも二人は幸せだし、私は株を上げられる。そしてそこへ付け込んで利益を得ることもできるのだ。
「おほん。ではでは、お召し替えも済んだことですし、次の獲物を狩りに行きたいんですが、効率よく実績を稼げて、フューリが狩りたがりそうな生き物のいるスポットとかご存知じゃないですかね?」
ほらほらフューリにイイトコ見せるチャンスですよ! と目配せしつつ尋ねてみる。
実績稼ぎに良い場所はガイドブックで調査済みだけど、リンボル草原のほかは、迎賓館から遠いところばかりなのだ。でもこうして尋ねてみれば、穴場を紹介してもらえるかもしれないし、狙ってるスポットへ転移とかで連れて行ってもらえるかもしれない。ついでにちゃんと協力してるというポーズもとれるし、一石二鳥だ。
ティクトレアとヒーゼリオフは、私の思惑通り「でかした!」みたいな顔をしてから、「うーん」と考える素振りをしてみせる。
「そうねぇ、フューくんはどんな生き物が狩りたいの?」
「ぼ、僕ですか? えぇと、うぅーんと、その、イラヴァールにいない生き物の肉が取れればなんでも良いかなぁと……」
「ふーん。でもどうせなら見たこともないようなのが良いんじゃない? 氷平陸魚は? 結構美味しいし」
氷平陸魚はなかなか良いチョイスだ。ガイドブックによると、ヒレの骨が良い値で取引されているし、実績得点の高い山賊猿と生息域が被っている。
「でもあれは魚でしょ? お肉ってことなら、三日月猪のほうが良いと思うけど?」
「なに言ってんのよ。猪ならイラヴァールにもいるじゃない」
私が「よっしゃ」と小さくガッツポーズをとった一秒後、ティクトレアが物言いを付け、ヒーゼリオフとの間に火花を散らした。初めは一緒に仲良く助言を求めに来たくせに、『イイトコ見せる作戦』が始まってからは、まるでガーティレイとヴィオレッタみたいになにかにつけて張り合うのだ。もうマジでメンドクサイ。
「両方行く訳には行かないんすかね? 歩いて行くとなると厳しいっすか?」
「歩かせる気なんかないわよ。転移で連れてくに決まってるじゃない」
「マジっすか! じゃあ両方行けますね、すぐ出発しましょう! やったな、フューリ! 魚と猪獲れるぞ!」
「あ、ありがとうございます」
ぺんぺんと腰を叩くと、フューリはピッと姿勢を正して礼を言う。
「「じゃあ、行きましょうか」」
二人は一瞬で揉めるのを止め、即座に両方行く方向へ舵を切った。このチョロさはありがたいが、同時に腹立たしくもある。無駄に使わせられた体力・気力分は、折を見てキッチリ回収させてもらおう。
こうして私たちは魔族二人の案内の下、狩り場を移動することになった。


第十五話公開しました。

シシィのパートでは色んな設定を開示できるのが楽しい。

この他のオリジナル百合小説はこちらへ。
オリジナル百合小説目次

ちょっとでもいいなと思ったら、記事下のソーシャルボタンから拡散していただけるとありがたいです!

クリックで試し読み!
↓↓↓↓↓
百合ドリル

 
コメントは利用できません。